★君色の光 | ナノ 「……え、」


なんだこれ。
ぱちりと瞬きした視界に広がる青空に千紘は呆然とする。
背中に感じる硬さからしてコンクリートの上に仰向けに寝転んでいるらしいがどうも自分の記憶と噛み合わない。
なんだこれ。
つい先ほどまで自分は自転車を漕いでいた。時間帯もこんな真昼間ではなく学校帰りで夕方に差し掛かっていた。
漕いでいた場所も開けたコンクリートではなく人の往来のある踏切の手前の坂を下っていた。
さらに言えば自転車のブレーキが効かなくて下ってきた勢いのまま遮断機の下りている線路に突っ込んだ。投げ出されて宙に浮きながら、迫ってくる電車のライトと急ブレーキの音が耳に刺さった。
そして襲ってくるであろう衝撃に備えて目を瞑ったのだけれど。
目を開けばそこには青空。
……え、どういうこと。
あの状況で助かったとしても酷い怪我はしているだろうが、いま身体には何の痛みも感じていない。となるともしやすでにここはあの世なのでは。
ゆっくりと上体を起こしながらそんなことを考えていると。


「僕の学校に不法侵入するとはいい度胸だね」
「ぅわっ!?」
「どこの生徒だい」
「え、あ、あの、そちらこそどちらさまで……」


突然聞こえた低い声に千紘は肩を跳ね上げて驚く。
視線を向ければ、そこにいたのは学ランを羽織った少年。真っ直ぐにこちらを見据えたままゆっくりと近付いてくる。
恐々と声を掛ければ吊り上がった双眸を細めて手にしている金属の武器をくるりと弄ぶ。風に揺れる漆黒の髪は柔らかだ。
続けて少年は口を開く。


「僕のことを知らないで並中にきたのかい」
「なみちゅう?」
「とにかく不審者に変わりない。咬み殺す」
「えっ!」


びゅんびゅんと鋭い音を立てて両手の凶器を回した少年は、いまだに上体を起こしただけで座り込む千紘目掛けて武器を振り下ろした。
問われた”なみちゅう”という聞き覚えの無い単語について聞き返す間も無く、再び襲う生命の危機に千紘は目を瞑る。


「ちょっと待てヒバリ」
「! やぁ、赤ん坊」
「……?」
「ちゃおっス」
「へ……ちゃ、ちゃおっす……」
「何の用だい?」


ガキン、と硬い金属音が聞こえて竦みあがる千紘だが、身体には衝撃も痛みもない。
防衛本能として閉ざした視界の外で幼い声が聞こえて、目を開ければ肩の上に見知らぬ赤ん坊がいた。
小さい身体にきっちりとスーツを着込んでおり、少年の凶器を手にした小さな武器で受け止めていた。いや、どういうことだ。
ぽかんと口を開ける千紘と目が合うと、にやりと赤ん坊らしからぬ表情で挨拶をしてくれた。
戸惑いながらも挨拶を返した千紘に満足そうにした赤ん坊、リボーンは武器を引いた少年に向き直る。


「こいつの妙な気配が気になってな」
「え? 俺?」
「そうだぞ。お前は何者だ?」
「ん、名乗るほどの者でもないけど……咲山千紘。18歳です」
「…18?」
「……君が?」
「…なんで2人して疑うかな」


何を言ってるんだこいつ。
質問に素直に答えたというのに返ってきた二人の表情は雄弁にそう語る。
小柄でどちらかといえば童顔である外見的に、実年齢よりも幼く見られることの多い千紘は不服そうに口を尖らせる。
しかし不本意ながらこういう場合の対処法は身に付けている。
高校生であるという証明として生徒手帳を見せるのだ。相手を納得させるにはこれが一番手っ取り早い為、基本的に常備することにしている。
ポケットに入れたそれを取り出そうとして、そういえば鞄や自転車が見当たらないことに気が付く。
死んでしまっているのであれば不要といえば不要だが。


「……あれ?」
「どうした?」
「…いや、なんか、制服がでかい、ような」
「オレから見てもお前の身体には合ってねーぞ」
「……やっぱり? 袖も裾もめっちゃ長い……なにこれ」


ポケットへと入れるつもりの指先がどうにも動きが悪い。
違和感に視線を落とせば、着ているカーディガンの袖に指まで完全に隠れているし、ポケットの入り口も同じく裾で覆われている。手が入らないはずだ。
どう考えても大きい。つい先ほどまできちんと身体に合っていたはずだ。
まさか電車に轢かれた影響で服が伸びたのだろうか。どこか破れたりしているのかもしれない。
とりあえず袖を捲ってポケットから取り出した生徒手帳をリボーンに渡す。
小さな手で受け取り中身を確認したリボーンは、不服そうにしている少年にも中身を見せながら口を開く。


「…確かに年齢的には18みてーだな」
「信じてくれた?」
「この生徒手帳によればな。でも今のお前はどう見ても中学生ぐれーだぞ」
「え、そこに写真もついてるでしょ」
「あぁ。この写真の顔ならまあ納得できるけどな」
「うん?」
「お前も見てみろヒバリ」
「……へぇ」


生徒手帳の顔写真と実際の千紘を何度か見比べたリボーンの言葉に首を傾げる。
そんなに写真と顔が違っただろうか。写真は苦手だから確かにあまり良く写ってはいないけれど極端に大人びて写ったわけじゃなかったように思う。
リボーンから受け取った生徒手帳を興味無さげにちらりと見やった少年は、意外そうにほんの少しだけ眉を動かした。
そして静かにこちらに向けられた視線を受け止めて、ようやくしっかりと少年の顔を見た。そしてぎしりと千紘の身体が強張る。
生命の危険を感じたこともあって気が付かなかったが、少年はとても綺麗な顔をしていた。
真っ黒な髪の毛と切れ長で吊った眦が印象的で、高めの鼻梁も閉じられた唇も形が良い。
そして何より凛とした佇まいが美しく、性別問わず美人に弱い千紘は動揺する。



「この写真より今のこいつはどう見ても幼い」
「学校名も住所も見たことがないね」
「いま身体に合ってねー制服も写真ではそうでもねーな」
「……え、あのちょっとまって」
「ちょっと立ってみろ」


状況を忘れて少年にそわそわとしていた千紘だったが、リボーンの言葉を受けて徐々に顔色を失くしていく。
リボーンに促されるままにのろのろと立ち上がる。もちろん靴も大きいしベルトも緩い。スラックスも裾が余っている。
ということはつまり。


「……俺、縮んでる…?」
「そう考えるのが妥当だろーな」
「…い、いやいや、ありえないでしょ、そんなの」
「鏡見てみろ。生徒手帳の写真よりだいぶ幼いぞ」
「…………」
「お前がこの『咲山千紘』の弟じゃなく本人だってんなら、若返ってる」
「な、なんで? やっぱ俺死んだの? 死んだら子どもに戻るってこと……?」
「…お前、臨死体験でもしたのか?」
「さっき、電車に轢かれたんだと思うんだたぶん。気付いたらここにいたけど…」
「……理屈はわかんねーが、死ぬ瞬間に違う世界に飛んだんじゃねーか?」
「は、」
「赤ん坊、本気で言ってるのかい」


胡乱げな目をしてリボーンを見る少年の前で、当事者の千紘は息を呑む。
普通に生きていて、肉体が若返るなんてことは起こりえない。でも今現在、自分にそれが起こっている。
しかも直前に大事故に遭っておきながら痛みも衝撃も受けていない。生きている。
異常事態に陥っていることを自覚した途端、ぞわりと身体の中が冷えて力が抜けてへたり込む。
こわい。
――――これから、どうしたらいい?
一気に色々な不安と恐怖が押し寄せて来た千紘は、尻もちをついた状態のまま絶句する。僅かに開いた唇を戦慄かせるが言葉は出てこない。
パニック状態の千紘を気遣うようにリボーンは肩口から飛び降りて震える膝に移動する。落ち着け、と声を掛けるも、大きく見開いた瞳を揺らす千紘の耳には届いていないようだ。
そんな様子をじっと見つめていた少年はくるりとトンファーを回す。


「……とにかくもういいね。不審者は咬み殺させてもらう」
「っ、ぁ、!」


がつんと無防備な後頭部を殴りつければ、小さく悲鳴を上げた千紘は意識を飛ばして崩れ落ちる。
見るからに弱そうな千紘にさすがに全力で打ち込むことはしなかったようだ。


「ヒバリ、こいつを並中に通えるようにしてくれねーか」
「……それなりの報酬はあるんだろうね」
「もちろんだぞ」


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2018.08.04 百
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