★君色の光 | ナノ 「……ぅ、ん…?」
「千紘、気が付いたか」
「…リボーン…?」


小さな声にリボーンは手元の本から視線を移す。
声の主はベッドに横になった千紘で、瞼がぴくりと震えてゆっくりと持ち上がる。
リボーンへとゆるりと瞳を向けた千紘がぼんやりと自身の名を呼んだことに心の中で一息つく。

六道との決着後、満身創痍の沢田達はすぐに病院へと担ぎ込まれた。マフィア関係で初の本格的な戦闘でそれなりに深手を負っていたが誰一人として命に別条はなく、一日経った現在もそれぞれ昏々と眠り続けている。
日頃から、マフィアになんて絶対にならないからな、と宣言している沢田本人の意志とは裏腹に、着実に日々の修行の成果は出ている。やはりリボーンの目に狂いはなかった。
そして今回のことで沢田だけでなく山本と獄寺にも、ボンゴレの守護者を任せるに足る素質があることが明確になった。雲雀の桁外れの戦闘力と勝利への執念も確実にボンゴレの力になる。一筋縄でいく相手ではないが何としてもボンゴレの守護者にしなくては。
特別に個室を与えられている雲雀が一番重傷だったが、もうじき目を覚ますだろう。呑気にいつまでも眠る沢田達もそろそろ叩き起こさなくては、見舞いに来る家族や笹川達も心配する。
千紘はと言えば外傷は後頭部の大きなたんこぶ程度で脳にも異常はなかった。しかし軽い栄養不足と脱水症状があった為、点滴を受けつつ一日入院することになった。


「気分はどうだ?」
「ん…大丈夫。ここ、病院?」
「そうだぞ。骸との決着が着いたあと、全員運び込まれたんだ」
「むくろ……あっ! そうだ、みんな、っ…ぅ、…」
「無理すんな。まだ回復しきってねーんだ」
「ぅう……、ぐ、」
「ゆっくり横になれ」


重たげな瞬きをする千紘の顔色はまだ悪い。話す声も覇気がない。
病院にいる経緯を伝えると記憶が蘇ってきた千紘は、がばりと上体を起こした。そうだ、自分は途中で気を失ってしまったようだが、あの場にいた沢田や倒れた雲雀はどうなったのか。
リボーンに尋ねようとした矢先、急に身体を動かした反動でぐにゃりと視界が回る。ぐらりと傾く身体をなんとか腕をついて支えるが、力が入らずにこみ上げる吐き気に唇を噛み締める。
そんな千紘を落ち着かせるようにとんとんと背中を撫でたリボーンに促され、再びベッドへと横になる。
ようやく視界が安定した千紘は縋るようにリボーンの小さな手を握り締めて、声を震わせる。


「…リボーン、雲雀たちは?」
「心配いらねーぞ。全員無事だ」
「…! …良かった、無事で……!」
「まだ寝てるけどな。そろそろ起きるはずだぞ」
「そっか、ほんと、良かった……」
「……オレは千紘の方が心配だぞ」
「うん? 俺…?」


雲雀達の無事を確認した千紘は心から安堵したように破顔して瞳を潤ませた。
その様子にリボーンはずっと抱いていた懸念を強める。やはり千紘には相当な精神的負荷が掛かっている。

元々は沢田も平凡な中学生として生活してきたが、十代目候補となってリボーンと出会い、獄寺やビアンキ、ランボ等といった関係者と知り合って事件にも数々巻き込まれてきた。一見弱々しく情けなく見えるが、超直感を持っていることと素質も含めて、臨機応変に対応できている。
同じく雲雀と山本も、一般人であるとはいえ喧嘩程度は日常茶飯事な生活を送っている。雲雀に至っては本人が好戦的であるし、山本にも並外れた適応力がある。今回のように実力の差から身体的なダメージを負うことはあるだろうが、精神的に負ける心配はないだろう。
しかし千紘は違う。千紘はこの世界に来るまで殴り合いの喧嘩すら目の当たりにすることがなかった。もちろん元いた世界が戦争や犯罪も一切無く安全で平和だった訳ではない。それでも千紘本人が巻き込まれたり遭遇したことはなかった。
それがいきなりその日常を奪われ、全く知らない世界で生きていくことになった。本人に自覚はないようだがストレスを感じない筈がない。
加えて今回は目の前で友人達が生死に関わる大怪我をした。結果として六道に関しては、目的が目的なだけに人質の有無に関わらず沢田とは必ずどこかで衝突していた。雲雀も並盛を荒らした六道を突き止めて乗り込んでいた筈だ。
しかし、人質として利用された千紘からすれば自分の所為だと感じる部分も少なからずあるだろう。倒れるのも無理はない。


「俺は怪我してないし、大丈夫だよ」
「怪我のことじゃねーぞ」
「? …あ、食事のこと? 大丈夫。点滴してもらったみたいだし」
「それも問題だけどな。オレが言いたいのはそこじゃねぇ」
「うーん…? 何のことか分かんないけど、その」
「…千紘?」
「…心配、してくれるのは、うれしい…」
「………あぁ」


そんなリボーンの憂慮に対して千紘はきょとんと不思議そうにする。
ストレスを抱えていることに対して無自覚なのが一番危険なんだ、と告げようとしたリボーンに、千紘はくすぐったそうにはにかんで礼を言う。その表情にリボーンは言いかけた言葉を呑み込む。随分と素直なかわいらしい表情をするものだ。
普段不愛想ではないがあまり笑うことのない千紘の柔らかな微笑に癒されたのは事実だが、同時に少し気に掛かる。
他人からの配慮に対してどうにも遠慮が過ぎるように思う。以前沢田家に招かれた際も沢田の母のもてなしに酷く狼狽えていた。迷惑に感じている風ではなかったが、申し訳なさそうにしている印象を受けた。もしかすると今まであまり他人から気に掛けられたことがないのではないだろうか。
浮かんだ疑念を確認しようとしたが、見知った気配が近付いてきたことで追及を止める。
どうやら適任が来てくれたようだ、とリボーンはにやりと唇を吊り上げた。


「…見舞いが来たようだな」
「え?」
「あら、千紘くん! 目が覚めたのね!」
「へ、!? あ、ツナのお母さん…!?」
「良かったわ、しんどくない?痛い所は?」
「え、えっ、あの、だ、大丈夫です…っ」
「でも顔色が良くないわ。ほら、しっかりお布団被って」
「ゎ、っ! あの、俺より、綱吉くんのところに…、」
「あの子まだ寝てたけど、千紘くんより顔色良かったわ」
「え」
「ああ見えてあの子はあの人の子どもですもの。丈夫なのよ」
「…で、でも怪我、して」
「お医者様も心配ないって仰ってたから、心配いらないわ」
「よ、よかった……」
「ふふ。千紘くん優しいのね。でも自分の心配もしてあげなきゃだめよ」
「…? でも、ほんとに俺、大したことないので…」
「でもとても疲れて見えるわ。目に見えない分、心は傷が分かりにくいのよ」
「…………」
「そうだぞ。大人しくママンに甘えてみろ」
「そうよ。抱え込んじゃだめよ、千紘くん」


病室に顔を出したのは沢田の母で、千紘が起きていると知ると笑顔を咲かせて駆け寄る。
意外な人物の登場に驚いた千紘の目の前まで来ると、彼女はしっかりと視線を合わせて千紘の様子を気遣う。
次々と与えられる温かい言葉に千紘は戸惑ったように瞳を揺らす。血の繋がりもない赤の他人である自分を、なぜここまで心配してくれるのか。
眉をハの字に下げて居心地悪そうにしている千紘に布団を掛けて、彼女は優しく微笑む。

沢田の母は詳しい事情は何も知らない。千紘が異世界から来たことも、今回の沢田達の怪我の本当の理由も。
彼女が知っているのはこの咲山千紘という少年が自分の息子の友人で、中学生でありながら一人暮らしをしているということ。それと、誰かに甘えるということが極端に苦手だということ。
厚意を惜しみなく他人に配ることが自然にできる彼女の言葉や行動には、悪意や他意は全くない。そんな彼女に千紘が絆されない訳も無く、ついには黙り込んでしまった。どう反応していいのか分からないのだろう。
畳みかけるようにリボーンが口を挟むと、おずおずと沢田の母とリボーンを見上げた千紘は、小さな声でありがとう、と告げた。不安定に揺れる大きな瞳を潤ませ、うっすらと耳まで赤く染めた千紘はそれはもうかわいらしかった。なんだこのかわいい生物は。
恥ずかしそうに瞼を伏せた千紘に、沢田の母は花が綻ぶような笑顔を浮かべて答える。そんな二人の様子を見守っていたリボーンはひとまずは心配いらないみてぇだな、と独りごちる。
胸中を吐露するというのはまだ難しそうだが、自身を無償で心配してくれる人間がいることを知るだけでもずっと気が楽になる。特に沢田の母の人柄はそういう優しさがストレートに伝わりやすい。
傍らに置いていたエスプレッソを飲みながら、リボーンは今回の後処理について行動を始めることにした。


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2018.10.25 百
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