★君色の光 | ナノ 「………うぅ……」
「大丈夫か千紘」
「……うん、ありがとうリボーン」


モニターを見つめる千紘から返る声に覇気はない。
大空戦が始まり、リボーンたちと共に観覧スペースへと移動した千紘は眼前で繰り広げられる激しい戦いに呆然とするばかりだった。
実際に人と人が武器を手に戦う姿など千紘にとってはフィクションでしかなかった。喧嘩すら滅多とないような平和な世界で過ごしてきたし、六道の件に巻き込まれた際も怪我を負った雲雀たちの姿は知っているが戦闘は見ていない。
しかも戦っているのは同じ学校に通う友人達。とても平然と見ていられる筈が無い。
しかし戦闘が始まるまで千紘を襲っていた恐怖や緊張は、今や遥か彼方に弾き出されてしまっている。
あまりに衝撃的な光景を前にして、千紘の頭が理解を放棄してしまった。
だっておかしいじゃないか。


「……意味がわからない......なんで空飛んでんの、ツナもXANXUSって人も…」
「正確には飛んでるわけじゃねーけどな」
「うう、ツナのおでこ燃えてるのも光線発射するのも意味がわからん……」
「実際に燃えてるわけでもねーぞ」
「校舎も吹っ飛ぶし、人間のスピードじゃないじゃん……」
「…...あー、まあそういうもんなんだよ、この世界の戦いってのは」
「……シャマル先生」


いくらなんでも機械もなしに縦横無尽に空を飛び回ったり、拳銃や手から謎の高火力光線を放つなんて現実に起きて良いことじゃないだろう。
尋常じゃないスピードで攻防を繰り返す沢田もXANXUSも到底人間とは思えない。運動能力に差があるのは分かっていたが、これはあまりにも次元が違い過ぎないか。果たして自分は彼らと同じ人間という種族を名乗って良いのか。
視覚から入ってくる多すぎる情報を整理することを千紘の脳は早々に拒んだらしい。静かにパニックを起こしている千紘の様子を観察しつつ、リボーンはいつも通り飄々とした態度で言葉を返す。
初めて臨む戦場の緊迫した空気の中、友人の超人的な戦いを見せられてすんなり受け入れられる方がどうかしている。千紘の反応は至って正常である。
脳がキャパオーバーを起こしていたとしても、強制的に与えられる情報は無意識に蓄えられ、いずれ処理されていく。
ただでさえ削られているであろう精神にさらに負荷を掛けてまで今理解までする必要はない。むしろ少しでも意識を逸らしてやったほうが良いだろう。
だからお前も協力しやがれ、と語るリボーンの視線にシャマルは面倒臭そうな顔をする。数秒間無言で視線による攻防を経て、折れたシャマルが適当な言葉を千紘に掛けて注意を引く。
それに反応して顔を上げた千紘の赤く充血した瞳にぐぐっとシャマルの眉が顰められる。


「......だから、お前はそういう顔すんのやめろっつってんだろ」
「だからどんな顔ですか......つーか俺、まだ先生のことも納得いってないですからね」
「...頼むからちゃんと言葉選んでしゃべれよ咲山......」
「はい......?」


千紘の意識を向けさせることに成功はしたが、この後が問題だ。どうにも悪い予感しかしない。
シャマルについて千紘から話があるとすれば、初対面のあの日のことしかない。素性を隠して接触したことに一言言いたいことがあるのだろうが、このメンツは非常に具合が悪い。
せめて語弊のない言い回しにしてくれ、とほとんど諦めながら視線を投げるが、千紘はきょとんと首を傾げる。やはり面倒な事態は避けられないらしい。


「保健室の先生なのに殺し屋ってどういうことですか......」
「どうもこうもそのままだ。医者で殺し屋なんだよ」
「ボンゴレの関係者なら最初に教えてくれればよかったのに」
「あん時はまだお前も腹決めてなかっただろーが」
「そうですけど……あんなに優しくしてくれた先生が殺し屋って…」
「なんだ、千紘に手出しやがったのかエロ医者め」
「オイ言葉選べっつったよな咲山。治療してやっただけだろーが」
「えっ!? あのシャマル殿が男の治療を!?」
「うん。怪我だけじゃなくて身体の触診もしてくれたよ」
「下心しかねーな。最低だぜコラ」
「ああ。普通に最低だな」
「てめーらなぁ…! オレは男は専門外だ!」


的確に曖昧な言葉を口にした千紘と、きっちり誤解をして露骨に驚くバジルに悪意はない。ないのだがすかさずそこに乗っかって非難をするコロネロとリボーンにシャマルは額に青筋を立てる。てめーらは悪意しか感じねぇ。
確かに己の信条に反して千紘の治療をしてしまったのは事実。女子だと勘違いしていたこともあってしっかり身体にも触れてしまっている。
しかし毛嫌いする男臭さを感じさせない千紘にも十二分に責任がある。こちらを見上げてゆっくりと瞬く千紘は相変わらず簡単にシャマルの琴線に触れてくる。
女っぽいわけではないがいやに柔らかい雰囲気を持つ千紘に盛大に眉を寄せたシャマルは、びしりと人差し指を突き立てる。


「誰が男に手出すか! オレよりもこいつなんとかしろよ。こんなの簡単に食われんぞ」
「ええ……先生ひどいこと言う……」
「まーな。それに関しては目下ヒバリが躾中だぞ」
「リ、リボーンまでひどい……バジルくんのがよっぽど危険だと思うよ俺」
「え、拙者ですか?」
「うん。バジルくん天使みたいにかわいい顔してるから」
「心配いらねーぞ。バジルはこんなナリでもそれなりに戦えるからな」
「はい。心配には及びません!」


にこりと微笑みを浮かべるバジルは目の保養になる。外国人ということもあって大きな造りの碧眼とすらりとした体躯でそれこそ女性にも見えるほど華やかな容姿をしているのに、やはり沢田たちと同じく超人らしい。なんて世界なんだ。
沢田の安心するような可愛さとはまた違う可愛さに思わず癒された千紘だが、モニターに映り込んだ雲雀に、あっ、と大きな声を上げた。
象すら死に陥れるほどの猛毒を意地で解除したらしい様子にほっとしたのも束の間、ベルフェゴールの放つナイフを弾いた雲雀の顔がワイヤーでざっくりと切れる。ぱっと舞った血に千紘が顔を青くする。


「! ひ、雲雀の顔に傷が……!」
「ナイフにワイヤーがついてんだ。下手に動くとまずいぞ」


リボーンの説明を聞いてぞわりと身震いする。雲雀の頬から滴る血の量からして傷は浅くはない。きっと痛みも相当あるはずだ。
嵐戦を見ていない雲雀はベルフェゴールがナイフとワイヤー使いだということを知らない。今度は投げられたナイフを弾かずに避けるが、張られた無数のワイヤーがカッターシャツごと雲雀の皮膚を切り裂く。
ぼたぼたと大量の血液が地面に飛び散り、ふらついた雲雀はどさりと座り込んでしまう。先日モスカに貫かれた傷で脚の動きが鈍っているようだ。雲雀の手から溢れたトンファーも赤く染まっている。
薄ら笑いを浮かべながらとどめのナイフを放ったベルフェゴールをきつく睨み据え、雲雀は白刃取りの要領で一本残らずぴしりとそれを受け止める。
ワイヤーを見抜いた雲雀に勝機は無いと悟ったベルフェゴールが去り、ふらつきながらも移動を始める雲雀に観覧席の一同は胸を撫で下ろす。
声すら出せないまま戦況を見守っていた千紘は、ぽたぽたと流れる血に顔色を無くしたままやっと声を絞り出す。


「……リボーン、雲雀の傷、結構深い、よね……?」
「…まーな」
「…大丈夫かな。すぐ手当しなくちゃやばかったり、しない?」
「そこまでではねーぞ。無茶しなきゃ大丈夫だ」
「そっか……、それにしてもベルフェゴール許せない…」
「咲山殿?」
「だって! あいつ雲雀の顔ばっか狙ってなかった? 最後だって顔目掛けて投げてた!」
「えっ? そ、そうでしたか…?」
「そうだった! あんな綺麗な顔狙うなんてひどいやつ……」
「どこに憤慨してんだてめーは」
「か、変わっていますね咲山殿……」


不安と安堵から瞳を潤ませながらふつふつと怒りを燃やす千紘にシャマルが呆れた視線を投げる。
確かに千紘の言うように、雲雀がナイフを受け止めたのは自身の顔の前だった。一本でも止め損ねていたら顔の傷は増えていただろう。
だが雲雀が座り込んでいたことと狙いやすい人体の急所だったというだけで、決して顔の造作が整っていたからという理由で狙いを絞ったわけではないだろう。
戦闘知識がある者からすれば、単純に顔は急所の集まる部位だから狙ったのだと分かる。しかし戦ったことのない千紘からすれば意味合いが変わってくるらしい。
特に千紘は雲雀の顔の造形美に心酔している。平然と傷付けたベルフェゴールに珍しく怒りを顕わにしていた。
その後怯えたり呆然としながら戦いを見守っていた千紘だが、ベルフェゴールがクロームの頬に傷を付けた際に再び激怒したのは言うまでもない。


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2020.03.10 百
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