★君色の光 | ナノ 「……えーと? ツナがマフィアのボス…?」
「まだ正式に任命されてはいないけどな。候補だぞ」
「あんなに優しいツナママの優しい息子がマフィア……」


沢田家で遅めの昼食を済ませた千紘は箸を揃えると沢田の母に改めて礼を告げる。
それを笑顔で受け止めた彼女は、良かったら晩ごはんもどうかしら、と声を掛けてくれた。
クーラーの効いた室内に呼んでもらって、ありがたくも昼食までご馳走になったというのにこれ以上はとんでもない、と慌てて断る。
初対面でしかも息子の友人というだけの関係でそこまで迷惑を掛ける訳にはいかない。
すると彼女が、もしかして味付け苦手だった? と申し訳なさそうに言うものだから飛び上がりそうな勢いで驚き、全力で否定する。
ものすごく美味しかった。食に興味のない自分が食事で幸せな気持ちになったくらい美味しかった。
必死でそう言い募ると表情を綻ばせた彼女は、じゃあ晩ごはんもご馳走させてちょうだいね、と嬉しそうに言う。
そこではっとするが流れ的に断れず、小さな声でありがとうございます、と返すよりなかった。
ものすごくありがたいのだけれど、ありがた過ぎて申し訳ない。しかし頷いてしまった手前帰ることは出来ない。
そんなやり取りを楽しげに見守っていた赤ん坊に連れられて二階の沢田の部屋に移動する。
ゲームや漫画、洗濯物などが程良く散らばっていて中学生らしい部屋に安心する。癒される。
そこでようやく赤ん坊の名前がリボーンだと知り、彼の話す非日常的で非現実的な話にぽかんとするしかなかった。
要約すると、沢田は有名なマフィアのボスの後継者であり、リボーンは彼を立派なボスにするために家庭教師としてやってきた凄腕の殺し屋らしい。
リボーンが見た目通りの幼子ではなく立派な成人男性であることを知る由もない千紘が、この内容を理解しきれないのは仕方がないだろう。
しかし嘘や冗談でも無さそうなリボーンに困って沢田を見れば、青い顔をして慌てて否定する。


「千紘、あの、オレほんとそんなのになる気なんか全然なくって!」
「え、そうなの?」
「何言ってんだ。何の為に俺が鍛えてやってると思ってんだ、ダメツナめ」
「お前が勝手に来たんだろ! ていうか千紘にそんな話しなくていいよ!」


泣きそうになりながらリボーンに詰め寄る沢田の反応からして、彼はマフィアのボスになることを望んではいないようだ。
そしてやはりリボーンの話は冗談ではなく現実の話らしい。
呆気に取られたようにぱちぱちと瞬く千紘を見て、沢田はがっくりと項垂れる。せっかくマフィアと無関係の友だちができたと思ったのに、こんな話をしたら距離を置かれてしまう。
しょんぼりとした様子の沢田に千紘も覚悟を決める。どうやらこちらには知られたくなかった事情を成り行きとはいえ知ってしまった。
優しくて色々と心配してくれる沢田は自分にとって大切な友人だ。こちらのこともきちんと話すべきだろう。
とはいえ自分の身に起こったことも非現実的でしかも確証の無い話なので、信じてもらえるかわからないけれど。


「あのさ、ツナ」
「え、な、なに…?」
「俺もツナに話してないことがあるんだ。信じてもらえるかわかんないし、俺自身よくわかってないんだけど」
「う、うん」
「俺、この世界の人間じゃないらしい」
「…え」
「よくわかんないけど、とりあえず1回死んでるかもしれない」
「ええ!? あっ、まさか死ぬ気弾…!?」
「んん? 死ぬ気弾?」


死ぬ気弾とは一体。
物騒な単語に首を傾げながら、とりあえず自分の身に起きたことをできるだけ詳しく説明する。
学校帰りに自転車で踏切に突っ込んだこと、目が覚めたら並中の屋上で雲雀に会って殴り倒されたこと。そして元々は高校生だったことも持っていた高校の生徒手帳を見せながら説明する。
現実に自分の身に起きたこととはいえ、どうしてこの世界に若返った姿でいるのかは分からないし、異世界から来たというのもリボーンの仮説でしかない。
沢田に話しながらあまりにも現実味もない内容に千紘自身不安になってくる。
こんなふわふわした内容で信じてくれる人間がいるだろうか。頭の痛い奴だと思われてしまったんじゃないか。
話し終える頃には逸らしたくなる視線を辛うじて沢田に繋げている状態だった。
そんな千紘を真っ直ぐに見つめ返す沢田は静かに口を開く。


「……正直、どういうことなのかオレにはよく理解できないけど」
「……うん」
「でも信じるよ」
「え」
「話してくれてありがとう。千紘が一人暮らししてるのすっごく気になってたから」
「……ツナ、こんな話信じてくれんの?」
「信じるよ。嘘ついてるようには見えないし、千紘がオレを騙す必要もないだろうし」
「お、男前だなぁツナ…! かっこいい」
「へっ!? オレが!?? な、何言ってんの!??」
「ツナは初日からずっと優しいし中身も男前でほんとに良い子だ…」
「んなっ!??」


不安げな表情からじんわりと瞳を潤ませてふにゃりと笑った千紘に、かっこいいと言われた沢田は仰天して声を裏返す。
か、かかかかっこいい!? かっこいいとはイケメンに対して使う褒め言葉のことで自分とは到底結び付かない形容詞のはずだ。
たしかに千紘が転入してきたその日にかわいいと言われ驚いたが、それよりも衝撃が大きい。
千紘の話を信じたのはただの自分の直感と、これまで千紘と過ごしてきて千紘が素直な良い子だと言うことを知っているからだ。
何一つ男前なことはしていない。どう間違っても自分に使われる言葉ではない。
それよりも不安そうに瞳を揺らす様や、そこから安心して破顔した千紘が何とかわいいことか。
その表情が見れただけでもう何でも良いという気にすらなってくる。
そんな二人の反応を楽しげに見ていたリボーンは改めて話し始める。


「さて千紘、ここからが本題だぞ。ひとつ提案がある」
「うん?」
「いまツナのファミリーを固める人材を探してんだ。お前もツナの仲間になれ」
「え」
「やっぱりそういうつもりだったのかお前! 千紘は巻き込むなよ!」
「あー……うーん、力になりたいのは山々なんだけど」
「問題があるのか?」
「うん。俺が元々いた世界と比べて、こっちの人たちものすごい身体能力高いんだよな。ツナも含めて」
「そうなのか?」
「全っ然違うよ。みんなトップアスリートなのかと思うレベル。だから俺じゃ足手まといにしかならないんじゃないかなぁ」


もともと千紘は運動が出来るタイプではなかったが、極端に運動音痴な訳でもなかった。体格と筋力の無さもあって平均、もしくは平均を少し下回る程度だった。
ところがこちらの世界ではボールの飛距離にしろ跳躍の高さにしろ持久力にしろ、元いた世界とはまるでレベルが違った。平均が高すぎるのだ。
雲雀は目に追えないスピードで武器を振り回すし論外として、山本や獄寺、それこそ運動音痴と呼ばれている沢田でさえ自分よりよっぽど動けている。
良く似た世界で通貨も言語も教育内容も全く同じだというのに、恐ろしく身体能力の高い人間ばかりいる世界だったのだ。
先程聞いた話によると、沢田がボス候補となっているマフィアというのがその界隈ではかなり有名だというのだから、その仲間となれば相当な精鋭でなくては務まらない筈だ。
そんなところにこんな自分が入って貢献出来るとは到底思えない。迷惑を掛けるだけだろう。
そんな千紘の心境を見透かしたかのようにリボーンはにやりと口端を持ち上げた。


「心配すんな。何もファミリーは戦うだけじゃねぇ。それに千紘がいればあいつも引き抜きやすくなる」
「あいつ?」
「ヒバリだ」
「だからヒバリさんは無理だって言ってるだろ! あの人群れ嫌いなのに仲間になんてなるはずないだろ!」
「お前は黙ってろ。とにかく仲間になれ、千紘」
「うーん……じゃあ迷惑にならない範囲でいいなら」
「ええ!? 千紘!? いいの!?」
「よかったな、ツナ」


あっさりと了承した千紘に沢田は目を剥く。
マフィアのファミリーというものはよく分からないが、普段から良くしてくれる沢田の力になりたいという思いはある。
よくよく聞けば山本と獄寺もファミリーだと言うし、雲雀も加入予定なら出来れば自分も仲間になりたい。
不束者ですがよろしく、と三つ指をついて深々と頭を下げると、沢田は慌てふためき、リボーンは満足気に笑った。


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2018.09.26 百
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