しんと身体の奥まで冷える感覚がして、彼は目を覚ました。
身体中に意識を巡らせれば、毛布から出ていた肩が冷たくなっている。寒さには強い質だが、ここ一番の冷え込みには勝てなかったようだ。もともと深く眠らないとはいえ、すっかり覚醒してしまっている。手で毛布を引っ張り上げると、いつもより温かく感じた。
しんと静まりかえった暗い部屋に、カタカタという遠い音が響く。しばらく彼は耳を澄ませていたが、やがて身体を起こした。剥き出しの首や鎖骨を冷気が撫でる。あまり寝起きの良くない彼がすぐに起きる気になるほどには、今朝の寒さは強烈だったらしい。焔色の髪を乱雑に掻きあげると、彼は寝台を降りた。
そのまま数歩足を進め、窓のカーテンに手を掛ける。勢い良く開ければ、暗闇のなか白いものがちらちらと月明かりに照らされていた。――雪。昨晩の空気からそんな予感はしていたが、見事に当たったらしい。
一階(した)に降りれば、そこには共に暮らす少女の姿があった。食卓を拭いていた手を止め、駆け寄ってくる。
「サラマンダー様! お早いですね、眠れました?」
「……ああ。」
己に抱きつく彼女の温もりを肌で感じつつ、彼は穏やかにそう答えた。暖炉では薪が明々と燃えている。台所からは朝食のブレッドが焼ける匂いが漂ってきた。これから起こそうかと思っていた、と彼女が付け足す。
「今日は一段と冷えますね……お部屋、寒くありませんでした? やっぱり暖かくした方が……。」
湯気の立つスープを飲んで彼が朝食を終えた頃、彼女は彼にそう問いかけた。いくら寒さに強いとはいえ、寝室が寒くて目を覚ましたのではと心配しているようだ。
「いや……平気だ。……そういや、外は見たか。」
何度もなされた提案を、彼は何度もそうしたようにやんわりと断った。付け足された言葉に、彼女がちょこんと首を傾げる。
「何かあるんですか?」
立ち上がってカーテンを開けた彼女が発したのは――小さな歓声だった。
「雪……!」
舞う粉雪を目にして顔を輝かせる。勢いはそれほどないが、長いこと降っているらしい。すぐ近くの樹は白く染まっていた。硝子が彼女の息で曇る。
「すごい、いっぱい積もってる!」
カーテンもそのままに、彼女は一目散に玄関へ走った。外套を手に取り、あっという間に被る。
何がそんなに嬉しいんだ――彼がそう問う間もなく、彼女は外へと走り出ていた。一人にする理由もなかったので立ち上がり後を追う。庭一面に広がる白の世界は輝くようだった。踏まれる前に特有の滑らかな表面を保っている。そんな雪に最初はおずおずと、やがて数歩続けて足跡を付けると、彼女は勢いよく石段を降りた。勿論こんな天気では月明かりもないが、木々や小路沿いなど至るところに灯りが点っているので視界に不自由はないようだ。同じ白の外套に雪が溶ける。
「おい、そんなに走ると……」
転ぶぞ。――彼がそう言うより前に、彼女は雪に足をとられて体勢を崩した。柔らかな雪に凹んだ跡が付く。
「……ったく……。」
あまり痛くなかったのか、彼女はすぐに身体を起こした。傍に駆け寄った彼が雪を払い落とせば――満面の笑みを見せる。
「あーあ、さっそく濡れちゃいました。」
次々と吐息を凍らせながら、彼女は楽しそうに笑った。早くも寒さで頬が赤く染まっている。さっと立ち上がると、彼女はぐるりと周囲を見渡した。
「きれい……たくさん積もりましたね。」
合わせて立ち上がった彼の顔を見上げてそう言う。
「……そうだな。」
雪が「綺麗」――そう思ったことがなかった彼は、同じ景色を見ながらも曖昧に返した。ことさら明るい笑顔になった彼女がまた走る。
「サラマンダー様、ご存じですか、えっとね……こんな感じで……。」
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