★君色の光 | ナノ 「………あ」
「?」


静かな空間にぽつりと落ちた千紘の柔らかい声に、雲雀は手元の書類から視線を上げる。
本日は日曜日。本来であれば休日の為閉校しているが、一部生徒の補習日に当たっており若干名登校している。学校が開いているとなれば雲雀が行かない道理はなく、普段通りの時間に応接室へと向かった。
そして千紘が暇ならば手伝わせようと電話をしたのは朝の九時過ぎ。この電話で目を覚ましたらしい千紘に、休日なので今回は強制ではないと伝えた上で呼び出しをかけた。寝起きで状況を理解するのに少し時間を要したが、特にやることないしいくよ、とのんびりとした口調で答えが返ってきた。

その後すぐに応接室までやってきた千紘は制服を身に付けてはいたが、とろりとした瞳はまだまだ覚醒しておらず瞬きも重い。今にも閉じてしまいそうだ。
ふわ、と小さく欠伸を零しながらソファーへと腰を下ろした千紘はすぐに積まれている書類へと目を通し始めた。見た目や雰囲気は依然として眠そうではあるが、頭の切り替えはきちんとできるらしい。
そこからはしばらく紙を捲る音とペンの滑る音だけが響いていたが、不意に千紘が声を発する。
視線を上げれば千紘は目を見開いて雲雀の背後にある窓を凝視していた。


「どうかしたかい」
「え、あ、いや、あの子この前の…」
「……あぁ」
「ちょっと窓開けていい?」
「構わないよ」
「ありがと」


千紘の視線の先、窓の外を見た雲雀は千紘が何に驚いているのか理解する。
木の枝にちょこんと留まっているのは黄色い小鳥。ふわふわとしたその小さい身体とつぶらな黒い瞳に千紘は見覚えがあった。黒曜ヘルシーランドの建物の中で出会った小鳥だ。
そわそわとした様子で窓辺へと近付いた千紘は、音を立てないようにそっと窓を開ける。どことなく嬉しそうにきらきらと瞳を輝かせる千紘を雲雀は物珍し気にじっと観察する。

基本的にのんびりとした千紘はあからさまにテンションを上げて興奮することはあまりない。だからと言って冷めているわけでもないのだが、表情に出にくい感情のようだ。
もちろん本人に自覚はないが、不安や焦りなどは分かり易く表情に出る半面、嬉しさや喜びを笑顔で表現することが少々不得手である。
最近は時折柔らかい表情を見せることも増えてきているが、笑顔はどこか自信無さげでぎこちなくはにかむ表情になってしまうことが多い。
そんな千紘が分かりやすく歓喜の表情を浮かべているのは中々に珍しい光景であり、雲雀は口元を緩める。悪くない。


「ミドリタナビク〜♪」
「! や、やっぱりあのときの子か…!」
「並盛ノ〜♪」
「かわいい…! 君、この辺の子なの?」
「大ナク小ナク並ガイイ〜♪」
「あ、」
「やあ、また来たのかい」
「!?」


愛らしい声で並盛中学校の校歌を歌い上げた小鳥は、千紘が開けた窓からふわりと室内に入ってきた。
小鳥を近くで見たくて窓を開けたのだがまさか入ってくるとは思わず、千紘は驚きながらも軽やかに羽搏く小鳥を見守る。かわいい。
応接室を旋回した小鳥は迷うことなく雲雀の肩へと降り立つ。そして雲雀はその小鳥を追い払うでもなく避けるでもなく、ごく自然に小鳥へと声を掛けた。
その反応に驚いたのは千紘だ。あの雲雀が。肩に小鳥を乗せて話し掛けるなんて。


「反則か…!!」
「?」
「美人とかわいい動物のツーショットはずるい…!」
「…………」
「しかも、雲雀って動物に話しかけたりするタイプ…?」
「人間だろうと動物だろうと変わらないよ」
「…まぁ確かに雲雀そんな感じするな…とことん反則だ…」
「君の感性はよく分からないな」
「お前が言う!? …つーか知り合いなの?その子」
「よくここに来てるよ」
「えっ! ずるい! 俺そんなの知らないけど…!」
「勝手に来るから自由にさせてるだけだよ」
「か、勝手にだと…! ずるい、俺も仲良くなりたい…」
「それはこの子次第だ。僕の権限じゃない」
「そうだけど…動物の扱い方わかんないんだよな」
「苦手なのかい?」
「いや、好きだけど…触ったことあんまなくて」
「ふうん」


綺麗な顔をした雲雀が小さな小鳥に微笑んでいる様はなんとも目の保養になる。美しい。
雲雀の性格からして小鳥を追い払うか、運が良くて無視するかのどちらかだと思っていたが、まさか話し掛けて相手をするなんて。
しかも雲雀の肩の上で寛いだ様子で首を傾げたり毛繕いをする小鳥は随分と懐いているようだ。応接室には千紘も頻繁に出入りしていたがこの小鳥を見掛けたことはない。いつの間に仲良くなったのか。
雲雀と小鳥の組み合わせに内心激しく悶えながらも千紘は羨ましそうに口を尖らせる。
だが雲雀としてはこの小鳥は飼い慣らしてもいないし積極的に餌付けをしたわけでもない。
姿が見えたら窓を開けて招き入れるだけで、あとは雲雀の邪魔にならない程度にじゃれついてくるので自由にさせているだけだ。小鳥もある程度で満足するのかふらりと出ていく。
それをずるいと言われても。
不満そうにしながらも小鳥の仕草に瞳を和らげる千紘は普段よりもあどけなく見える。よほど動物が好きなのだろう。
珍しい千紘の様子を楽しそうに観察する雲雀は、肩口の小鳥に声を掛ける。


「君、千紘にも構ってあげたら」
「ピッ」
「! あ、わわ…っ、こっちきた…! ど、どうすれば、」
「じっとしてればいいよ」
「……ん、あれ…? どこに、」
「ピピッ♪」
「ま、まさか…! 雲雀、いまあの子頭の上にいる…?」
「そうだね」
「うわああまじか…! しあわせ…!」


くるりとした瞳で雲雀の言葉を聞いた小鳥はぱたぱたと千紘へと飛んでいく。言葉が理解できるらしい。
小鳥が近付いたことに嬉しそうにしながらも緊張した様子で雲雀に助けを求める千紘は、言われた通りぎゅっと身体を硬くする。本当に動物との接触に慣れていないらしい。
そんな千紘の視界から消えた小鳥は、髪の毛の上に着地した。柔らかいそこで数歩確かめるように歩いた小鳥はある一点で立ち止まり満足気に囀る。安定する位置を見つけたらしい。
その頭上の感覚と雲雀に確認を取った千紘は頭を動かさないように慎重に喜びを噛み締めた。どうしよう、かわいい小鳥が頭の上にいるなんて幸せ過ぎる。
頬をうっすら紅潮させて小鳥に夢中になっている千紘に雲雀は静かに近付く。
そして千紘の顎を指で軽く持ち上げると、ようやく雲雀の接近に気が付いた千紘は大きく目を見開いた。


「っえ、な、なに、雲雀…?」
「そんなに動物が好きかい」
「? 好きだよ」
「君の気持ちが少し分かった」
「あ、雲雀もこの子にめろめろ?かわいいよなぁ」
「小動物が二匹戯れる様も悪くないな」
「そうだろ……ん? 二匹?」
「彼と仲良くなれるよう頑張りなよ」
「ん? なに、どういうこと…?」
「君も、よろしくね」
「ピピッ♪」


鋭い瞳を細めて千紘を見つめる雲雀にじわじわと顔が熱くなる。いつも凛と真っ直ぐに前を見据える瞳に自分が映っていると思うとどうしても緊張する。
ゆるりと吊り上げられた唇から紡がれる言葉に千紘は困惑する。
雲雀の言葉は嘘や偽りは無いが端的すぎて上手く理解できないことがよくある。本人の中では繋がっているだろうしきちんと冷静に考えれば分かるだろうが、ただでさえ雲雀が近くにいることで動揺している千紘にそれは難しい。
戸惑った様子の千紘に構わず、雲雀が満足そうに微笑むと頭上の小鳥も機嫌良く鳴く。どうやら理解できていないのは千紘だけなようだ。
首を傾げる千紘の上でばさりと羽を広げた小鳥は挨拶するようにくるりと一周すると窓から出て行った。どうやら今日の訪問は終わりらしい。
可愛らしい訪問者に癒された千紘は小鳥の出て行った窓から小さく手を振りながら鍵を掛ける。
そして上機嫌でソファーへと戻り書類を手にしたところで、携帯が着信を告げた。
マナーモードで震えるそれの画面の発信者を見た千紘は雲雀の了承を得てから電話に出る。


「もしもし、どうした?」
「…………」
「えっ、そうなんだ。今から?」
「…………」
「いや、すごい嬉しいんだけど今日は予定あって」
「…………」
「ううん、せっかくなのにごめん。…うん。じゃあまた」
「……千紘、用事が出来たなら行って構わないよ」
「んー…遊びに誘われたんだけど、こっち優先する」
「いいのかい」
「うん。ツナたちとは改めて遊ぶよ」
「そう。ところでその沢田綱吉だけど」
「うん?」


電話から聞こえてきたのは賑やかな声と沢田の声。どうやらいつものメンバーで町中にいるようで、千紘も良かったら来ない? という誘いだった。
休日に遊びに誘ってもらえたことに感動しながらも、今日は雲雀からの誘いを受けると決めていた。それに大したことはしていないとはいえ生活費を使う口実にしている仕事なので、要請があるならば出来る限り応えたいという思いがある。
平日は呼び出されるタイミングが急なことはあるが、基本的には千紘の学校生活に支障のない頻度と時間に調整してくれているのは一目瞭然だ。それもあって千紘としては遊びよりも優先事項なのだ。
沢田も気を悪くした様子もなく、そっか、じゃあ今度また遊ぼうね、と電話を切った。
ツナはやっぱり優しいよなぁ、と呟く千紘を尻目に雲雀は一枚の書類に目を落として確認する。
そしてその紙をぺらりと千紘へと見せる。


「今日の補習対象者だけどどこにいるんだい」
「…え」
「山本武と獄寺隼人も同じく対象者だ」
「えっ」
「この時間は補習で教室にいるはずだけど」
「……いや、あの…」
「誘いを掛けてきたということは、教室ではないね」
「………ええと、」
「彼らはどこだい、千紘」


本日の補習対象者一覧、と印字されたプリントには沢田、山本、獄寺の三名がしっかり記載されている。
そういえば金曜日の昼休みに、今週は休日が潰れると沢田が嘆いていた。補習で。
捕食者のように獰猛に微笑んだ雲雀に千紘はさっと顔を青くする。しまった、雲雀の前で電話取るんじゃなかった。
どうにか言い訳を、と頭を捻ってみるが沢田たちが補習に出席せずに町に遊びに行っていることは事実。ここで千紘が黙秘したとしても雲雀自ら乗り出して制裁を下すことは火を見るより明らかだ。
となればもう止めることは不可能、少しでも軽くなるように宥めるしかない。
今にも立ち上がりそうな雲雀に千紘は慌てて声を掛ける。


「場所…は聞いてないけどさ、いいじゃん。今日くらい!」
「普段から行いの悪い彼らにその言葉は妥当ではないな」
「で、でもそもそも日曜日に補習ってかわいそうじゃん」
「日々の生活態度が悪いから補習にくる羽目になる。自業自得だ」
「…でも、ええと、次のテストで挽回すれば…!」
「千紘、君がいくら庇ったところで無駄だよ」
「……うぅ…じゃあせめて月曜にしてあげて…」
「どうして」
「笹川さんとかランボさんたちもいるし、さすがに可哀想だよ」
「関係ないな。元はといえば沢田綱吉たちが違反をしたのが悪い」
「そうだけど……あっ!」


何とか論点をずらせないかと発言してみるが、ぴしゃりと雲雀の正論に阻まれる。
一切折れる気のない雲雀に千紘は一つ妙案が浮かぶ。雲雀が聞いてくれるかはわからないが、これしかない。


「書類溜まってて俺呼んだんだろ?」
「それが?」
「手伝いに来たのに、雲雀は行っちゃうの?」
「…………」
「静かな休日のうちに進めようと思ったんだろ? だったらやろうよ」
「…………」
「月曜日は邪魔しないから」
「…君は彼らに甘いよ」


端的に言えば、休日にわざわざ呼びつけた自分を放って行くのか、である。
もちろん千紘の本心ではない。自分に出来ることがあるなら任せてもらって構わないと思っているが、沢田のこととなるとどうしても何とかしてやりたいと思ってしまうのだ。
しかも今回は片思い相手である笹川京子も一緒なのだ、幸せいっぱいであろう沢田を痛い目に遭わせたくはない。明日襲い来るであろう制裁は止められないにしても。
当然雲雀も千紘の言葉が本心からではないことは分かっているが、無下にすることも出来ない。休日にこうして呼び出しているのは事実で千紘の言うことは一理ある。
縋るようにひたむきな視線を送ってくる千紘に雲雀は小さく息をつく。今回だけは提案を呑んでやろう。
殺気を消して書類に手を伸ばした雲雀が今日の制裁は諦めてくれたことを感じ取った千紘は、ありがとう、とぱっと破顔した。


back

2019.01.10 百
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -