★君色の光 | ナノ 「……あぁ…黒曜ヘルシーランド…」


目を開いて映る天井は数時間前に見たものと同じく寂れたコンクリート。黴臭い匂いも覚えている。
身体を起こすとずきりと頭が痛む。視界がぎゅう、と圧迫されるような感覚に千紘は眉根を寄せる。先程よりも悪化していないか、これ。
頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。今度はソファーではなくベッドに寝かせてくれたようだが、やはり古びた感は否めない。というか何で寝てたんだっけ?
出口に向かいながら記憶を遡る。一度目を覚ました時に六道骸という特徴的な髪形のイケメンに出会った。そこで少し話をした。


『千紘、君に聞きたいことがいくつかあります』
『な、なんでしょうか…』
『ボンゴレという名に聞き覚えはありますか?』
『ぼんごれ? …あさりですか?』
『おや、知らないですか?』
『ええと、パスタの種類にありますよね、たしか』
『クフフ、そうですね。では次期ボス候補は誰ですか?』
『ボス…?』
『ええ。ボンゴレファミリーの十代目候補です』


身体を捕まえられて逃げられない状況で、六道は笑顔のまま淡々と質問をしてきた。
ボンゴレというのが沢田がボス候補になっているマフィアの名前だと千紘は知らない。リボーンにファミリーの仲間にならないかという誘いを受け、迷惑じゃないならと承諾したが何という組織名なのかは聞いていない。
しかしボス候補、という言葉で千紘の脳裏に沢田が浮かんだ。雲雀を呼び出すことが目的だと言っていたが、もしや沢田にも危害を加えるつもりなのだろうか。雲雀のように六道から個人名が出た訳ではなく、標的が本当に沢田かあやふやな状態で名前を出すことを警戒した千紘は少し考え込む。
優しい友人を危険に巻き込みたくはない。


『…骸は、それを知ってどうするつもりなの』
『僕の本当の目的を果たすために必要なんですよ』
『本当の目的って?』
『それは言えません』
『…じゃあ、俺も言わない』
『……クハハ! 良いでしょう、気に入りましたよ』


六道から目を逸らさずに慎重に言葉を返す千紘に、六道はますます笑みを深くする。
腕の中から逃れることも攻撃することも出来ない弱さと裏腹に、芯はしっかりと通っている。知らない、ではなく言わない、と告げた千紘の強い意志の宿る瞳はとても美しい。
遅かれ早かれ、ボンゴレのボスについてはいずれ分かることだ。それならば千紘本人にしか答えられないことを聞こう、と六道は質問を変える。


『最後の質問です。君は何者ですか?』
『…え?』
『君の存在は腑に落ちない点が多すぎる』
『…………』
『並盛に来る以前の情報が一切ないんですよ。まるで突然現れたようだ』
『……っ、』
『咲山千紘、君は何者ですか?』


色の違う瞳に覗き込まれて、千紘は息を詰める。そんなこと、自分が知りたいくらいだ。
千紘の存在自体を疑うような核心をついた質問に、先程まで強い光を湛えていた瞳が大きく揺らいだ。更に追い詰めるように耳元で囁くと、びくりと身体を竦ませる。他人を守る為には動じなかった千紘が、一転して自分のことになると非常に脆い一面を見せたことで、六道の加虐心が擽られる。
しかし唇を噛み締めて口を閉ざす千紘をもっと苛めてやろうとした矢先、千紘の携帯が震えて着信が入ったことを知らせた。千紘を拘束したまま六道が携帯を取り出すと表示されていたのは雲雀という文字で、そのまま通話状態にして千紘に渡してきた。


「……うわぁ…思い出した……!」


そこまで記憶を辿って、千紘はその後の展開に文字通り頭を抱えた。
動揺したまま六道に促され電話に出た千紘に、六道が色々とちょっかいを掛けてきたのだ。腰を擽られたり耳を齧られたり、挙句の果てには口にキスまでされた。もちろん雲雀と通話状態のままで。
キスされたあたりで意識が途切れたようだが諸々雲雀に聞こえていないはずがない。これはどんな顔して次雲雀に会えというのだ。死にたい。
壁に向かって無言で悶える千紘の耳に、不意に甲高い歌声が聞こえて身体が跳ねる。


「…ィドリタナ〜ビク〜♪」
「ぅわっ!!? び、びっくりした…」
「ナミモ〜リ〜ノ〜♪」
「小鳥? か、かわいい…!」
「大ナク小ナク並ガイイ〜!♪」


六道の仲間に見つかったのかとどきどきしながら振り向くと、そこにいたのは小さな黄色い小鳥。ふわふわと丸い身体とつぶらな瞳で調子はずれな並盛校歌を歌っていた。なにこれかわいい。
呆然と見つめる千紘を気にした様子もなく、切りのいいところまで歌いきった小鳥は建物の奥へと飛んでいく。愛らしい様子に思わず見送ってしまったが、奥に行ってしまっては外に出られなくなるかもしれない、とはっとした千紘は慌てて後を追う。
ぱたぱたと軽やかな音を立てて飛んでいく小鳥に着いていくと、人の声が聞こえてきて千紘は現状を思い出す。いま自分は誘拐犯から逃げようとしていたところで、間違っても建物の奥に進んではいけない状況だった。
脚を止めると同時に爆発音が響き、千紘は驚きで腰を抜かしてへたり込む。建物ごと壊れるんじゃないのかここ。
この先に人がいるようだが六道の仲間かもしれないし、とにかく逃げなくては。小鳥も見失ってしまい立ち上がることも出来ず、泣きそうになりながら四つん這いで逃げ出そうとした千紘の耳に、ひとつ声が届いた。
その響きに大きく目を見開く。


「……、千紘」
「…っ、雲雀!」
「やっと、見つけた」
「…待って、雲雀…ど、した……?」
「君の制裁は元凶を咬み殺したあとにする」
「なぁ、なんで…、そんな怪我、してんの。…俺が、」
「……千紘」
「俺が、誘拐なんてされたから…?」


声の聞こえた方向へ振り向けば、そこにいたのは雲雀だった。
ほっとしたのも束の間、雲雀の様子にすぐに異変を感じる。いつも通りの制服に身を包んでいるが、全身から血が流れている。身体をふらつかせながら千紘に近付いた雲雀は、千紘の視線に合わせて膝をつく。顔も腫れたり血が出ているところが多いが、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は凛としていて眩しい程に綺麗だ。しかし漂う血の匂いの濃さも、量も尋常ではない。
実際の喧嘩の場面に出くわしたことはないが、学校どころか町中から恐れられている雲雀は見た目からして強そうな草壁や獄寺よりも強いらしい。その雲雀がここまでの深手を負わされる程にあの六道という男は強いのだろう。
年齢的にはさほど変わらないように思えたが、きっと一般人が挑んではいけない相手だったのだ。マフィアのことを言っていたし、それこそマフィアの殺し屋なのかもしれない。後ろで倒れている獄寺も血塗れで明らかに重傷を負っている。こんなの、普通じゃない。
そしてこんなことになってしまったのは、自分が電話で雲雀に居場所を伝えてしまった所為だ。その所為で雲雀や獄寺は重傷を負っている。死んでしまうかもしれなかった、自分の所為で。
その事実に千紘の身体は冷え切り、雲雀を見つめたまま瞬きすら出来なくなる。頭もがんがん痛んできて、絞り出された声は酷く頼りなかった。
そんな千紘の顔に手を伸ばした雲雀は、変わらず凛とした口調で言う。


「君が攫われなくても、僕はここに辿り着いていた」
「…俺が、言わなきゃ、良かったんだ…っ、」
「あの男は並盛の秩序を乱した。咬み殺すのは道理だ」
「…警察、呼ぼう。こんなの、お前らでどうにかできることじゃ、っ」
「咬み殺すのは僕だ。誰にも譲らない」
「! そんな怪我してんのに…、すぐ病院に…っ」
「沢田綱吉も来ているらしいからね」
「な、なんでツナまで…」


零れ落ちそうな涙を親指で拭った雲雀は目を細めると立ち上がる。
身体はよろめいているが眼光は鋭い。六道を倒すことを諦めていない。獄寺も、十代目が戦っておられるのに右腕の俺がこんなとこでくたばってられねぇ、肩貸せヒバリ、とぼろぼろの身体をなんとか起こす。獄寺の目も全く折れていない。
その言葉を受けてものすごく嫌そうな顔をした雲雀だったが、獄寺から小さな紙袋を受け取ると、着くまでだからね、と不機嫌そうに返して雑に獄寺の腕を引っ張りあげた。
つい先刻千紘の目元を優しく撫でた男と同じとは到底思えない荒い扱いに、千紘はヒッ! と小さく悲鳴を上げる。2人とも大概重傷なんだから丁寧に動けよお互いに…! 見てる方が痛い。
正直言えばこのまま逃げ出したいし、雲雀達も病院へ連れて行きたい。しかし二人は六道を倒すつもりでいるし、沢田も来ていると言うなら置いていく訳にもいかない。
ふらふらと歩き出す二人を慌てて追いかけて、雲雀の逆側から獄寺の身体を支える。驚いたような表情をする獄寺と、その向こうからじっと見つめてくる雲雀を千紘はしっかり見返す。


「…俺も、行く。杖の代わりくらいしか、できないけど」
「咲山……へっ、思ったより根性あるじゃねぇか」
「……行くよ」


千紘の言葉に獄寺は意外そうに瞬くとにやりと笑う。
そして雲雀は獄寺も気が付かないほど、僅かに唇を緩めた。まるで良く出来ました、とでも言わんばかりの繊細な表情に千紘は思わず視線を逸らす。何だ今の美しい表情は。
再び獄寺の腕を容赦なく引っ張る雲雀に、痛ぇよヒバリ! わざとだろ! と獄寺が叫び、君が軟弱なだけだろ騒がないでくれる、と雲雀が煩わしそうに返す。大怪我をしている割には元気に言い合いをしている2人の様子に千紘は少しだけ安心する。
早く六道を倒して、みんなで無事に帰れますように。そう祈りながら千紘達は六道のいる部屋を目指して歩き出した。


back

2018.10.12 百
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -