3.


 僕はどすどすと荒くバスルームに入ると、その一角にある、シャンプーが納まった棚に縋るように手を伸ばして、ひとつのカミソリを掴んだ。


 これが、僕の最近の日課。
 こうしてじっと、カミソリと手首を見る。見つめ続ける。
 今か、今かと、刃を食い込ませようとするかのように。

 だけど別に、何をすることもない。
 刃と肌を穴が空くほど見つめ続けて、時間が来るとまた棚にカミソリを戻す、をいつも単調に繰り返す。
 ただそれだけ。

 これは僕が始めた、この日常で、僕の中の僕を生かし続ける為の、唯一の儀式みたいなものだった。

 始めの目的は、自傷行為だった。
 日常のやりとりに、煩わしさとくどさと絶望を覚えるなんて、みんなよくあるんじゃないか?
 僕はどうやらその胃もたれするような想いが、いつだったか振り切れたことがあって、その時に半ば衝動的にここへ飛び込んだ。

 その時は、持ち手も刃も確認しないままにひっ掴んで、思いっきり横に滑らせようとした。

 だけど、できない。
 掴んだきり僕は固まってしまって、以来毎日ここへ来ては、頭の中で手首を何度も傷つけるイメージを強くするようになった。

 それこそ、胸が締め上げられるような、悲鳴を上げたくなるような感覚に、自分が追い詰められるまで。
 それでも、刃を肌に当てたところで満足してしまう。
 安心してしまう。

 あー。なんかまだ僕は大丈夫なんだ、と根拠も余裕も枯れ尽くしてるはずなのに、思ってしまう。

 本当は大丈夫なんかじゃない、と叫びたい気持ちはあるのに。
 けど、まだ何かを望んでしまってる僕がいた。


「もうすぐだから」


 あれ?
 ぽつり、と口からそんな言葉が漏れてから、そう思う。
 同時に、下校時の他愛のない会話や、今の人間関係の情報が、ざあっと頭の中を過ぎる。
 同時に血の気が引くような冷えが耳の後ろから競り上がってきて、吐き気が込み上げてきた。
 この感覚は僕は飽きるほど味わった。

 絶望だ。


 やっぱり、無理。
 僕はクラスメイトを、友達と呼べない。
 これは僕の、昔から積もりに積もっているしつこい悩みだった。


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