甘え

賑やかな食事のあと、蘇芳は洗い物、琥珀は刹那と今後の話を改めてした。

琥「刹那さん、貴女の力はどういったときに発動するのですか?」

刹「それが、完全に不定期で…。半年のときもあれば、数週間のときもあるし…」

琥「なにか前兆はないのですか?」

刹「いえ。突然目の前が真っ白になって…気付いたら全く違う世界にいるのです」

琥「なるほど…。それは少々厄介ですね…。貴女はその力を使いこなせないんですね?」

刹「…はい」

琥「わかりました。私もなにか考えてみます」

刹「ありがとうございます。…何から何まで…お世話になってしまって…」

琥「いいのですよ。遠慮せずに甘えなさいな」

刹「あまっ…!?」

琥「さて、夜も更けてきましたし。今日はお休みなさい。明日またどうするか考えましょう」

琥珀はそう言うなり再び刹那を抱き上げた。

刹(この体勢は…本当に慣れません…)

そして布団に下ろされる。

琥珀は刹那を寝かせて、掛け布団をかけてやった。

そして立ち去ろうとしたとき、着物のたもとを軽く引かれた。

見れば、刹那が軽く掴んでいる。

刹「あっ…も、申し訳ありません…」

琥「どうかしましたか?」

琥珀が再度そばに屈むと、刹那はまた金髪を薄紅色に染めた。

刹「あ、あの…おこがましいですし、子供じみているのですが…」

琥「構いませんよ。言ってごらんなさい」

刹「…あ、あと…少しだけ…近くに居てはくれませんか…?」

刹那にしてみれば、ずっと追われる夢を見ていたから一人だと不安になるとか理由はいくらでもあるのだが、一番大きかったのは純粋な甘えだった。

琥珀は少しだけ驚いたがすぐに優しい笑みを浮かべ、刹那の隣に座った。

琥「もちろん。ここにいますから、安心してお休みなさい」

刹那は自分に布団をかけ直すと、目を閉じた。

五分ほどすると、ゆったりとした寝息が聞こえ、琥珀は起こさないようにそっと立ち上がり、静かに障子を閉めた。

―――――――――――――――

次の朝、刹那が目を覚ますと辺りはまだ暗かった。

しかし、一度起きてしまった以上寝る気にはなれず上半身を起こした。

捻挫していない方の手を使って、捻挫した足に負担をかけないように立ち上がると障子を開けてみた。

日も上っておらず、暗くてよく見えなかったが縁側に誰かが座っていた。

蘇芳でないことは間違いない。

刹「…琥珀様…?」

おそるおそる呼び掛けてみると、その背が振り返った。

琥「おや、起きたのですか?まだ日も上っていませんよ」

と言いながらこちらへやって来る。

刹「目が覚めてしまったものですから…」

琥珀は刹那のそばまで来ると、いつものように抱き上げた。

そしてそのまま縁側に連れていった。

すとん、と下ろし刹那にお茶をいれた。

刹那はそれを受け取り、少しすすった。

まろやかな甘さ。

刹「昨日も思いましたけれど…いいお茶の葉ですね。玉露…ですか?」

琥「そうですよ。わかりますか?」

刹「味でわかります。しかし、玉露をいれるのは難しいのでは?、あまり水温が高すぎては苦味まで出てしまうでしょう?」

琥「慣れればそうでもありませんよ」

刹那は琥珀を横目で見ていた。

気がつけば遠くの空がうすらぼんやり赤くなっている。

どうやら夜明けが近いらしい。

琥「ああ、忘れるところでした。刹那さん」

刹「はい…?」

琥「昨日少し考えていたのですが、こんなものを付けてみてはどうでしょうか?」

そういいながら取り出したのは、月の形のチョーカー。

刹「これは…?」

琥「能力の制御具です。本当は妖怪用なのですが、使えないことはないでしょう。付けてごらんなさい」

刹那は言われるままにチョーカーを首につけてみた。

そのとたん、ふっと張りつめた身体から力が抜けるような感じを覚えた。

刹「あ…なんだか、身体が軽くなりました」

琥「それは良かった」

刹「…あの、琥珀様」

琥「なんです?」

刹「…なぜ、ここまでしてくださるのです?」

ただ山で倒れていただけの異世界の存在なのに。

琥珀はことん、とお茶を置いた。

琥「私も…助けられたからですよ。友人に」

刹「御友人…?」

琥「ええ。今の私があるのは、その友人のおかげてす。まあ…恩返しのような気持ちですね。それに…」

琥珀は刹那の顔を見てにっこり笑った。

琥「困っているときは、お互い様…でしょう?」

不覚にも泣きそうになってしまった。

これが、優しさか。

刹「…ありがとう…ございます…」

琥珀は小刻みに揺れる湯飲みの中の茶に気付かないふりをして、自分の器にお茶を足した。

夜明けは、もうすぐだった。


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