★君色の光 | ナノ 「いつまで寝る気なんだい」
「……ん…、?」


がつんと衝撃を受けたような気がして、沈んでいた意識を浮上させる。
うっすらと瞼を持ち上げれば見覚えのある黒髪の綺麗な顔をした少年と目が合う。
薄暗い空間でありながら少年から後光が射しているように美しさが眩しい。目覚め一番でなんと麗しい光景だ。
寝起きで頭の回らない千紘はそのまましばし見惚れる。
赤面すら忘れて見つめていた反応が気に食わなかったのか、少年は切れ長の目を細める。気品すら漂う所作に千紘も目を細めながら掠れた声で呟く。


「…神か……」
「ふざけてないで早く起きなよ」
「……ええと、…」
「昨日の今日で僕のこと忘れたの」
「…?………ひばり…?」
「そう」
「…ゆめじゃ、ないんだ……」


そうだ、この美しい少年は雲雀だ。
踏切事故で死んだ(らしい)千紘は異世界に飛ばされた(らしい)。そこで会ったのがこの美人、雲雀だ。
そして薄暗いここは昨日から住むことになった自分の部屋だ。
ようやく記憶が蘇ってきた千紘はぽつりと無意識に言葉を零す。
雲雀が目の前にいると言うことは昨日自分の身に起きたことは現実で、今もまだ異世界とやらにいるようだ。いっそ夢だった方が納得できたのに。
千紘の言葉を聞き取った雲雀は柳眉を寄せると、千紘の前髪を掴み上げる。


「っぃて、…ぇ、な、なに、」
「君はここに生きてる。夢じゃない。早く起きて」
「……はい」


凛と響く声ではっきりと告げた雲雀に千紘は大きく目を見開いた。そしてその言葉に安心したことで、自分が不安になっていたことに気が付く。
じわりと胸が温まったのも束の間、雲雀が掴み上げた前髪を引っ張り上げる。一向に起き上がらない千紘に痺れをきらしたようだ。
前髪だけで枕から頭を持ち上げられた千紘は容赦ない握力に毛根の危機を感じ、慌てて飛び起きる。
そして再び乗せられたバイクで恐怖に戦いたのは言うまでもない。



◇◇◇



「よ、ツナ」
「おはよう山本。今日なんかあったっけ?」
「なんか転校生来るらしいぜ〜」


時間ぎりぎりに教室に入るとなんだかいつもよりもざわざわと騒がしい。
不思議に思いながらも自分の席に向かうと、斜め前に座る山本に声を掛けられる。
鞄の中身を出しながら教室の空気に首を傾げていると山本から転校生が来るらしいと教えてもらった。
どんな奴だろうな〜、と朗らかに笑う山本に曖昧に微笑む。
個人的にはマフィア関係者じゃなければ誰でもいい。これ以上マフィアの知り合いを増やしたくない。
つい最近まで平凡なダメライフを送っていたはずなのに何故こんな非日常を送っているのか。
遠くを見つめていればガラリと扉の音がして入ってきた教師に続いて見知らぬ男子が一人。
あの子が転校生か。
教室中の視線を浴びる小柄なその子は居心地悪そうに俯いている。
少なくとも獄寺のように攻撃的な態度ではないことに少しほっとする。


「えー、今日から転校生が来ることになった。咲山千紘君だ」
「…...咲山千紘です。よろしくお願いします」
「席は沢田の隣だ。沢田!」
「ふわっ!? あ、はい!」
「あそこだ」
「はい」


教師に促されて小さめの声で自己紹介をしてぺこりと頭を下げた。
小さくてかわいい、などと小声で騒ぐ周りの女子の反応に気を取られていると、急に名前を呼ばれる。
慌てて立ち上がるとみんなの視線が集まり、転校生もこちらを向いた。は、恥ずかしい......!
教師に促されてゆっくりと沢田の隣に座る転校生の様子を、教室中が目で追う。隣の席の沢田もこっそりと横目で観察する。
緊張しているのか頬は僅かに赤く染まり、引き結ばれた口は小さい。周りの視線を避けるように伏せがちの睫毛は瞬く音がしそうなほど長い。
どこか柔らかい空気を持つ転校生をちらちらと窺っていると、遠慮がちにこちらを向いた瞳とかち合う。
あ、と言葉にならない声を漏らして固まった沢田に転校生は困ったように数回瞬く。
じっとこちらを見つめてくる淡い色の瞳は光の加減できらきらと輝いて見える。
数秒悩んでいたようだが、躊躇いがちに口を開いた。

「……ええと、沢田、くん?」
「え!? あ、な、なに?」
「いや……あの、……よろしく」
「こ、こちらこそ! 咲山くんだよね?」
「うん」
「オレ、ツナって呼ばれてるからツナでいいよ」
「つな?」
「オレ、下の名前が綱吉だからさ」
「そうなんだ。いいの?」
「う、うん! あ、もちろん嫌じゃなければだけど……」


まだ少しぎこちなさはあるがゆっくりとした話し方と柔らかな声音の千紘にものすごい癒される。
ツナでいいよ、と告げると驚いたようにぱちりと瞬いた千紘は、ありがとうとはにかんだ。
纏う空気がふわりと綻んで思わずどきりとする。間違いなく男の子なんだけどめちゃくちゃかわいいし癒される。
心の中で悶える沢田に千紘は追い打ちを掛けてくる。


「そうだ、俺のことも呼び捨てでいいよ。咲山でも千紘でも」
「え!? いいの!?」
「うん」
「あ、じゃあ俺も千紘って呼ばせてもらっていいか?」
「うん。ええと、」
「俺、山本っての。よろしくな!」
「うん、よろしく」


なんと名前呼びにあっさりと許可が出た。
そわそわする沢田にきょとんと首を傾げている千紘に山本が話し掛ける。
一瞬緊張したように身体を強張らせた千紘だが、山本の人懐っこい笑顔に安心したように警戒を解く。
なんかかわいいのな〜、と朗らかに告げた山本に沢田は心から同意する。わかる、そして癒される。
しかし本人は不思議そうに首を傾げる。それすらかわいい。


「俺としてはツナがかわいいと思うんだけどなぁ」
「え!?? オレ!??」
「うん。絶対いい子だと思う」
「確かにツナはいい奴だな」


いまだかつてかわいいと形容されたことのない自分の顔をかわいいだと。
馬鹿っぽいだの間抜け面だのと周りから称されてきて、残念なことに自覚もある。故に心底驚く。何故。
千紘に対して明らかに挙動不審な自分の何を以てそう感じたのか。
そこでチャイムが鳴って一時間目が始まった。そして終わった瞬間さっそく獄寺が千紘に詰め寄る。
自己紹介もなく開口一番に、十代目に舐めた態度取ったら殺す! と強面で睨まれ、千紘は呆気に取られたように固まる。
そして柔らかい声で、じゅうだいめってだれ、と呟いた。そりゃそうだよな意味が分からないよな……!
慌てて獄寺を宥め、千紘に彼のことを簡単に紹介する。『十代目』というのが沢田のことを指すのだと理解すると、獄寺はツナのこと大切なんだなぁ、とのほほんと呟いた。な、なんて穏やかな反応だ。
テメェ舐めてんのか! と噛み付く獄寺を今度は山本が宥める。しかし獄寺のお陰で一つはっきりしたことがある。
あんなに理不尽に詰め寄られても不機嫌になることもなく、柔らかな反応を返すのみ。今まで周りにはいなかったタイプだ。それにどう見てもマフィア関係者ではなさそうだ。
つまり千紘は自分に癒しを与えてくれる非常に貴重な存在らしい。


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2018.08.05 百
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