★君色の光 | ナノ 「……ええと、俺は高校じゃなくて中学に通うってこと?」
「そう」


顔色が悪いままの咲山千紘に雲雀は簡潔に答える。
いつも通り校内の見回りをしている際、屋上に人のいる気配を感じてそちらへ足を向けた。
授業中であるこの時間に屋上にいるということは制裁対象である。武器を携えて扉を開けば、そこにいたのは見知らぬ少年だった。
見慣れない制服でぼんやりと空を見上げている少年に声を掛ければ、びくりと肩を揺らしてこちらを振り返る。見開かれた瞳は淡い色をしていた。
不安そうに眉を下げる少年から敵意は感じない。
しかし部外者で不法侵入したのは事実。制裁は必要である。
随分とサイズの合っていない制服に包まれた身体は小さく、見るからに弱そうだ。


『僕のことを知らないで並中にきたのかい』
『なみちゅう?』


不思議そうに首を傾げながら零れた声は柔らかい。
あまりに無防備な様子に戦意を削がれつつ、ひとまず咬み殺そうとトンファーを振り下ろす。
驚いたような表情を浮かべた少年に当たる寸前、割り込んできた赤ん坊に攻撃を止められる。
体格差を感じさせずに容易く受け止めた彼にはやはり興味をそそられる。
対照的に少年は反射で瞼を閉じることが精一杯だったらしく避ける素振りもなかった。やはり弱い生物のようだ。
咲山千紘と名乗った少年は戸惑いを纏いながらも先程と同じく柔らかな口調で赤ん坊と会話をしていた。
今までに出会ったことのない種類だ。


『…なんで2人して疑うかな』


不満そうに唇を尖らせる咲山千紘に思わず視線を留める。
当たり前だ。華奢な身体と幼い顔をした彼が自分よりも年上だと宣ったのだ。あの赤ん坊ですら聞き返す程である。
提示された生徒手帳の顔写真は、確かに目の前の彼よりは若干大人びたよく似た男が写っていた。しかし学校名も住所も聞いたことがない。


『お前がこの『咲山千紘』の弟じゃなく本人だってんなら、若返ってる』

『…理屈はわかんねーが、死ぬ瞬間に違う世界に飛んだんじゃねーか?』


赤ん坊にしては随分と非現実的なことを言うと目を眇めたが、当の咲山千紘は分かり易く狼狽していた。
赤ん坊の仮設が正しかろうが間違っていようが生憎と自分には関係ない。
この並盛中学に不法侵入したという事実が問題なのだ。
赤ん坊が出てきたことと物珍しさから静観していたがそろそろいいだろう。当初の目的を果たすべく、軽いパニック状態らしい咲山千紘の頭にトンファーを落とす。
今度こそ当たったそれに、彼は呆気なく意識を飛ばした。


『ヒバリ、こいつを並中に通えるようにしてくれねーか』
『……それなりの報酬はあるんだろうね』
『もちろんだぞ』


いくつかやり取りをして咲山千紘の身柄を預かることを了承した。
じゃあ頼んだぞ、と一言残して赤ん坊は屋上からひらりと飛び降りた。それを見遣ってから副委員長に指示を出す。
用件を伝えて電話を切り、昏倒した咲山千紘を持ち上げる。ぐったりと弛緩したその身体は見た目以上に華奢で軽い。
応接室のソファーへと彼を寝かせ、副委員長の報告を待つ。定位置で書類を捌き始めてしばらくして、諸々の書類を携えた副委員長が姿を見せた。
以上滞りなく手配完了しました、と報告を終えた彼は、ちらりとソファーに視線を向けながらもそのまま退室した。


『そろそろ起きなよ』
『…いたい……』
『君の今後について説明する』
『……うん…?』


淡い色の頭を先程よりも加減して小突くと、一拍子置いて咲山千紘が目を覚ます。
数回睫毛を上下させてぼんやりとした様子の彼に書類を握らせる。
状況を呑み込めないままに素直に受け取ったそれに首を傾げた咲山千紘は、硝子玉のような淡い色の瞳をこちらに向けた。


『……ええと、美人くん』
『咬み殺すよ。僕は雲雀恭弥』
『か、かみ……?』
『しっかり聞きなよ』
『え? あ、はい……』


こちらの名前が分からなかったのか、『美人』と口走った彼を睨み付ける。
咬み殺すという言葉にぽかんとした彼に構わず、書類に基づいて説明を進める。
戸惑いながらも言われる通りに書類を捲っていく彼はのんびりとした雰囲気のわりには理解力はあるようだ。
高校生だったと言い張る彼に中学に編入させると伝えると物言いたげな視線を寄越したが、数秒の間を空けて頷いた。
頭も悪くないらしい。


「伝えることは以上だ。今日は帰っていいよ」
「……あの、雲雀くん、迷惑ついでに1ついいですか」
「なんだい」
「俺、地図読むの苦手で……家の場所わかりやすく教えてほしいです」
「…………」
「…うわあほんと美人だな雲雀くん」


ゆっくりと瞬きしながら告げられた言葉に呆れた視線を返す。
副委員長が手配した咲山千紘の家はそう遠くないし道程も複雑ではない。
それに現在地が並中であることが分かっているのだ。辿り着けるだろう。
しかし手にした地図を指で辿りながら眉を下げる咲山千紘はどうやら本気で言っているようだ。
じとりと目を伏せて見据えれば、ほのかに頬を紅潮させて感嘆の声を上げた。
なんだこの妙な生物は。
頭は悪くなさそうだがどうにも感覚がずれている。
のんびりとした彼の仕草や話し方も相俟って殴る気力も失せる。
説明するのも面倒で、最終下校時間が迫っていることもあり彼を送ることにした。そこで覚えさせるほうが早い。
ついておいで、と告げて立ち上がるとありがとうと小さくはにかんだ。


「…雲雀くんって何歳? もしかして高校生?」
「いつでも好きな学年だよ」
「んん? ここ中学校じゃないの? え、まさか年上ですか…?」
「ここは僕が秩序だ。はやく乗って」
「えええ? な、なにそれギャグ……?」


バイクを持ってくると彼は再び呆然としてこちらを見上げてきた。
どうして中学生がバイク通学を、などと言いながら立ち竦む彼にヘルメットを被せる。
うわあ、と緊張感のない悲鳴を上げた彼を強制的に担ぎあげて後ろに座らせる。
そのまま走り出すと慌てた様子で肩に捕まってきた。速度を上げればすぐに背中にヘルメットが押し付けられる感触がある。これ完全に俯いているだろう。
また送ったり迎えに行ったりするのも面倒で声を掛ける。


「君、ちゃんと道覚えなよ」
「む、無茶言うな! 速い! 一旦止まって…!」
「もう着くよ」
「怖い怖い! 落ちそう!」
「…肩じゃなくこっちに手回して」
「あっ! ちょ、片手運転とか! やめて死ぬ…っ!」


風の音に負けないようにか恐怖からか、声を張り上げる彼は落とされないよう必死だ。
普通に走っているだけなのだから普通に乗っていれば落ちるはずはない。しかし鈍そうな彼なら確かに落ちる可能性はある。
一応は保護する名目で預かった為不必要な怪我をさせるのも面倒だ。
きつく肩のあたりの服を掴む彼の片手を強引に引き剥がす。すると不安定になったのか後ろから泣きそうな声が上がり縋るように残った片手に力が籠められる。
恐怖で固まった手を腹に回させると、全身でしがみついてきた。
走っていた時間は五分にも満たないほどの僅かな時間だったにも関わらず、彼は相当参ったようだ。
バイクを止めてもその体勢のまま動かない。


「着いたよ」
「……ありがとうございました」
「もう止まってるんだから降りて」
「……腰抜けた……」
「君、本当に弱いね」
「面目ない……ちょっと待ってもらえたら、降りれます」
「僕も暇じゃない。降ろすよ」
「! あ、ちょ、だめだめ、動いたら吐、ぅぷ、」
「…………」


肩越しに振り返ってヘルメットを外せば、青白い顔で彼は口元を押さえる。
動けないと言うのでもう捨てて帰ろうと身動ぎすれば、その振動でえづいた。どれだけ三半規管弱いんだい。
埒が明かない。強硬手段として小動物のように蹲る彼を持ち上げる。
浮遊感に驚いた彼は俯いていた視線を上げたが、こみ上げてきた嘔吐感を堪える為かすぐに目を瞑った。さすがにこの状況では赤面しないようだ。


「……うぅ、っ、ぅえ、」
「今戻したら本気で咬み殺す」
「…、ぅぃ……」
「君の部屋はここ。鍵はこれ」
「…………ぁぃ、」


周囲の説明をするが真っ青な彼の頭にはあまり入っていないだろう。。
彼に渡していた荷物から鍵を取り出して開き、ベッドの上に彼をゆっくりと降ろす。


「……ありがとう、雲雀くん」
「明日から通学だ。遅刻は認めない」
「道、何にもわかんなか、…うっぷ、」
「もういいから黙って寝てなよ。僕は帰るよ」
「…うん、ありがとう。助かりました」


涙を溜めてこちらを見上げた彼は青い顔で小さく微笑んで礼を述べた。
その表情を見留めてから踵を返すと見送るよ、と起き上がろうとする。
いらないから寝なよ、と制すれば相当吐き気が強いのか申し訳なさそうに眉を下げた。そして、ごめん気を付けて、と小さく声を返した。
弱い動物だけど、どうやら退屈はしないかもしれない。
鍵も閉められる状態では無さそうだし、明日、これを返しがてら様子を見に来てあげてもいい。


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2018.08.04 百
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