★君色の光 | ナノ 「まあそうだな。端的に言うとお前はUMAみてーなもんだ」
「……うん?」


エスプレッソを一口含んでから告げられたリボーンの言葉に、千紘はきょとんと首を傾げる。
応接室にて始まった話し合いで、リボーンから改めてボンゴレという組織についてやリング争奪戦についての説明を受けた。
リボーンと向かい合う形でソファーに腰掛けている千紘の表情は硬い。
いつも通り飄々として見えるリボーンの隣に座らされている沢田の顔色も悪い。リボーンから語られる内容はどれも真実でしかないが、一般人である千紘には聞き馴染みのないことばかりだろう。
なんとか助け船を出してやりたいが口を挟む余地がない。加えてデスクからの威圧感が半端ない。
この部屋の主である雲雀は定位置のデスクに座り、一言も言葉を発しないままこちらを見据えている。リボーンと千紘のやり取りを観察しているようだが、沢田からすれば咬み殺されるでもなく話すでもなく雲雀と同じ空間にいることなど異常事態でしかない。正直めちゃくちゃ怖い。
出来ることと言えば、ただただ静かに気配を殺すことくらいだ。いる意味あるかこれ。


「……え? いまUMAって言った?」
「言ったぞ」
「な、なにが? 俺が? 何で…?」
「お前はこの世界の人間じゃねーだろ。レア度はUMAレベルだってことだ」
「…まぁ、確かに普通じゃないかもだけど…」


ぱちぱちと瞬きをして千紘は困ったように眉を下げる。
マフィア関連の話を理解できる範囲でなんとか頷いてみせた千紘に、じゃあ次はお前についてだが、と短い前置きの後リボーンは冒頭の言葉を放った。
UMA、つまり未確認生物とは宇宙人や雪男を代表とした、目撃情報や痕跡がありながらも捕獲には至っていない未知の存在の総称である。
そんなものたちと同等と言われてさすがに千紘も難色を示す。


「でも、俺の珍しいとこってそれだけでしょ? UMAってほどでは…」
「充分だぞ。本来この世界では存在し得ないはずの存在なんだからな」
「んん……まぁ、そうだけど…」
「となれば珍しさに惹かれて手に入れようとする人間が出てくる」
「え…ええー…? 俺を? 何の得にもならないけど……」
「それがそうでもねーんだ。特にマフィアの中ではな」
「うん?」
「異世界の人間がファミリーに栄華をもたらすっつー伝承があるんだ」
「な、なんだと……」
「意外とマフィアってのは信心深いからな。狙われることになるぞ」


さらりと落とされた発言に千紘はひくりと頬を引き攣らせた。なんてこった。
改めて考えれば、千紘はこの世界のどこにも繋がりを持っていない。千紘のことを知る人間は誰一人おらず、当然親もいない。存在することが異端でしかないのだ。
どういう原理か突然世界を渡ってしまったらしい千紘は、自分自身に特別な価値があるなどと考えたこともない。それをリボーンによりはっきりと突き付けられた挙句、マフィアにまで狙われると宣告されたのだ。受け止め損ねても仕方がない。
しかし見つめた先のリボーンはとても冗談を言っている雰囲気ではない。本当に危険があるということだろうか。
千紘は少しだけ口ごもってからリボーンに問いかける。


「…ひとつ聞いてもいい?」
「構わねーぞ」
「俺を誘ってくれた理由はなに?」
「言ったはずだぞ。お前がいることで利益になると判断したからだ」
「…ほんとにそれだけ?」
「どういう意味だ?」
「俺にご利益があるかよりも、狙われる方が確実なんだよね?」
「…そうだな」
「そうなると迷惑にしかならない俺を、誘ってくれた理由って、」
「…………」
「守ってくれるため…?」
「…惑わされてはくれねーみてーだな」


ゆらりと瞳を揺らす千紘に、リボーンは帽子のつばを下げて目元を隠す。
特殊な力があるわけでもなく、この世界の基準値を下回る身体能力しかない千紘が襲われた際に自衛する術は無いに等しい。
以前、己の非力さに危機感を抱いた千紘が身体を鍛えようと奮起したことがあるが、どれだけトレーニングに励もうと千紘の身体には何の変化も訪れなかった。
リボーンと医者であるシャマルで原因を探った末、そもそも身体の許容量が著しく低いため上乗せはほぼ不可能、との結論に至ったのだ。千紘の心が折れたのは言うまでもない。
それもあって自身の置かれた状況を正しく理解している千紘は、ボンゴレに入ることで生まれる不利益もきちんと分かっている。もちろん伝承のもたらす栄華とやらを期待して甘んじるほど楽観的でもない。


「そうだとしたらどうする」
「…前に言った通りだよ。迷惑になるなら、ボンゴレにはいられない」
「迷惑じゃなきゃいいってことだな?」
「……うん? うーん……まぁ…」
「だそうだ、ヒバリ。これでどうだ?」
「まだだよ。千紘本人の口から聞いてない」
「え……な、なに? 雲雀関係あるの…?」


千紘の言葉に待ってましたとばかりに食い付いたリボーンは、雲雀へと会話を振る。
ここまで黙り込んでいた雲雀はちらりとだけリボーンに視線をやり、眼光を緩めないまま千紘を真っ直ぐに射抜く。不機嫌そうな気配はなく、ただただ強い視線を向けられた千紘は思わずたじろぐ。


「君はどうしたいんだい、千紘」
「……え」
「そもそも君の言う迷惑はなにを指すんだい」
「なにって、そりゃ俺のせいで怪我させたりとか…」
「勝手に手出しされて君が怪我をするほうがよっぽど迷惑だ」
「…言っとくけど、雲雀たちが丈夫すぎるんだからな」
「僕の迷惑になりたくないのなら、目の届くところにいればいい」
「そーだぞ。ボンゴレは組織だしな。負担が集中することはまずねーぞ」


雲雀の凛とした声音で語られる言葉は揺るがない。雲雀の言葉は強い意思とそれを貫く強さがある。
やりたいことを主張することがあまりない千紘にとって、自分の思いのまま進む雲雀はいつだって眩しい。
雲雀を見つめていられずに視線を逸らした千紘に、それまで口を挟めなかった沢田が恐る恐る声を掛ける。


「…千紘、オレも同じだよ」
「……ツナ?」
「オレも千紘に傷付いてほしくないし、迷惑になんか感じないよ」
「……でも、」
「むしろ、オレたちのことに巻き込んでごめんねって感じだし…」
「! そ、それは違う! そんなこと思ってないよ…!」
「…うん。千紘はそう言ってくれるって分かってた」
「だって、俺、みんなと会えて仲良くなって、楽しいんだ毎日」
「千紘…」
「そんなこと思った事なかった。できるならこれからも仲良くしたいって思うよ」
「オレもだよ! ボンゴレに入るかどうかなんてオレも決めてないし」
「この期に及んで何を言ってやがるダメツナめ」
「いてーーー!!!」


沢田の言葉に感極まったようにじわじわと瞳を潤ませる千紘に、沢田もつられて泣きそうになる。
千紘は見た目にしろ動作にしろ声音にしろ、すべてが柔らかい。ゆっくりとした話し方も相まってとにかく癒される。
そんな千紘に仲良くなれてうれしい、と告白されて嬉しくならないはずがない。いつの間にか身を乗り出していた沢田が照れ笑いをしながら言った言葉にリボーンが素早く反応して蹴飛す。
あまりに俊敏な動きを視界に捕えきれなかった千紘は突如目の前から消えた沢田に驚く。ど、どうした。
床に倒れた沢田に駆け寄ろうと腰を浮かせたが、それより先に机に着地したリボーンに声を掛けられる。


「さて。最後に聞くぞ」
「…リボーン?」
「お前はどうする?」
「……一緒にいたい。でも守ってもらうだけはいやだ」
「ああ」
「だから、俺にやれること探して、役に立てるようにします」
「…そうか」
「うん。なので、ひとまず、よろしくお願いします」
「ああ。歓迎するぞ」


頭を下げた千紘に笑みを浮かべたリボーンは、詰めたままだった空気を緩めた。
気を失った沢田の襟首をつかみ、どこにそんな力があるのかリボーンは沢田を引きずって扉へと向かった。
そしてくるりと振り返る。


「そうだ、一つ謝っとくぞ」
「へ?」
「形式上お前に選ばせたが、そもそも引き入れる以外の選択肢はなかった」
「ん!?」
「お前が最後まで辞退したとしても逃がさないよう策は講じてた。悪かったな」
「……そ、そうなんだ……?」
「あと、お前が狙われるって話は事実だけどな」
「?」
「バレねー限りそうそう狙われねーから安心しろ」
「はい!? えっ!? そうなの!?」
「ああ。見た目でバレるもんでもねーし、情報を組織で管理するからな」
「そ、うなんだ……良かった…俺もう買い物にも行けないのかと」
「お前に自分の価値と危険の可能性を理解させることが目的だったんだ」
「そっか。なんか、いろいろ気回してくれてありがとう」
「…礼を言われることじゃねーぞ」


じゃーな、と沢田共々廊下へと姿を消したリボーンを見送る。
知りたかったことや気になっていたことではあったが、いざ聞かされると情報量が多すぎてまだ頭が整理できていない。千紘は座っていたソファーの背凭れに身体を懐かせる。なんだか疲れた。
瞳を閉じてふー、と小さく息をついた千紘の目元にふわりと手が乗せられる。部屋にいるのは千紘以外にはただ一人。デスクから移動してきた雲雀の手だ。
驚いて瞼を持ち上げた千紘の長い睫毛が手のひらに擦れるのを感じる。
普段であれば雲雀の接近に対して過剰に反応する千紘だが、疲れた頭に雲雀の体温が染みてひどく心地が良い。赤面も忘れてとろりと急速に思考が鈍くなってくる。
いつも以上にふわふわとした声で千紘が雲雀に声を掛ける。理性すらも緩んでくる。


「…雲雀は、俺が…ボンゴレに入るの、賛成だった…?」
「さあ、どうだろう。あまり僕には関係ないことだからね」
「……?」
「君がどこにいようと、僕のものであることは変わらない」
「…ふふ、それ…人にきかれると、はずかしい…けど、」
「?」
「……あんしん、するなぁ……あり、がと…」
「…そう。少し眠るかい?」
「ん………」


寝言のように怪しい滑舌だが、素直な言葉とともに小さく微笑んだ千紘に雲雀も双眸を細める。
手のひらに触れる千紘の顔の温度が少しだけ上がり、吐息のような返事を最後に寝息を立てる。本格的に眠りに落ちたようだ。
しばらくそのままにしていた手を静かに離すと、瞼を伏せて眠る千紘の額に唇を寄せる。
千紘がボンゴレに入るかどうかは雲雀にとって然したる問題ではない。守護者に選抜されたとはいえ雲雀自身ボンゴレに尽力するつもりは毛頭ない。誰かの指図を受けるなんて冗談じゃない。
しかしこれは雲雀の意思であって、それを千紘に強制するつもりはない。千紘が望むのであればボンゴレに入っても構わない。最終的な所有権が雲雀にあることを千紘が理解していれば良いだけのこと。
その進捗はなかなか上々だったと言える。話し合いの最中、千紘は不安そうに何度も雲雀に視線を寄越していたし、声を聞くことで明らかにほっとした表情を浮かべていた。
今夜はリング戦があり、雲雀はもちろん千紘も召集されているという。それまで少し寝かせてやろう。


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2019.11.24 百
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