★君色の光 | ナノ 「ツナ! 良かった目が覚めて…!」
「千紘! 千紘こそ無事で良かったよ!」


泣きそうな表情で駆け寄ってきた千紘に、沢田も同じく安堵した表情を浮かべる。
目が覚めたから今日話したいことがある、と沢田からの連絡を学校で受け取った千紘は、携帯を握り締めて大きく息を吐いた。本当に良かった。

もともとリボーンから命には別条はないと聞かされていたし、見舞いに来る度に顔色も好転しているのは確実だった。しかし実際に意識が戻ったと聞けばやはり安心するし、すぐにでも会いに行きたかった。
止まっているようにすら感じる教室の時計の針を見つめ続け、放課後になったと同時に学校を飛びだした。そして病室を開いて目が合った瞬間、堪えていた涙腺がぐっと緩む。良かった、いつものツナだ。
この世界においては基本雲雀や沢田達としか交流の無い千紘は、一人暮らしということもあって彼らがいなければ口を開く機会がほぼ皆無となる。元の世界でも友だちらしい友だちもいなかった千紘にとって、雲雀達は本当に大切な存在なのだ。
心から安心したように瞳を潤ませる千紘は、逡巡しながらそっと沢田の腕に触れる。


「大丈夫? どっか痛い?」
「えっ! あ、ううん! もうばっちり!」
「そっか…良かった…」


無事を確かめるように少しだけ力の込められた指先の頼りなさに、沢田は思わずどきりと動揺する。
間違いなく千紘は自分と同じ男子中学生で、決して女性的な柔らかそうな身体つきをしている訳ではない。しかし体格のそう変わらない自分と比べても見るからに華奢で、触れていると余計にその印象が強まる。
長い睫毛を伏せて小さく口元に笑みを浮かべる千紘の表情にますます緊張する。しかしそこまで心配を掛けてしまっていたことに少し罪悪感も覚える。
他の人はまだしも、自分は最終的に筋肉痛で気絶してしまっただけだ。


「獄寺たちは?」
「ん!? あっ獄寺くんたち!? ええと、まだ眠ってるはずだよ…!」
「そっか…ツナはもう退院?」
「うん、明日から学校も行くよ」
「! そうなのか!」


じゃあ明日から学校楽しみだ、と嬉しそうに呟く千紘に無言で悶える。んんんかわいい…!
リボーンも今は席を外しており、病室とは言え千紘と二人でゆっくり話せることは沢田にとって非常に癒しだ。少しゆっくりとした千紘の話し方や動作、そして控えめな柔らかい表情がとても落ち着くのだ。
ふわふわと花でも舞いそうな程に和んだ空間で完全にリラックスしていた沢田は、千紘から零れた一言で一気に現実に引き戻される。


「じゃあ、雲雀もまだ寝てる?」
「ウワァァァ思い出したーー!!」
「へっ!?」
「千紘!」
「ヒッ、ハイッ!」
「ヒバリさんも起きてるみたいなんだ。…それで、あの」
「そうなんだ! 良かった…!」
「…その、一緒にヒバリさんのとこ行かない…?」
「? もちろん。会いたいし行こう」


突如顔面蒼白で頭を抱えた沢田にびくりと千紘が驚く。忘れてたーー!!
昨日の恐怖を思い出した沢田は任務を速やかに遂行すべく、大きく目を見開いている千紘の肩をがっちりと掴む。鬼気迫る沢田の表情に怯えた千紘が小さく悲鳴を上げるが、雲雀の朗報にぱっと顔を明るくする。
その様子に沢田はつい口を噤む。だめだ言えない、死ぬほどヒバリさんの機嫌が悪いなんて…!
二人で並んで雲雀の病室に向かい、扉の前に立ったところで沢田が意を決したようにぽつりと千紘に声を掛ける。
その声は信じられないくらい沈みきっている。



「……千紘」
「?」
「…先に謝っとくね、ほんとごめん!」
「えっ?な、何が?」
「オレ、やっぱりダメツナなんだ…!」
「ツナ?えっと、どうし、」
「この償いは絶対するから! ごめん! ほんとごめん!!」
「え、えっ?? 待っ、」
「ヒバリさん! 失礼します! 千紘連れてきました!」


何かに取り憑かれたかのように唐突に謝り続ける沢田に千紘は戸惑う。な、何事?
理由を尋ねようにも聞く耳を持たずに謝罪を繰り返す沢田に、おろおろと千紘は意味もなく手を彷徨わせる。そんな千紘の様子すら目に入っていない沢田は、まるで面接のように大きく声を上げて目の前の扉を開いた。えっ、このタイミングで開けるの。
何に反応すべきか迷ったまま取りあえず病室の中に視線を移すと、大きなベッドで上体を起こした雲雀と目が合う。傷跡や包帯が痛々しいが、凛と輝く瞳はいつも通りで安心する。良かった、ちゃんと目が覚めて。にしても眉間の皺が半端ない。こわい。
じっと数秒千紘を見つめた後、雲雀はその横で真っ青になって震えている沢田を睨みつける。そして地を這うように低い声を出した。


「消えて、小動物」
「ヒッ!」
「ハイッ!! 消えます! じゃあね千紘! ほんとごめんね!!」
「え? え!? ツナ!?」
「千紘。君はこっち」


ギンッ、と効果音でも聞こえてきそうな鋭い視線に沢田と同時に竦みあがる。め、めちゃくちゃ機嫌悪いな…!
呆気に取られている千紘とは違い、瞬時に返事をして頭を下げた沢田は脱兎の勢いで行ってしまった。いや、ほんと急にどうしたツナよ。
どう見ても異常だった沢田が心配になり、廊下へと脚を向けようとした瞬間部屋の中の雲雀から声が掛かる。これを無視して逃げ出そうものなら、捕まった後に何をされるか分からないと本能が警鐘を鳴らす。それほどに雲雀の機嫌が悪い。本能に従って大人しく雲雀のベッドサイドへ向かうことにした。
怖いのは怖いが、近付くにつれてじわじわと雲雀が目を覚ました実感が湧いてきて口元が緩む。血塗れで目の前で倒れ込んだ雲雀を何度思い返しただろう。あの時の恐怖に比べれば、生きて怒ってる雲雀なんて怖くない。いや、別の意味でめちゃくちゃ怖いけど。
とりあえず良かった、という思いを込めて声を掛けたが。


「…雲雀、目覚ましてくれて良かった」
「咬み殺す」
「え、」
「覚悟はできてるね」
「は? え、ちょっと待って」
「待たない」
「っだめだって! 今はだめだ!」
「うるさい」
「絶対だめだ! まだ全然怪我治ってないんだろ」
「こんなのどうってことない」
「治ったらいくらでも殴られるから。今は頼むから安静にしてて」


何を考えてるんだお前…!
咬み殺す、といつもの台詞と共にベッドから抜け出そうとする雲雀にさっと血の気が失せる。
六道が憑依を諦める程に痛めつけられた身体がこの短時間で全快する筈もない。にも関わらず武器を振るおうとした雲雀を千紘は慌ててベッドへと押さえつける。
満身創痍の雲雀のどこに力を加えてもいいのか判断できず、千紘は咄嗟に上半身を覆い被せるようにして雲雀の身体を押し倒す。瞬間的に抵抗するように雲雀の身体に力が入ったが、千紘に従ってベッドに身体を戻した。
自分より大きく遥かに筋力もある身体を留められたことに千紘はほっと息をつく。従ったというよりやはりまだ満足に身体を動かせないのかもしれない。
不安になった千紘は雲雀の様子を窺うが、思っていたより間近にある瞳に捕まってぎくりと固まる。
さらさらと流れる漆黒の髪が白いシーツに無造作に広がっている様子がどうしようもなく艶やかで、顔に熱が集まるのを感じる。


「ごめん、どっか痛かった? ……っ!!」
「君は自覚が足りない」
「え……」
「他人のことには気を回すくせに。こんなの気にしなくていい」
「き、気にするだろ普通…あんな大怪我、してたんだし」
「僕に言うべきことがあるんじゃないかい」
「あ…ええと、誘拐なんてされてごめんなさ」
「そんなことじゃない」
「?」
「……電話では、随分なものを聞かせてくれたね」
「電話…? ………!!! いや、あれは忘れてください…!!」


眉間の皺はなんとか緩和されたものの、下から真っ直ぐに見上げてくる雲雀の瞳は少しも揺らがない。
身長差の関係でいつも見下ろされていたが、今は自分が雲雀を押し倒しているのだ。動くことも逸らすことも出来ず、じわりじわりと身体の熱が上がっていく。息すら止まってしまいそうだ。
淡々と告げる雲雀の口から出た『電話』という単語に首を傾げた千紘は、一瞬遅れて蘇った一連の出来事にぶわっと全身から汗が噴き出す。
あれから色々あってすっかり頭から抜け落ちていたが、雲雀との通話中に六道に悪戯を仕掛けられたのだ。そしてそれを雲雀にばっちり聞かれている。だめだ死にたい恥ずかしすぎて死ねる…!!
へなへなと力が抜けて、ベッドへと顔を埋めて悶える。普通に殴られたり擽られたりしたくらいなら我慢できる。でもあれだ、いわゆるディープキスをかまされたのだ、男である自分が男に。


「何をされたのか言ってごらん」
「はぁ!? 何で…っ、もういいからこの件はほっといて…!」
「僕の気が治まらない」
「俺の心は瀕死だよ! そっとしといて察しろばか……」
「そこまでのことをされたのかい」
「別に、そんな大したことされてないから大丈夫だって」
「それを判断するのは僕だ。言ってごらん」
「なんでお前が! 俺がもういいって言ってんだから良いんだって」
「僕のものに勝手に手を出されて、穏やかでいるほど間抜けじゃない」
「は………」


雲雀の顔を直視できないままでいると、不意に飛び出した『僕のもの』という発言に言い返そうとしていた口のまま言葉を失う。いま何て言った?
思わず固まった千紘を強い力で引っ張ると、軽い身体は簡単に傾ぐ。そのまま体勢を入れ替えて馬乗りになると真っ赤な顔をしたまま呆然とした千紘と目が合う。
どうやって聞き出してやろうか、と動物を狩る獣のように獰猛に唇を釣り上げた雲雀に、千紘はひくりと顔を引き攣らせた。
だめだ恥ずかしい以前に殺されそうだ。


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2018.11.08 百
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