★君色の光 | ナノ 「……君、咬み殺されたいの」
「えっ、何急に…」


相変わらず冷房の無い地獄のような部屋で項垂れていると、来れるなら応接室、と雲雀から簡潔なメールが届いた。
夏休みに入ってから雲雀とは連絡を取っておらず、次に会うのは始業式以降だろうとぼんやり思っていた。
特に予定も無く宿題も終わってしまった千紘に断る理由もなく、分かった、と短く返信する。
特に必要なものもないだろうと携帯と財布、鍵だけをポケットに入れてすぐに家を出る。
室内ももちろん蒸し暑くて倒れそうだったが、強烈な日差しが加わると更に体力を奪われる。
空気を吸い込むだけで喉が焼けそうだ。こんな中で運動なんてしたら確実に死んでしまう。どうなってんだ。
少ない日陰を選びながらようやく学校へ辿り着くと、流れ落ちる汗を拭って応接室を目指す。
上履きを持ってくることをすっかり失念していたため、来客用スリッパを拝借して静かな校内を歩く。
応接室の扉を開くとひんやりとした風が流れてくる。クーラー万歳。
茹だる様な炎天下の中をわざわざ歩いてきた甲斐があった。雲雀の手伝いで呼び出された訳だがむしろ感謝したいくらい快適だ。今日はもうここに居座ろう。
そう心に誓った千紘が雲雀を見ると、開口一番で不機嫌そうな顔で馴染みの物騒な台詞を吐かれた。


「俺、何かした? まだ挨拶すらしてないのに…」
「そのふざけた格好は何」
「ふ、ふざけてるかなこれ……まさか制服着てこいってこと?」
「そうは言ってない。でもそれは部屋着だろ」
「ええ、部屋着兼外出着なんだけどこれ…」


切れ長の瞳に睨まれて千紘は困ったように自分の服装を見る。
今着ているのは黒のタンクトップにジャージ素材のハーフパンツ。これからの成長を見越して少し大きめのものだ。
確かにかなりラフではあるが中学生の普段着なんてこんなものだろう。一体何が雲雀の機嫌を損ねたのか。
対する雲雀はいつも通り制服をきっちり着込んでいる。たしかにそれと比べればだらしないかもしれないがそこまで酷いだろうか。
考え込んでいると、すっと立ち上がった雲雀に二の腕をがしりと掴まれる。


「ヒッ!?」
「生活費は使うように言っていたはずだ」
「だ、だからそれでこれ買ったんだけど。何で怒ってんの…?」
「こんな格好で出歩くからだ」
「ええ……この格好そんなひどい?普通じゃん」
「こんな貧相な身体よく晒せるね」
「お前、それは言うてはならんこ…って痛い痛い!!」
「自覚があるならもっとまともな格好しなよ」
「鍛えても筋肉つかないんだから仕方ないじゃんか」
「鍛える以前の問題だ。栄養摂ってないだろ、君」
「え。……いや、摂ってるよ」
「……それでこれ?」
「いたたたっ! さ、三食きっちりは摂ってないけど! ある程度は摂ってる!」
「顔色も悪い」
「それは暑くて寝不足なだけ、で、………」
「寝不足?」


しまった、と不自然に言葉を切った千紘に、雲雀はじとりと瞳を細める。
一気に雲雀が纏う気配が鋭く尖ったのがわかる。完全に怒らせた。
あからさまに視線を泳がせた千紘の身体をソファーへと放り投げると、軽い身体は簡単に仰向けに沈む。
馬乗りになって鼻先が触れそうな位置まで顔を近付けると、さらりと流れた髪が千紘の額に落ちる。淡い色の瞳が至近距離で見開かれる。
こんなに簡単に捕まるほど弱いくせにどうして危機感が持てないのか。
見下ろした先の千紘の首も、先ほど掴んだ二の腕も細い。普段は制服で隠れている白い脚も無防備に晒している。
加えて不健康そうな顔色からして体調を崩しているのも明白だ。常々食事を蔑ろにしがちなことは知っているが、この時期は特に注意しなくては生命に関わりかねない。
この時点ですでに雲雀の機嫌を損ねるには充分だったが、うっかり口を滑らせた千紘の発言で寝不足に陥ってることも判明した。


「わっ!? な、なにす、」
「どういうことだい?」
「た、大したことないよ。熱帯夜だから寝苦しいってだけ」
「まさか冷房かけてないなんてことないだろうね」
「……俺、寝る時は扇風機派だから…」
「何言ってるんだい。死にたいの」
「大袈裟だなぁ、大丈夫だって」
「……君の今月の光熱費を調べればすぐに分かるね」
「えっ! いや、ちょっと待って、そこまですんの!?」
「君が吐かないならね」
「つ、使ってない! 使ってないけど平気だから!」
「へぇ。この顔色で?」
「っ! ち、近いって!」


至近距離で詰問するが千紘は口を割らない。
きつく目を瞑って雲雀の視線からなんとか逃れるが、息遣いや髪の感触でどうしても至近距離にいることを意識させられてしまう。
雲雀も折れてやるつもりは毛頭なく、不愉快そうに眉を寄せると無防備な耳に噛みつく。
突然の刺激に千紘はびくっ、と大きく身体を震わせた。


「っっ、!? ゃ、なに…っ!?」
「使わない理由は?」
「ひ…、っ、や、だ! 耳は、やだ、」
「君が話すまではやめない」
「うう…、おねが、っ…ひばり、」
「聞けない」
「ふ、ぁっ…! ぁ、わ、わかった! 言う、からぁ…っ」


耳朶や淵を唇で擽られ、息を吹き込むように囁かれた千紘は、ぞくぞくと背筋を震わせる。
上擦る声を必死で抑えながら逃げようと暴れるものの、あまりの刺激に力が入らない。
そもそも弱い耳に雲雀が触れていると意識すればするほど、とても耐えられるものではなかった。
じわりと瞳を潤ませた千紘はついに泣き声に近い声で負けを認め、その言葉に雲雀はぴたりと耳を弄るのを止める。
真っ赤な顔をして口元を手の甲で覆った千紘は荒い息を零しながら、うっすらと瞼を持ち上げて雲雀を見る。
そしてぐい、ともう片方の手で雲雀を押し返す。


「......言うから、はなれて」
「離れるとは言ってない。このまま聞く」
「やだってば! 言うから、お願い…」
「どうして」
「…いま、汗かいてるから、き、汚いし……」
「何を女子みたいなことを」
「雲雀からいい香りがするから余計に自分の汗臭さが気になる…!」
「別に汗臭くないから気にしなくて良いよ」
「ぅわ、わー! ばかっ、嗅ぐなよ、やだ…っ!」
「それで? 理由は?」
「うう……使わないも何も、部屋にクーラーないです…」
「……は?」


やめろと言っているのに改めてしっかりと匂いを嗅がれて千紘は泣きたくなる。
あんな炎天下を歩いてきたのだ、かなりの汗をかいている。その状態で人と密着することに抵抗があるのは当然だろう。相手が雲雀であれば尚更。
もうこうなったらさっさと言って離れてもらうしかない。
観念した千紘は両手で顔を隠しながらぼそりと告げる。
冷房を使っていない理由なんてたった一つ、そもそも部屋に設置されていないからだ。もしあればさすがの千紘も使用している。
千紘の返答に雲雀は珍しく間の抜けた声を上げる。部屋に冷房がないということは、この殺人的猛暑を扇風機のみで凌いでいたということか。
いや、凌げていないからこそ夏バテと寝不足を引き起こしていたということか。
眉間を絞った雲雀は千紘の顎を掴む。


「……君、どうしてもっと早く言わないんだい」
「だ、だってクーラーないくらいで死なないし」
「この気候なら死活問題だろ。こちらの手配ミスだけど君も申告すべきだ」
「水さえ飲んどけばなんとかなるよ」
「早急に手配させる。夕方までには設置する」
「え! い、いや大丈夫だって」
「君の生活は保障すると何度も言っているはずだ」
「…もう充分してもらってる」
「生活に必要なものはきちんと言うこと。いいね?」
「…………でも、」
「不必要な申請は即却下するから心配しなくて良い」


気まずそうに瞳を揺らす千紘にわずかに溜飲が下る。
最初に部屋を手配させたときの不手際なので全面的にこちらの非だ。千紘に悪いところはない。
しかしだ。それにしてもここまで我慢して体調を悪くする前に一言言うべきだ。
基本的に素直だが他人に頼ることを嫌がる傾向がある千紘の姿勢は好ましくはあるが、限度がある。
強めに言い聞かせれば困ったように黙り込む千紘の唇に、雲雀は軽く自身のそれを押し当てる。


「……っえ、」
「次はないよ、千紘」
「え、いや、ちょっと待って…お前、いま」
「返事は」
「それよりも!! 何でいま!! ち、ちゅーした…!!」
「何狼狽えてるんだい」
「う、うう、狼狽えるわ!」
「別に初めてでもないだろ」
「初めてだよばか! お前とはどうせ違うよ…!」
「……初めて? 付き合ったこと」
「あるわけないだろ…!」


付き合ったことあるのが当然みたいなスタンスやめろ…!
首まで真っ赤になった千紘は恥ずかしいやら腹立たしいやら情けないやらで穴があったら入りたいくらいの心境でさらに顔を隠す。
大体中学生くらいで諸々経験済なのは一握りのはずだ。イケメンと一緒の土俵に乗せるんじゃない。
そんな千紘に、ふうん、とだけ零した雲雀は容赦なく本題の返事を催促する。
もはや冷静に何も考えられない千紘は渋々ながら了承の返事をする。依然顔は隠したままだ。
その為、満足気に微笑んだ雲雀の姿があったことを千紘は知らない。


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2018.09.30 百
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