「サラマンダー様っ!」
いつもの様にあいつの部屋に訪ねて行くと、いつもの様に思い切り突撃された。まるで時計の針を見つめて待っていたかのような様子に、懐かれて悪い気はしないもののこのままでは困るという──最近抱いている微妙な心情が甦る。…戸惑うことに、どこがどう困るのかも断言出来ないのだ。
「すごく会いたかったです。私、ずっと待ってたんですよ。寂しかったです。あの、それで、それで…。」
ぴったりとくっついたままあれこれ話し出したミノンの頭を撫で、ずいぶんと興奮しているのを宥める。ほぼ毎日会っているというのに、彼女はこうして訪ねる度に一週間…いや一月は会っていないかのように俺を歓迎する──最初はこんなところにいれば寂しさも募るのだろうと思ったが、最近それだけではない気もする。
「……調子は、どうだ。」
「…大丈夫です。…今は、すごく元気です!」
ぎゅっ…と抱き付かれる。今の返事だと、好調とは言い難い感じの様だが…最悪というわけでもないのだろう。
「……そうか。」
「サラマンダー様も、お元気ですか?」
「…ああ。」
落ち着くまで撫でていてやると、そのうちミノンは自ら離れて行った。部屋の中へと手を引かれる。
(………。)
ソファに座ってから少しの間、俺は昼間のリアの話を思い返していた。…そもそも、こいつの欲しがるものとは…どんなものだ?
「…どうかなさいました?」
「……いや。…悪い。」
こんなにも共にいて…なのにそういえば好みも何も知らない。身に付けられるものといえば装身具だろうが…。
「いえ…。…サラマンダー様?」
「………。」
何か手掛かりになればと考え、思えばじっくり見たことがなかった気がする彼女の装束を上から下まで眺めてみる。すると、装身具らしい装身具はほとんど着けていない事に気付いた。指輪や腕輪もしていなければ首飾りもピアスもしていない…唯一それらしいのは、纏めた髪に挿されたピンのようなものだけだ。
「……それは…ピンか?」
「えっ?」
「…その……髪に、挿している飾りだ。」
「え…、…ああ!」
合点がいったように手を軽く叩くミノン。そっとピンを抜き取り、小さな手のひらの上に置く。
「これは簪(かんざし)というんです。私がいた世界の、髪飾りなんですよ。」
棒の先から小さな花々がいくつも垂れ下がるように付いているそれは、よくよく思い返せば初めて会った時からミノンが着けているものだった。それまですっぽりと被っていた外套のフードを俺の前で初めて取った時、揺れているのが目に付いたのは記憶に残っている。
「気に入ってて、ここに来る前──いいえ、生まれた世界を離れた時から…ずっと着けてるんです。この着物も、そうですけど。」
「……大事なものなんだな。」
「えっ…!?」
思ったことを率直に言うと、ミノンはなぜか顔を真っ赤にして慌てた。単に話し方がひどくいとおしむようだったので口にしただけだったのだが、何か思うところでもあるのだろうか。
「あっ、あの………はい、…大事な…すごく、大切な…ものです。あちら──昔の私と、今の私を…繋いでくれるものだから。」
はにかむように微笑むミノン。きっと幸せだった頃を思い出しているのだろう…と理由(わけ)もなく感じる。
「たかが、簪なんですけどね…大事に…思います。」
「…そうか。」
ミノンはまた笑うと、カンザシをそっと髪に挿した。やはり他には見当たらない…いつまでもこんなことを悩んでいても仕方ないし、聞いてしまおう。
「………。…おまえさ、…何か欲しいものとか…あるか?」
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