近くの樹々から緑の葉と赤い実を採ってくると、彼女はまだ真新しい雪を手でかき集め始めた。細い指の剥き出しの部分を赤く染めながら楕円形に整える。

「……雪うさぎさん!」

葉と実を嵌め込むと、彼女は得意気に彼へと差し出した。彼の目が見開かれる。雪を用いた――遊び。もちろん知るはずがなかった。

「……手慣れたもんだな。」

「向こうで、よく作ってたんです。といっても、あんまり大きくなると笑われるんで、小さな頃……それも外に出られた時だけですけど。」

彼女が少しだけ恥ずかしそうに笑う。幼少の頃あまり身体が丈夫でなかった彼女にとって、真っ白な世界は憧れの一つだった。少しだけといって触らせてもらった雪の冷たさは、今も記憶に鮮やかなほどだ。かなり丈夫になった頃には、既に大手を振って遊べる年齢ではなく――駆け回りたい気持ちを抑えていたという。

(ガキ……。)

雪うさぎを大切そうに木の根本に置いた彼女が、またもや走り出す。抑える必要がないせいだろうか……歳のわりにかなり子供っぽいとはいえ普段は大人しく淑やかな彼女も、今日は随分と興奮して見えた。まるで子供そのもののようにはしゃぎまわっている。

肩に積もった雪を払い除けると、彼は玄関先の屋根下に陣取った。長く吐き出した息が白く広がる。見上げれば、黒い空から次々と雪が舞い降りていた。一片一片は小さいが、まだ止みそうにない。

「サラマンダー様ー!」

じっと目で雪を追っていた彼を、彼女の声と共に小さな衝撃が襲う。何かが当たったと感じた場所には、白い粉が――雪が付いていた。庭を見れば、少し遠くで彼女が笑っている。

「えいっ!」

彼女は手で軽く雪を丸めると、彼を目掛けてそれを投げた。膝に当たったそれは柔くも崩れて下に落ちる。先ほど当てられたのもこれのようだ。もちろん彼女程度の力で痛いはずがない。彼女とて全力で投げているわけでもないだろう。

「雪合戦、当てて遊ぶの、楽しいですよ!」

「…………。……良い度胸じゃねえか。」

全身から「遊んで!」というオーラを出す彼女に内心ため息を吐くと、彼は可能な限りの手加減をして雪玉を投げた。彼女が心底嬉しそうに逃げ回る。無邪気な笑い声。――やがてその中に咳が混じり始めたことに、彼はすぐ気づいた。

「……そろそろ中に入ったらどうだ。」

そう呼び掛ければ、彼女があからさまに残念そうな顔をする。いったいどれだけ子供なのかと呆れもしたが、滅多に見られないほど明るくはしゃいだ様との落差に――彼は言いたい台詞を飲み込んだ。

「…………。……手が冷えた。少し中に入る。」

寂しそうな顔をする彼女を後目に、家の中へと入る。本当に手が冷たいわけではない。だがそれが思い付く限りの口実だった。――情がないと散々噂された賞金首は、愛する少女に誰より甘いのだ。

やがて咳がひどくなった彼女が玄関に向かう頃になって、彼は再び姿を現した。特に変わった様子はない。しかし、その手には陶器のカップが握られていた。

「……やっぱりな。」

だから入れっつっただろ――そう言いながら、ちょうど石段に足を掛けていた彼女に突き出す。驚いた彼女は咳を抑えながらカップの中と彼の顔とを見比べた。湯気の立つ……無色の液体。彼が用意したものだった。

「……飲め。……ただの湯だ。それしか作れん。」

決まりが悪そうに彼がそう言う。彼女がそっと受け取ると、冷えきった手がじんじんと脈打った。顔に当たる湯気が頬を溶かす。

「あ……ありがとう、ございます……。」

冷まさずに口を付ければ、少し熱かった。喉から身体中に温もりが広がるのと同時に、大きな手が背中を擦り始める。それに誘われるようにして全て飲みきった頃には、寒気はいくらか治まっていた。

「…………もう、満足だろう。」

「はい……すごく、楽しかったです。」

柔らかく笑った彼女が、彼に肩を抱かれて家に入る。彼は彼女をソファに座らせると、赤くなった小さな手に回復術をかけた。

「……そうか。……楽しかったか。」

「はい。」

彼の目線がすっと窓の向こう、闇に散る白に向かう。――暗く、冷たい、空虚。命すら奪われかねない、寒さ。着る物も、居場所も……温もりも、何もない。

雪の纏う――孤独の記憶。

目線を戻すと、彼はすっかり温まった彼女の手を包んだ。そっと抱き寄せれば、彼女が甘えるように頭を擦り寄せて来る。パチリと暖炉の薪が爆ぜた。

暖かい部屋。安らげる居場所。腕の中の――そして心の中の、温もり。

再度、窓の外を見る。まだしばらく止みそうになかった。葉に付いた一片が透明になり滑り落ちる。――溶けて消えたわけではない。決して忘れることなどできない。

それでも彼は、生まれてはじめて……雪を「綺麗」だと、感じた。




fin.



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