★君色の光 | ナノ 「……あつい……」


じっとりと滲む汗に千紘はすっかり辟易していた。
扇風機から届く風は生温く、全開にしている窓からも熱風しか入ってこない。気温が高すぎるのか蝉すら鳴いていない。
雲雀に宛がわれた部屋は一人で住むには充分な広さと清潔さがあって不満はない。しかし一つだけ困ったことがある。
この部屋にはクーラーが無いのだ。
人間の体温すら超えるような殺人的猛暑日が続く最中、さすがに扇風機だけで凌ぐのにも限界が見えてきた。というかそろそろ生命の危険を感じる。
夏休みに突入して二週間近く。通学の為に早起きをしなくて済むのはありがたいが、昼夜問わずサウナのような気温と湿度に耐えなくてはならないのも中々に辛い。もちろん快眠なんてできやしない。
それでも午前中はなんとか宿題で気を紛らわせていたが、高校生だった千紘からすれば中学生用の問題にさほど時間も掛からない。
早々にやりきってしまいやることがない。まともに暑さに向き合うのにもそろそろ嫌気がさしてきた。
そしてついに涼を求めて出掛けることにした。


「……ああああ……文明の利器さいっこう」


じりじりと容赦なく照り付ける太陽の下をぐったりしながら歩き、コンビニの自動ドアが開いた瞬間吹き付ける冷たい風にこの上ない幸せを感じる。
クーラーとはなんて素晴らしい発明だろう。久々に酸素が吸えたような心地にすらなってしまう。
十数分しか歩いていないのに流れる汗を拭いながら、商品を選ぶ振りをしてクーラーの風に存分に当たる。今日はここで時間を潰そう。むしろこのまま寝かせて欲しい。
何人か立ち読みしている雑誌コーナーで馴染みのある週刊誌を取ってぱらりと捲る。しかしどの作品も見覚えがない。
確かに臨死体験をする直前までは受験生だったこともあって漫画から離れていた。しかし何年も経っているわけでもないのに作品が一新するものだろうか。
首を傾げながらそこまで考えて、自分が異世界にいることを思い出した。よくよく見れば週刊誌の名前も微妙に見知ったものとは違う。
そうだった、いま絶賛びっくり体験中だった。
とりあえずぺらぺらとページを捲っていると、後ろから声が掛かった。


「……あれ? もしかして千紘?」
「え? あ、ツナ」
「偶然だね、こんなとこで会うなんて」
「うん、なんか久しぶりなかんじ」


振り向いた先にいたのはTシャツに半ズボン姿の沢田だった。
目が合うとにこりといつもの優しい笑顔を浮かべてくれた。ああ、癒される。
その笑みにつられるようにへらりと笑い返すが、沢田は心配そうに眉を顰める。


「大丈夫? 顔色良くないよ」
「ん、そう? 暑くてちょっと寝不足かなぁ」
「そうなの? クーラーつけてないの?」
「それがさ、俺の家クーラーないんだよね」
「ええ!? それ危険じゃない!? この暑さなのに…」
「うーん。だから今日は避難してきたんだ」
「そ、そうなんだ…」
「ツナは買い物?」
「あ、うん。ちょっとアイス買ってこいって言われてさ」


まるで自分のことのように心配してくれる沢田を微笑ましく思いながら、千紘は話題を変える。
ぱちぱちと大きく瞬きをしながらコンビニに来た目的を思い出したらしい沢田と冷凍ケースへと向かう。
霜の付いたアイスが並んでいるのを見ていると、久しぶりに食べたいという衝動に駆られてきた。おいしそうだ。
もともと食にあまり関心がなく、ここのところ暑さも手伝って何かを食べようという気力すら湧かなかった。
一応ゼリーや野菜などをできるだけつまむようにはしていたが、僅かに食べた時点で吐き気を覚える程に堪えていた。
その為、食べ物に魅力を感じたのは本当に久々だった。家族の分をいくつか選んでいる沢田に倣って、千紘も物色することにした。


「俺も何か買おっかな」
「暑いと食べたくなるよね」
「うん。これならちゃんと食べれそう」
「……ん?」
「ん?」
「……千紘、今日のお昼って何食べた?」
「昼ー…は食べてないなぁ」
「じゃあ昨日の夕飯は?」
「えーと、きゅうりかな…? あれ、おとといだっけな?」
「…………」


千紘の発言にふと真顔になった沢田が突然食生活について尋ねてきた。
いつにない気迫に軽くたじろぎながら記憶を辿るも、暑さで朦朧としていた所為か具体的に思い出せない。
しっかり言えるものを食べていないのが正解かもしれない。
曖昧な答えに表情を暗くした沢田は冷たいアイスを手にしたまま黙り込んでしまった。
心配になり、声を掛けようとした瞬間勢いよく両肩を掴まれた千紘は背筋を正した。


「千紘!」
「ヒッ、は、はいっ!」
「これからオレんちにおいでよ!」
「え、ええ?」
「お昼まだ残ってるし、ついでに夕飯も食べて行ってよ! ね?」
「ええ、い、いや、でも、」
「ね? オレも千紘と遊びたいし! ね!」
「は、はい……!」


鬼気迫る様子で詰め寄ってきた沢田の勢いに押されて頷くと、沢田はほっとした表情になる。
出会った時から華奢なのは知っていたが、掴んだ両肩の薄さに沢田はますます不安に煽られる。
顔色も悪いしこの気候でろくな栄養も摂らず放っておいたら本気で生命が危ないと直感してしまった。危険すぎる。
強張った肩と困惑した表情の千紘に、はっと我に返った沢田は慌てて謝る。そしてそれぞれ会計を済ますと、沢田の家を目指して炎天下の道路に踏み出した。


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2018.9.06 百
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