★君色の光 | ナノ 「……ひばり」


泣き濡れた声で名を呼ばれて小さく息をつく。
人形のように動くことのなかった千紘の瞼は持ち上げられ、しっかりとこちらを見上げている。
その柔らかな色の瞳から次々と涙が零れていく。泣きそうに潤ませているのは何度も見たが、こうして泣いている姿を見るのは初めてだ。
幾つもの涙が滑り落ちる頬に手を伸ばせば、千紘は縋るようにその掌に顔を摺り寄せる。
そしてそっと雲雀の手首に触れると、安心したように柔らかく微笑む。


「……帰ってこれた」
「…おかえり」
「うん、…ただいま。…また会えてよかった」


ほとんど吐息で紡がれた言葉と共に瞳を伏せた千紘の濡れた睫毛が指先を擦る。
触れている頬は泣いている所為か普段よりも熱く、その体温に雲雀も静かに安堵の息をつく。
眠っている間、必要最低限の生命維持活動しかしていなかった千紘の身体は生きているにしては酷く冷たかった。それこそいつ温度を失ってもおかしくない状態だった。
血色も良くなり熱を持つその頬をゆっくりと撫でる。その際に薬指が千紘の耳を掠める。皮膚とは別に硬い感触があり、きらりと光を反射する。
些細な刺激を敏感に拾った千紘の身体がひくりと小さく震える。この反応も随分と久しぶりに見たような気がする。
静かに瞼を開いた千紘は涙の溜まった瞳を柔らかく細めた。


「…ありがとう。雲雀がつけてくれたんだろ、ピアス」
「珍しく君が執着していたからね」
「すごいな。俺、すっかり忘れてたよ」
「君ね、抜けてるにも限度があるよ」
「……、うん、ごめんなさい」
「何をにやついてるんだい」
「…ん、ごめん。どうしてもにやけちゃう」


千紘の耳にはこの世界に来たときにつけていたピアスがついている。
千紘がこの世界に来てまだ間もない頃、校則違反だったこのピアスを没収しようとしたことがある。
その際に自己主張をあまりしない千紘にしては珍しく外すことを渋ったのが印象に残っていた。あの頃の千紘にとっては元の世界で生きていたことの証だったのかもしれない。
本人が言っていた通りピアス自体への思い入れはなかったようで、後日別のものを用意すると大人しくそちらを使っていた。
だがあのリング戦のあった夜は、珍しく元々持っていたピアスをつけていた。就学時間外であったので特に追及はしなかったが妙に気になった。
そこへ先日クローム髑髏の身体に憑依した六道の話を聞いて、繋がりとなるものとしてこのピアスが浮かんだ。
当人ではない雲雀が瞬時に思いついたというのに、肝心の本人は思い出すのに時間が掛かったらしい。
思わず呆れて目を眇めれば、千紘は驚いたようにぱちりと濡れた睫毛を一度上下させた。
そしてこちらを見つめたままじわじわと頬を緩めて謝罪の言葉を口にした。表情と言葉の組み合わせがおかしい。


「どうして」
「…だって、もう雲雀に会えないかもって思ったりもしたから」
「…………」
「目の前にいて、話が出来て、綺麗な顔見れるのがうれしくて」
「…それについて確認しておくけど」
「うん?」
「君はどこに行ってたんだい」
「ん……夢じゃなければ、元の世界に戻ってた。みたいです」
「じゃあ君、死んでなかったってこと?」
「うん。声も出なかったし身体も動かせなかったけど、一応生きてたみたい」
「ふうん。それで君はどうすることにしたんだい」
「?」


予想通りの答えに雲雀は片眉を吊り上げる。癪ではあるがやはりあの男の言う通りだったようだ。
六道は直接的な言葉こそ口にはしなかったが、わかりやすく随所に情報を含ませていた。
そのやりとりで、あの六道骸が現在よりも進んだ未来から遡ってきたこと、千紘がこの世界から消えていること、そして鍵となる繋がりは雲雀と千紘の二人しか知らないという情報を雲雀に与えた。
結果、雲雀も千紘も正解を導き出し両方の世界の肉体に件のピアスをつけることで道が繋がった。
だがまだ終わっていない。
千紘を見据えたまま問いかけると、その強い視線を受けながらきょとんと首を傾げた。
いや、きょとんじゃない。


「どうって…?」
「返答次第では咬み殺す」
「ひぇっ……あ、でもそのセリフまた聞けてうれし」
「お望みなら先に咬み殺してあげようか」
「ご、ごめんなさい……」
「ふざける余裕があるならちゃんと言えるだろ」
「ふ、ふざけてはいないんだけど……ええと、その」
「…………」
「いろいろ考えたけど、俺はここで雲雀たちと生きていきたい、です」
「うん」
「勝手に決めちゃったけど、よろしくしてもらえるとうれしいです」


戸惑ったように瞬きをしていた千紘は雲雀の言わんとすることを理解すると不器用に微笑む。
現状では千紘は二つの異なる世界に跨って存在しており、千紘が望む世界を選ぶことができる。
しかしこの有り得ない状況がいつまでも維持できるはずはない。あくまで今現在可能というだけだ。
だからこそはっきりとさせておかなくてはならない。千紘がどちらを選ぶのか。
一歩引いたように大人びた表情で控えめに告げられた言葉に、雲雀は覆いかぶさるように千紘の顔に両手をつく。
ぐっと縮まった距離に千紘は驚いて目を大きく見開く。久々に至近距離で見るその硝子玉のような瞳をしっかりと捕える。


「ここを選んだのは正解だよ。そこは褒めてあげる」
「へっ!? ちょ…っ、なに、」
「その選択に後悔はさせないから、心配しなくていい」
「……そ、そんなの、雲雀が責任取ることじゃない」
「…………」
「俺が勝手に選んだんだから、今まで通り仲良くしてもらえればそれで、」
「それはできないな」
「…え」
「ここにいるからには僕のものになる覚悟をしなよ」
「……俺だからいいけど、女の子にそういう言い方したら勘違いされるよ」
「しないよ。君以外に言うつもりもない」
「うぐ……だから! 雲雀がそういうこと言うとプロポーズ並みの破壊力になるんだから気を付け」
「そう解釈しても構わないよ」
「て、……は!?」


雲雀の言葉を聞いてから理解するまでに数秒要した後、千紘はぶわりと赤面する。
唇を戦慄かせて何か言おうとしているが言葉がまとまらないらしい千紘に首を傾げる。何をそこまで驚くのか。
千紘はこの世界で生きることを選んだ。それは今まで生きてきた世界を捨てる覚悟を決めたということ。
今までは突然異世界に来てしまったために、いずれ戻ってしまうかもしれないという不安が千紘の中でずっと巣食っていた。
本人に自覚は無かったようだが、雲雀や沢田と親交を深めながらも常に一線を引いていた。強い結びつきになることを避けていたのだろう。
雲雀もそれを感じ取っていたからこそ、必要な部分以上を委ねるように強要はしなかった。
しかしこちらの世界を選び、留まる方法もほぼ確立した今は状況が違う。
だからもう逃がすつもりはないと告げているだけだというのに。


「何を驚いてるんだい」
「…お、おお驚くわ! お前ね、プロポーズの意味分かってる!?」
「不満かい?」
「満点だと思うよ恋人に向けてなら……! なんで俺に言っちゃうの……」
「…ああ。君、そういえば名称にこだわりがあったね」
「こだわりっていうか、普通の感覚だと思うけど……」
「ちょうど良かった。はっきりさせよう」
「……?」


頬を赤く染めた千紘の動揺をよそに雲雀は話を進める。
『恋人』だの『保護者』だのといった名称は雲雀にとってはさほど重要ではない。あくまでそれは他人から見たときに必要なものであって当人同士では必要ない。
しかし人と関わることに臆病な千紘には必要な区分なのかもしれない。
それを明確にすることで千紘が覚悟を決めるなら敢えて使ってやろう。


「僕が君の『恋人』になるから、『プロポーズ』を受け入れなよ」
「!?」
「これで問題ないだろ」
「あっ、あるよ!! い、いきなり恋人なんか、なれるわけ…」
「? 何の段階を踏む必要があるの」
「だ、だって、恋人って…その、お互いを、すきになってからで…!」
「君は僕が嫌い?」
「ちが…っ、すき、だけど…恋愛的にすきなのか、とか、考えたこと、ない」
「じゃあこれから考えるといい。それより寝たほうがいい。熱があるよ」
「……熱…? ええと、じゃあとりあえず考えるのやめてもいい……?」
「今はね。ピアス付け替えるよ」
「っ、ひ、……! まって、耳やだ…っ、」


真っ赤になった顔を背けて落ち着かない様子でもごもごと話す千紘の瞬きは随分と重い。
頭が悪くないくせに対人関係になると途端に理解力の落ちる千紘の頭はそろそろ限界が近い。
それに目の前の額に触れれば明らかな発熱もある。まずは身体を回復させるのを優先させたほうが良さそうだ。
ひとまずは話を切り上げ、千紘の耳のピアスを外しにかかる。もうあちらの世界に戻してやるつもりはない。
びくりと大げさなほどに身体を震わせ、自分でやるから、と泣きそうな声をあげる千紘を軽くあしらいピアスを付け替える。
上擦った声を上げながら必死で無駄な抵抗をしていた千紘だが、すぐに力尽きてぐったりと眠りに落ちていった。
まずは及第点。これから覚悟するといい。


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2020.06.23 百
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