★君色の光 | ナノ 「……あ、あの、はじめまして」
「………あなたは?」
「咲山千紘です。…ツナの友だちです」


おそるおそる声を掛けた千紘に、少女は大きな藍色の瞳を向ける。
XANXUSの一撃によって中庭に集まった人を見渡していると、並盛中学ではない制服に身を包んだ少女に目が留まる。リボーンから話に聞いていた沢田の守護者の一人、クローム髑髏である。
初対面の千紘を警戒したようにじっと見つめるクロームはぷっくりとした唇を開く。そこから溢れる声は鈴を転がすように澄んでいて、首を傾げればさらりと艶やかな髪が揺れる。
写真を見ていたとはいえ、動くクロームはまさしく美少女であり緊張でじわりと体温が上がる。女性に耐性のない千紘にはなかなかハードルが高い。
言葉を詰まらせながらも何とか名乗った千紘に、少女は片方だけの瞳を瞬かせる。
うわあどうしよう、めちゃくちゃかわいい。


「…! あなたが『千紘』?」
「え、あ、ええと、俺のこと知ってるの…?」
「骸様に聞いてたの。会ってみたいと思ってた」
「えっ! そ、そうなんだ…俺もリボーンから君のこと聞いてて」
「そう……私はクローム髑髏。よろしく、千紘」
「わ……っ!?」


六道とクロームに特別な繋がりがあるとは聞かされていたが、まさか自分のことを話しているとは思わなかった。
淡々と名乗ったクロームはすっと千紘に近付くと、その頬へと口付ける。
ちゅ、という愛らしい音と柔らかな感触に、きらきらと輝く金髪と鳶色の瞳が千紘の脳裏を過ぎる。
あれだ、日本人には刺激の強すぎる外国人の挨拶ってやつだ。まさか見るからに大人しくて奥手そうな少女からされるなんて思いもしなかった。
一呼吸置いてぶわっと顔を真っ赤に染めた千紘に、クロームは小さく笑顔を浮かべる。
その顔はもちろんかわいい。かわいいけども。


「っっ、ちょっ…!」
「…ふふ、あいさつ」
「あ、あいさつだけど! だめだよ、女の子がそんなこと……」
「どうして?」
「ただでさえかわいいのに、変な奴に勘違いでもされたら危ないよ」
「心配してくれるんだ……やさしいのね、千紘」
「そりゃするよ。骸だってきっとそう言うよ」
「でもこれがあいさつだって教えてくれたのは骸様」
「な、なんだと……あいつ許さん……!」
「?」


幼気な少女になんてことを擦り込んでるんだあいつ。
外国ならばまだしも日本でする挨拶としては主流ではない。ましてやクロームのような美少女相手では妙な気を起こす輩も出てこないとは言い切れない。
千紘からすれば儚げな少女にしか見えないクロームだが、沢田の守護者としてこの場にいる。一般人にどうこうされる心配はないのかもしれないが、それでも女の子だ。怖い目に遭わなくて済むならそれに越したことはない。
とりあえず今度骸に会ったときには一発入れてやろうと心に誓う。純真な心を弄んだのだ、当然だろう。
そこでふと視線を感じて振り向くと、少し離れた場所に佇んでいる雲雀と視線がかち合う。いつの間に現れたのだろうか。
試合が始まる前に雲雀の声を聞いておきたかった千紘は、クロームに一言断りを入れて雲雀の元へと近付く。
怒っている様子はないが、じっと強い眼差しで寄ってきた千紘の全身を見つめた雲雀は静かに口を開く。


「雲雀?」
「君、どうして既に巻き込まれてるの」
「え? あー、これ? ちょっと吹っ飛ばされて」


さすがにびっくりした、とのんびりと告げる千紘の頭に付いていた木の葉を払う。
暗がりの中でも千紘の制服が汚れていることに目敏く気が付いたようだ。いつもと変わらず真っ直ぐに注がれる視線に安心して、千紘はへらりと微笑む。
それに目を眇めた雲雀だが口を開くことはなく、そうこうしている間に大空戦のルール説明が始まる。
静かに話を聞く千紘の表情は徐々に緊張で強張っていく。ゲームでもフィクションでもなく、いよいよ命がけの戦いが始まろうとしているのだ。
チェルベッロ機関の説明によれば、どうやら大空戦に参加するのは守護者たちだけらしい。ひとまず戦いの中で沢田たちの足を引っ張る心配はなさそうだ、と千紘は安堵の息をつく。
ではなぜ召集されたのだろうか、と首を傾げていると思いもよらない言葉が発せられた。


「そして渡り者である咲山千紘の所有権がリングと共に勝者に与えられます」
「…………は? 俺の……?」
「んな!? なんで千紘が…!」
「リングと同様渡り者を有することは利益になります」
「だからって! 千紘は物じゃないし、争奪戦には関係ないだろ!」
「異議は認めません。決定事項です」
「…そんなことだろーとは思ったけどな」
「ええ、いや、それ意味あります……?」


与えられるとは一体。
意味を理解し損ねてぽかんとする千紘が我に帰るより早く、沢田がチェルベッロ機関に異議を唱える。
しかし淡々とした声に一蹴され、悔しそうに唇を噛む。その隣で小さく呟くリボーンは、帽子のつばで強い視線を隠す。
一方、突然賞品に指名されその場にいる全員の視線を集めてしまった千紘は戸惑う。
リボーンの話によればXANXUS率いるヴァリアーという組織は、独立しているとはいえボンゴレに属している。この戦いもボンゴレの次期ボスの座を巡ったもので、要はボンゴレのお家騒動のようなものだと千紘は認識している。内容としてはかなり熾烈ではあるが。
つまり沢田が勝とうがXANXUSが勝とうが、付与される渡り者を所有する組織はボンゴレである。わざわざ賞品とする理由がわからない。
渡り者を保有することで利益が出るとされているのはあくまで『組織』。内部抗争の勝者に与えられるものとしてはあまり価値がないように思える。
そんな疑問にXANXUSが愉快そうに答える。


「当たり前だ。この戦いに負けるってことは死ぬってことだ」
「! し、ぬ……」
「そこのクソモドキどもが死んで、てめえがボンゴレから離れる可能性を潰すってだけだ」
「…………」
「もちろん後を追えるなんて楽観的な希望は捨てろよ。てめえは組織の為に生かされる」


己の勝利を確信しているような口ぶりに千紘はぞくりと背筋を震わせた。
戦いに身を投じる沢田達が大怪我をするかもしれないとは覚悟していた。しかし明確な殺意を隠しもしないXANXUSに友人達を喪うかもしれないという恐怖をはっきりと自覚する。本気で殺す気なのだ。
せいぜい負けたところで正統な後継者でなくなるだけで、どちらもボンゴレという組織には残るのだろうと考えていた。しかしそれは甘かったらしい。
もし、仮にではあるが、敗北した沢田達が死んでしまったとすれば、XANXUSの言うように千紘がボンゴレに留まる理由はない。
しかし勝者としてヴァリアーが千紘の所有権を得れば、千紘の意思とは関係なくボンゴレに縛り付けられることになる。友人を手に掛けた者の傍から離れられないということか。
そこまで思い至った千紘の心臓が大きく音を立て、息苦しさで呼吸が乱れる。嫌な冷たさに締め付けられた胸が苦しい。
小さく後退った千紘の背中が雲雀の身体に当たる。見上げれば雲雀がXANXUSを真っ直ぐに見据えていた。研ぎ澄まされた殺意の籠ったそれに不敵に口端を持ち上げたXANXUSは言葉を切る。
それを見計らい説明を再開したチェルベッロ機関をよそに、瞬きで剣呑な光を消した雲雀は腕の中で不規則な呼吸で喘ぐ千紘の顎を軽く持ち上げる。
気道を確保してやりながら指先で酷く戦慄く喉を撫でてやる。


「っ、…ひ、っ、ぅっ、…っ、」
「……千紘、何を不安になる必要があるんだい」
「…っは、っ、ぁ、っ、」
「もう理解できてるはずだよ」
「っ、…?」


息を吸うばかりで上手く吐き出せていない千紘を覗き込み、一音ずつ吹き込むように言葉を紡ぐ。
雲雀の体温に、視線に、声に、次第に焦点の定まってきた淡い瞳にしっかりと自分を映させる。
そしてゆるりと微笑む。


「君は僕のものだ」
「……っ、ん……、うん、」
「誰にも譲る気はないよ」
「…はぁ……っ、うん、そうだった。……雲雀は、大丈夫だもんな」
「当たり前だろ」
「……うん。……待ってる」
「うん」


苦しげに引き攣る喉が落ち着きを取り戻し、水分を纏う瞳が雲雀を捕える。
大きく深呼吸をした千紘は凛と力強い雲雀の言葉に気の抜けた笑顔を浮かべる。幾度となく聞いた雲雀の言葉に安心し、胸を蝕んでいた冷たさが消える。
雲雀はXANXUSに敗れることも千紘を奪われることも一切考えていない。確固たる実力と強い思念が放つ言葉の実現を疑わせない。
もちろん全ての不安が拭い切れてはいない。雲雀だけではなく誰にも怪我をしてほしくはないし、正直命がけの戦いになんて行ってほしくもないけれど。
引き留める言葉をぐっと呑み込んで、顔に添えられていた雲雀の手を強く握る。瞳を伏せて祈るように呟いた千紘に応えて雲雀も双眸を細める。

そうして落ち着いたことで、今更ながら雲雀と至近距離にいたことに気が付き千紘はぶわりと赤面する。そして慌てて離れようとしたが足に力が入りきらず、よろけた千紘を雲雀が難なく捕まえる。
そのまま小脇に抱えるように持ち上げると、円陣を組むために集まっている沢田たちから少し離れたところにどさりと降ろす。いつの間にかルール説明は終わっていたようだ。
じゃあね、と踵を返して割り当てられたエリアへと向かう雲雀の後ろ姿を呆然と見送る。どうやら千紘の相手をしつつもしっかりチェルベッロ機関の説明も聞いていたらしい。どんな視野してるんだ。
そして他の守護者たちも配置に着き、いよいよ大空戦が始まろうとしていた。


back

2020.02.10 百
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -