★君色の光 | ナノ 「……っ、」
「お、『咲山千紘』じゃん」


応接室での話し合いの後、目を覚ました千紘は授業へと戻った。
ノートを取りながらも頭の中ではリボーンから聞いた話を反芻する。規模の大きな話で全てを理解しきれた訳ではないが、関わると決めた以上いつまでもそうも言っていられない。
ひとまず今夜行われるらしいリング争奪戦の決勝に千紘も召集されているらしい。まさか戦場に放り出されることはないとは思いたいが、きっと激しい戦いを目の当たりにすることになるだろう。
また、みんな大怪我をすることになるんだろうか。
心をざわつかせたまま放課後を迎え、荷物を置く為に一度帰宅した千紘は夜に再び学校へと向かった。
一人で考えているとどうにも悪い方に思考が流れてしまう。とにかく学校へ行けば誰かいるだろうと少しだけ早めに家を出たのだが、中庭の暗闇に見えた人影に千紘はびくりと身体を竦ませる。
その気配にこちらを振り向いた男がにまりと見覚えのある大きな笑みを浮かべた。


「……ベル、フェゴール…さん」
「ししっ、成長したじゃん。オレの名前覚えたんだ」
「ソイツが例の異世界の人間か? 随分と貧相な」
「…ひ、っ」


リボーンの話の中で今回沢田たちと守護者のリングを賭けて戦っている相手の説明も受けた。
ボンゴレファミリー最強と謳われる独立暗殺部隊であるヴァリアーに属する六人。彼らは正真正銘のマフィアでその名の通り当然人を殺めたことがある。
ベルフェゴールとマーモンには以前遭遇したことがあるが、あの時は素性を知らなかった。それでも異様な雰囲気に気圧されたのだ、知ってしまっている今恐怖を抱かない筈が無い。
見上げる首が痛くなるほどに背の高い男、レヴィはじろりと千紘を見下ろす。写真で見た通りの強面に千紘は上がりそうになった悲鳴を寸でのところで噛み殺す。
じり、と恐怖で震える脚をわずかに後退させると、大股で距離を詰めたレヴィが千紘の胸倉を掴み上げる。


「何だ貴様。もしやオレに見惚れたか」
「ぅ、っぐ……っ、!」
「はぁ? 頭いかれてんのお前。どう見てもキモさに引いてたじゃん」
「何を!?」
「ベルの言う通りだね」
「マーモン! 貴様敗者の分際で口を出すな!」
「ム……」
「っ、けほっ、!」


ぐん、と腕一本で簡単に持ち上げられた千紘は息苦しさに咽ぶ。
千紘を掴まえている腕とは逆側では鎖を何重にも巻いた籠を持ち、その中にいるマーモンもベルフェゴールに同調する。
一つ大きく咳き込んだ千紘を一瞥すると、そのまま方向転換して歩き出す。ぎりぎりと締まる喉にいよいよ視界が滲み始める。くるしい。
すると不意に手を離され解放された千紘は、落とされた勢いのまま尻もちをつく。不足していた酸素を取り込むために大きく喘いでいると、レヴィの声が聞こえた。


「ボス、コイツが今回の賞品のようです」
「…………」
「…!」


賞品って、どういうことだ。
息が整わないまま、そろりと窺うように視線を持ち上げれば、目の前にいたのはヴァリアーのボスであるXANXUS。赤い瞳で見下ろされ、千紘は大きく目を見開いて息を呑む。その顔には大きな傷跡があり表情らしい表情は浮かんでいない。ただ静かにこちらを見下ろしているだけだ。
それでも肌を刺すようなぴりぴりとした威圧感に動くことはおろか、瞬きすらできない。
固まる千紘にXANXUSが引き結んでいた唇を開く。


「てめえが異端か」
「……ぇ、…」
「どうだ? 生まれが違うだけで勝手に価値がついた気分は」
「………どう、って……」
「力の無い奴はそのままくたばるか利用されるだけだ」
「…………」
「…殺さずには置いてやるが死にたきゃ勝手にしろ」


口端を片方だけ吊り上げたXANXUSは皮肉っぽく笑いながら言葉を放る。
千紘に問い掛けているようでいて独白のようなそれに千紘は戸惑った表情を浮かべる。千紘の境遇に同情しているようにすら聞こえるが、冷たい瞳は酷く疎ましそうに歪んでいる。
どうやら千紘に対しての言葉でも感情でもなく、XANXUSの中の何かに向けて放ったもののようだ。
もちろんこのXANXUSという男のことは怖い。暗殺部隊のボスであるからには相当に強いだろうし人も殺しているだろう。何の能力もない自分のことなんてその気になれば簡単に殺せる。
でも、千紘がこの男に対して感じるのは恐怖だけではない。きっとその赤い瞳に感情が見えたせいだろう。


「……いいことも、ありました」
「…あぁ?」
「異端なお陰で、いま俺はあなたに殺されないで済んでる」
「…………」
「あなただけじゃない。ベルフェゴールさんにも殺されずに済んだ」
「…………」
「…だから、悪いことばっかじゃない、です…たぶん」
「…ふっははは! カスのわりには大層なクチ叩きやがるじゃねーか」
「わ、…っ、!」
「じゃあ証明してみせろよ。呪われた人生じゃねーってな」


声を震わせながらも千紘はしっかりとXANXUSを見据えてそう言い募る。
この世界に来たことで千紘が本来送るべきだった平穏な人生は潰えた。特異な存在として価値を強制的に与えられ、非凡な生活を送ることを余儀なくされた。
でもだからと言って、この世界に来たことが千紘を不幸にしているかと言われればそうではないと千紘は思っている。
そもそもこの世界に来なければ、あの日電車と衝突して千紘は死んでいたかもしれない。奇跡的に助かっていたとしても、五体満足ではいられなかったはずだ。
それがここに飛ばされたことで色々な人に助けられ、こうして生きている。雲雀や沢田たちとも仲良くなることができた。身体能力が著しく劣っている点を除けば非常に充実した日々を送ることができている。
XANXUSが何を抱えているのかはもちろん知らない。
でも冷たい瞳に宿る激情を垣間見て、どこか少しだけ、似た境遇にいるのかもしれないと思った。
身体を強張らせながらも柔らかく言葉を紡ぐ千紘を見定めるように視界に収めるXANXUSは、高く笑い声を上げた。さすがに異世界から来ただけのことはある。随分と呑気なものだ。
片手を翳し、自らと千紘の間に憤怒の炎を放つ。激しい光と熱風に襲われた千紘の身体は校舎の近くまで飛ばされる。幸い芝生の上を転がったおかげで怪我はしていない。
理解のできない現象に身体を横たえたままぽかんとこちらを見遣る千紘にXANXUSは愉快そうに笑みを浮かべる。この戦いに勝ってリングと共に手元に置くのも悪くない。
そうこうしている間に異変に気が付いた沢田たちが中庭へと集まり、大空戦が始まることとなったのだが、全身に砂ほこりを纏って現れた千紘に全員が目を剥いたのは言うまでもない。


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2019.12.31 百
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