★君色の光 | ナノ 「…………」
「何だい」
「…本当に風紀委員長なんだなぁ」


しみじみと呟くと雲雀から鋭い視線を向けられる。
応接室で受け取った資料に目を通していると、雲雀の携帯に着信が入った。
一言二言でさっと通話を終わらせた雲雀は、すぐに戻るから待ってて、と言い残して出て行ってしまった。
広い応接室に1人残され、言われた通り大人しくしていたが不意に開いた扉から強面のリーゼントが入ってきた時には悲鳴も上げられない程に驚き竦みあがった。
身の危険を感じてソファーの上で固まる千紘の目線に合わせて腰を折った体格の良いリーゼントの男は、風紀委員の副委員長の草壁だ、と渋い声で述べた。
へ、と涙目のまま怯えた声を漏らすと、僅かに困ったように凛々しい眉を下げてそっと資料を渡してくれ、丁寧に説明をしてくれた。
恐ろしい見た目を裏切って草壁はとても紳士的で優しかった。
すっかり警戒を解いて草壁に憧れの目を向けるようになった頃雲雀が戻ってきた。
すると草壁は勢いよく頭を下げて、説明終わりましたので失礼します委員長、とさっと退室してしまった。
その逞しい背中に恍惚とした視線を送り、雲雀より草壁さんの方が委員長らしい、と呟いた千紘に雲雀は冷たく一瞥する。


「並盛にいて知らないでいる方がおかしい」
「だって俺この間きたばっかだよ。あ、そういえばさ」
「なに」
「バイトしたいんだ。こういうのって誰に許可取ったら」
「だめに決まってるだろ」
「え、いや雲雀じゃなくて先生に」
「僕がだめだって言ってるんだよ」
「雲雀が判断する権限ないでしょ」
「僕が並盛の秩序だ」
「おおう、またそれか……」


どうなってんだ、この並盛って土地は。中学生にどこまで仕切られてるんだ。
僅かな所持金のみで異世界に飛ばされてきてしまった千紘は深刻な金欠に悩んでいた。
最初に家賃や光熱費は徴収されないと言われて、疑問は感じながらもありがたいことに変わりはないので黙認してきた。
それからは中学の制服と体操服、通学鞄や文房具は支給されたものを使わせてもらって、他に最低限必要な下着や靴などは所持金でなんとか揃えた。
食費も用意してもらった冷蔵庫にいろいろ入っていたのでそれを冷凍したり、所持金で少しずつ買い足していたが底をついてきた。
だからバイトでもして稼ごうと思っていたのだが不機嫌そうに眉間に皺を寄せた雲雀に却下される。
綺麗な顔をしている雲雀の不機嫌な表情はなかなかに迫力がある。


「俺見た目はこんなだけど18なんだから問題ないでしょ」
「あるよ。中学生に労働させるわけにはいかない」
「……別に豪遊したいわけじゃないけど、お金ないと困るんだよ」
「大体生活費なら振り込まれてるはずだ」
「最初の説明で聞いたよ。口座にも入ってきてる」
「それじゃ足りないかい?」
「多すぎるくらいだよ。でもあれは使えない」
「どうして」
「だって、雲雀からもらうのはおかしいよ。親でもないのに」


千紘の言葉を受けて雲雀は一つ瞬きをして表情を戻すと、意外そうに見つめてくる。
初日に雲雀から渡された書類の中に銀行通帳も入っていた。そこに振り込まれる金は生活費として自由に使っていいという説明もあった。しかしとても手を出せなかった。
突然現れた身寄りのない自分を拾ってくれて、住む場所や通う学校の手配までしてくれた。既に充分すぎるほど助けてもらっている。
金なんて働けば自分で確保出来るものだし、与えられるものを無条件で甘受出来るほど千紘の神経は太くない。
探るようにじっと見つめてくる雲雀の綺麗な顔に緊張しながら、ここは譲れないと見つめ返す。
すると雲雀はゆっくりと目を細めて唇を弧の字に歪めた。
いつも無表情に近い真顔か不機嫌そうな表情しか見たことのなかった整った顔に初めて浮かんだ微笑みに、どきりと心臓が高鳴る。
同時にぶわりと顔に熱が集まるのを感じる。


「へえ。そういうところは見た目の割にしっかりしてるね」
「……どういう意味それ。俺一応お前より年上だよ」
「心配しなくてもあれは僕のものじゃない。赤ん坊絡みの金だ」
「余計使えないよ。どこの赤ん坊か知らないけど……」
「赤ん坊とはそういう契約をしてる。気にしなくていい」
「だめだって。バイトすれば自分で稼げる」
「中学は義務教育だ。アルバイトは許可しない」
「…でも、」
「君は僕が預かってる。生活費の心配はしなくていい」
「……!」


顔を赤くしながらももごもごと反論するのを面白そうに見つめる雲雀は何故か上機嫌だ。
なかなか折れようとしない千紘にしっかりと宣言すれば、ついに千紘は押し黙ってしまう。
反論の余地もなく、上品に緩められた雲雀の表情にも大いに動揺したのもあってうまく言葉が出てこない。
柔らかい雰囲気で流されがちな千紘の頑なな反応を楽しんでいる雲雀は、仕上げとばかりにさらに追い詰める。


「使いにくいのなら口実をあげようか」
「……口実?」
「そう。これからは僕の仕事を手伝ってもらう」
「……え、」
「その分の給料だと思えば使えるだろ」
「い、いや、でも手伝い程度でお金なんかもらえない」
「どうして」
「雲雀には助けてもらってるし、手伝いくらい無償でやるよ」
「ふうん。いいね」
「うん?」
「手伝い以上の仕事を振るから安心するといい」
「は? え??」
「しっかり働いてもらうよ、千紘」
「……ずるい雲雀……」


何とか反論しようとしていた千紘は、雲雀から名前を呼ばれて完全に白旗を振る。完敗だ。
瞳を細めたまま、落ち着いた声音で初めて名前を呼ばれた。
あの凛として美しい雲雀が、微笑みながら自分の名前を呼ぶなんて。しかもこんなタイミングでなんて卑怯だ。逆らえる筈がない。
沢田や山本にも名前で呼ばれているがこんなに動揺しない。もしかして変態なんだろうか。
両手で赤い顔を隠しながら情けない声を上げる千紘を雲雀は満足そうに見つめる。
こうして千紘の生活は改めて保障されたのだった。


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2018.08.05 
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