★君色の光 | ナノ 「………」
「ど、どうかしたの?千紘」
「! ……ごめん…なんでもない……」


全員が順調に回復してようやく学校生活が賑やかになった頃。
深刻そうな表情で見つめてくる千紘を見かねた沢田が、弁当を食べる手を止めて声を掛ける。それにはっとしたように千紘は慌てて視線を逸らす。本人は無意識だったようだ。

なんでもない、と言いつつも実は千紘はとあることで悩んでいた。しかしどうにも切り出しにくい話題のため逡巡していた。
その悩みというのは病室での雲雀との一件についてだ。
あれは一体何だったのかと一人で悶々と考えた結果、とんでもない仮説に辿り着いてしまったのだ。
―――『もしや、この世界では親愛の証にキスする風習があるのではないか』。
そういう習わしがあるのであれば、雲雀と六道の行動も納得できなくはないのだ。六道に関しては初対面だったので若干の疑問は残るものの、雲雀とはそれなりに長く付き合っている。
なんせここは異世界。自分の常識がこちらの常識とは限らないのだ。
しかし考えているだけでは結論は出ず、いざ確認しようにも友だちの前でキスという話題を出す勇気が出ない。思春期真っ盛りだ、その手の話題が必要以上に恥ずかしい。
ぐるぐると行き詰っている様子の千紘に沢田は眉を曇らせる。ここ数日ずっとこんな調子だ。
沢田はぐるりと周囲を見渡して、声を聞かれる距離に生徒がいないことを確認する。今日は私用で獄寺は欠席しており、山本も部活に顔を出していて教室にいない。
聞き出すのにちょうど良い機会かもしれない。


「ほんとに? ここのところずっと悩んでるみたいだけど…」
「…悩んでる、けど…聞くべきなのかわからん…」
「オレで良ければ聞くよ?」
「………う、うぅ…」


沢田の優しい笑顔に千紘は激しく葛藤する。
聞いて答えをもらえばすっきりするのは分かっている。しかしもしこの仮説が真実だった場合、親愛を示す為に沢田たちともキスする必要が出てくるのではないか。
沢田たちとするのが生理的に受け付けない、というわけではないが、千紘の認識としてはどうしてもキスは恋人以上の相手とするものなのだ。正直抵抗はある。
だがそれよりも。もし親愛の証としてのキスを拒まれた場合、もう色んな意味で立ち直れない。仲が良いと思っていたのは自分だけだったなんてことになれば学校にすら来れなくなるかもしれない。つらい。

そして最大の難関はキスの種類だ。
この際恋人云々は除外して百歩、いや一億歩譲って唇同士が触れるだけのライトキスはスキンシップだと言えなくもない。はずだ。たぶん。
でもディープはない。と思いたい。思いたいのだが、六道にも雲雀にも既にかまされているので、不安しかない。
唇を噛み締めて呻る千紘を沢田は心配そうに覗き込む。
そんな友人に、ついに千紘は腹を括る。
ええいままよ…!


「…あの、笑わないでほしいんだけど」
「うん」
「……その、仲良くなったらさ、することってある…?」
「すること? うーんと、遊びに行ったりってこと?」
「じゃなくてえっと、なんか親愛の証…みたいな行為とか…」
「親愛の証の行為…? 例えば?」
「…………ち、」
「ち?」
「………、ちゅー、とか…」
「ちゅー? ……えっ!? あっ! 親愛ってそっちの!?」
「そ、そっちってどっち!」
「えっ、恋人的な話だよね? ごめん、友だち関係のことかと思って…!」
「へ、」


実年齢的には年上の身でありながらこんなことを聞くのは情けない話だというのは百も承知。しかし今まで恋人どころか友だちすらまともにいなかった自分だけでは解決できそうにない。恥辱でじわりと顔が熱くなる。
一方、視線を彷徨わせて言い辛そうに話す千紘の聞きたいことをようやく理解した沢田も思わずぎくりと身体を強張らせる。というか『ちゅー』って! かわいい言い方を!
雰囲気的に友人関係での悩みだと思っていたが、キスの話題が出てきたことでまさかの恋愛相談だと解釈した沢田は慌てる。つーかその相談、彼女もいないオレにする!?
千紘の恋人ってヒバリさんだよな聞くのこわい、と心の中で泣き言を漏らした沢田に、頬を上気させた千紘はきょとんと首を傾げた。


「…あれ、なんで恋人の話…?」
「え? だってちゅーって…」
「……ん、あ、ちょ、ちょっと待って、もしかして」
「??」
「…友だち同士で、ちゅーはしないの…?」
「えええ!?? し、しないよ!!」
「……ッッ! わ、忘れてツナ! 今すぐこの会話忘れて…!」


なんてこった。この世界でも常識は常識だった。
一呼吸間を空けて、ここ数日悩んでいたことが完全に見当違いだったことを理解した千紘は勢いよく顔を背ける。だめだ恥ずかしすぎる。
表情は見えないが、首や耳まで真っ赤になっている千紘に沢田もつられて赤面する。だって、千紘は友人である自分とキスするかもしれないと思いながらこの話題を振ったのだ。キスは恋人同士でするものだという認識に蓋をして、いざとなれば応じるつもりだったのだろう。
何を以てそんな思考に陥ってしまったのかは分からないけど、かわいすぎかよ千紘…!
上手く言葉が出てこず、二人して無言で悶えていると山本の声が落ちてきた。
部活から戻ってきたようだ。


「戻ったぜ〜、ん? 二人ともどうした?顔真っ赤だぞ」
「ふわ!? や、山本! いや、あのこれは別に…!」
「な、何でもない! 何でもないから気にしないで山本…!」
「あ、千紘涙目になってっぞ。かわいいのな〜」
「…山本はよく照れずにそういうこと言えるよね」
「ハハハ、別に恥ずかしいことじゃねーだろ?」
「なんて強靭な精神力……」


わたわたとする沢田と千紘に山本はいつも通り朗らかに笑う。
同級生の男子に可愛いなどと言っても全く照れも嫌みもなく爽やかさを損なわない山本は、きっとキスの話題でもさらりと切り出すのだろう。自分はあんなに悩んで緊張して恥ずかしかったのに。イケメンずるい。
とりあえず巻き込んでしまった沢田に目線だけで謝ると、察してくれたらしい彼は、気にしなくていいよ、と照れ臭そうに笑ってくれた。ツナもかわいいけど男前だ。
結局雲雀の行動は謎のままだ。しかしよく考えてみれば、雲雀は基本的にすべて自分ルールで動いているため一般的な感覚とはかなりずれがある。もしかするとあのキスは雲雀の認識ではそれこそ親愛の証なのかもしれない。
それにあれ以降、何故か雲雀の機嫌も治ったようだし、自分の精神衛生のためにも深く考えるのは止めよう。自分に負けず劣らず友だちのいなさそうな雲雀なのできっと距離感を測り損ねているだけだ。おそらく六道もそうだ。もうこれでいいことにしよう。
ひとまずあのとんでもない仮説が間違っていたことが確認できただけで僥倖だ。
肩の荷が降りたような気持ちで中断していた昼食を再開することにした。


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2018.11.29 百
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