こちらは

その頃、ジューンは任務を終えて一人これまた屋根の上で物思いに耽っていた。

夢魔の彼はどこにいようと人間に見えることはない。

それもあってエイプリルとは町中でも人目を気にする必要がなかったのだが…。

シルクハットを被り直そうと手を添えたとき。

?「こんなとこでなにしてんの?青髪くん」

背後から声がした。

反射的に臨戦態勢になり、ステッキを構える。

一方、声の主である燿はまさか武器を向けられるとは思わず、

?「うわぁ!タンマタンマ!」

と情けない悲鳴をあげて両手も上げた。

燿「待ってなにもしないから!なんも持ってないから!」

まあ燿において、彼女の身一つあれば凶器を複数持ち歩くのと同義なのだが、それはまあよしとしよう。

そんな燿を、ジューンは切れ長の目をさらに細くして懐疑の視線を向ける。

これはなかなか警戒を解いてはくれないぞ。

そう考えた燿は、そのままの体勢で言った。

燿「わかった。私はここから動かないから、君が気にならない距離まで離れて。私の声が聞こえるという条件で」

ジューンは暫く燿を睨んでいたが、ふっとステッキを下ろした。

とにかくこちらに危害を加える様子はない。

だが念のため、二メートルほど距離を取った。

燿「…手、下ろしてよい?」 

ジ「…」

返事はなかったが、手も疲れてきたので勝手に下げた。

燿「キミ、夢魔なんでしょ」

ジ「…」

相変わらず返事はない。

燿「話はいくらか聞いてるよ」

ジ「…何者だ?」

ようやく返ってきた返事がそれか。

まあ当然の疑問だが。

燿「私は燿。えーと…七隊…ってのに属してんだけど…まあ、恋愛相談所だとでも思っといて」

だいぶ違う気もするけど、と心のなかで呟いたのは秘密だ。

ジ「…恋愛…?」

恋愛ということは、自分とエイプリルのことなんだろうが…皆目見当がつかない。

ジ「…俺は相談するようなことなんてないが」

燿「キミになくても相手にはあるってこともあるでしょ」

ジ「エイプリルが…!?」

燿「まあ、直接の依頼主は別の人だけどね」

ジ「どういう相談だ」

燿「…キミの様子がおかしいから、調べてくれっての」

ジ「なに…?」

燿「…彼女さん、キミが目移りしたんじゃないか…って」

ジ「なんだと!?」

ジューンの切れ長の目が見開かれた。

彼としては、エイプリル以外の女など考えたこともない。

いったいなぜ、そんなことを…。

燿「ま、彼女は全身全霊でそれを否定しようとしてたけどね。それでも否定しきれないのが、恋は盲目ってヤツなんだねぇ」

ジューンはすぐさま立ち上がった。

こうしてはいられない。

すぐにエイプリルの誤解を解かなければ。

燿「まあまあそう急きなさんな。あの子はあの子で私の仲間にメンタルケアしてもらってるから。それに今行っても意味ないよ」

ジ「…どういうことだ」

燿「彼女が気にしていたのは、キミが一人の時のこと。一緒にいるときはいつものキミだと言っていたからね」

ジ「…………」

しぶしぶジューンは腰を下ろした。

燿「そうそう。…でさ、私考えたのよ。なんでキミの様子が変わったのか…てね」

ジ「…関係ないだろ」

燿「いやぁ、大有りだよ。依頼主に報告しないといけないんだから」

ジューンは形のいい唇を不機嫌そうに歪めた。

燿はそんなことお構いなしに話し出す。

燿「キミ、最近ずっと物思いに耽ってるらしいね。でもさっきの様子だと、浮気って線はナシ。じゃあなにか」

ジ「……」

燿「いろんな話を聞いたよ。キミがいつから様子がおかしくなったかとか、ね。その人によると、4日前の彼女ちゃんとの依頼をこなしてから変わった。ふらっといなくなったり、左手の手の甲をぼんやりと見つめていたり」

ジューンは黙っていた。

燿「順を追って話そうか。まずキミは、4日前、彼女ちゃんとのお茶会をやっていた。そのあと、任務…戻ってきたら、なにかおかしい…」

ジ「…エイプリルとのお茶会は関係ないだろ」

燿「それがあるんだな。だってその日はお茶会のあとすぐ任務だったから、なにかあるとしたらお茶会の間か任務中でしょ?」

ジ「……」

燿「そのお茶会に、ちびっこたちが参加してたらしいね。リープさんが言ってた」

ジ「ああ、あいつらがお菓子目当てにやって来てな、せっかくだからと」

燿「そこでの話の断片を、リープさんが覚えてた。花びら、舞うバラ、ドレス、拾う、円…」

ジ「は?拾う?円??」

ジューンが目を丸くした。

そりゃそうだ。

燿「そ、意味わかんないじゃん?花びらやら薔薇やらドレスの後になにゆえ拾うと円?私も思ったよ。だから考えた。意味が変なら、聞き間違いなんじゃ?リープさんはこれを近くを通ったときに聞いただけ。そんななら記憶も曖昧だろうし聞き間違いもあり得る」

そのとき、ジューンがはっとした。

気付いたね。

燿「その意味は…披露宴

ジ「……」

燿「それさえわかりゃー、あとは簡単。花びらはフラワーガールの子が撒く花びらだろうし、舞う薔薇は花嫁がやるブーケトス、ドレスは言わずもがなのウェディングドレスでしょうね」

ジューンは何も言わなかったが、燿は雰囲気から合っていることを感じとる。

燿「で、こっから本題。キミがふらっといなくなったり、ぼんやりとしている理由。確証はないから、全部想像だけどね。聞いてくれるかな?」

ジ「……ああ」

無愛想に返事が返ってくる。

燿「ありがとう。キミは結婚式の話を聞いてから、彼女ちゃんとの仕事に行った。そのときになにかがあったんだと私は見てる。じゃあ、なにがあったのか。キミが結婚の話を聞いたとき、多分そこまで気に留めなかった。それで仕事に行って、終えて、ここで一時の恋人水入らずの時間を過ごしに来た。そのときに見たんじゃない?あれを」

燿はニヤリと笑って指を指す。

ジューンが指の先を見ると。

【結婚を迷っているそこのあなた!】という大きな広告。

他に何が安いとかなんとかかんとか書いてあるけど、今はいらない。

燿「あんだけデカデカと書かれたらそりゃー目に留まるよね。あれを見て、さらにその日の結婚式の話を思い出す。さらに隣には何よりも愛しく大事な彼女。そうなりゃ誰だって考えるよ。もし彼女と結婚をしたらってね」

ジ「…………」

燿「それで、キミは帰ってきてもその事が頭から離れない。それでずっと考えてる。そうでしょ?」

ジ「…」

燿「これがキミが物思いに耽ってる理由。そしてもうひとつ、キミは自分や彼女の左手を見つめることが増えた。左手、それは結婚式において重要な意味を持つ。わかるね?新郎新婦の指輪交換。あれは左手の薬指に嵌める。つまりキミは自分や彼女ちゃんの指輪を思い描いてるのかな?今までの話を全部踏まえると、キミがふらっといなくなる理由はひとつ」

そこで燿は一息おき、驚いたような顔のジューンを見て笑った。

燿「…ジュエリーショップ…覗いてたんじゃないの?」


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