1.


 瞬きをした刹那、白塗りの個室に私はいた。

「……ん?」

 首を捻って唸れば、ばさりと布がはためく音がする。
 それにつられて視線を動かすと、その真っ白な部屋にぽっかりとただひとつ、開かれた小さな窓があって、音は風に煽られたカーテンがたてていた。
 体が押されるような風の強さに、私は乱れる髪の毛を押さえて、やっとの思いでその窓をピシャリと閉めた。

 息をついて、ぐるりと部屋を見渡す。
 そこは白いシーツがピンと張られたベッドがあるだけの、部屋だと分かった。


「ここは、何処?」

 私は誰? だなんてよく聞く言葉を頭の中で浮かべて、少し可笑しくなった。

 私は記憶喪失なんかじゃない。きっと。
 だけどここは何処だろう?
 何故私はこんなところにいるの?
 拉致かしら?
 いいえ、そんなはずは。
 ただ瞬きをしただけだもの。私はずっと起きていたわ。


「……あら?」

 そこまで考えて、はたと思い当たった。

「私は、さっきまで何処にいたの?」


 思い出せない。
 起きていた。起きていたの。
 けれど、逆に昨日眠ったのはいつで、ご飯はなにを食べて、今の今までなにをしていたのか。
 家族すらも思い出せなかった。

「大変」

 あら、と口元にそっと手を持っていって呟いた。
 私は病気にでもなったのかしら。
 あわてふためいていると、部屋の扉がノックされた。
 とりあえずは、はい、と返事をしてみると、カチャリとそれは開かれた。


「……!」

 見れば、扉を開いた人は、人であって人ではなかった。
 形は人そのもので、どう見ても男性。白衣を着ている。
 だけれど、私にはない、額の二本の突起があった。
 見入っていると、彼は少し悲しそうな眼差しで私を見つめ返して「お目覚めですか」と尋ねてきた。

「私はずっと起きていますよ」

 なんだか変な気持ちになってそう返すと、彼はますますその目に哀愁を漂わせて、首を横に振る。

「いいえ。貴女様はたった今、お目覚めになったのです」

 わけがわからない。
 またもや首を捻ると、彼はとうとう目を伏せた。


「貴女様のお名前は?」

「……あ」

 尋ねられて、私はそんな声を出した。
 私にも答えることができるものが、一つだけだけれどあったことに、気がついたから。


「―――」

 私が答えると、彼は何かを堪えるかのように、苦しげに頷いた。

「はい。――様、貴女は一時の永眠にたどり着き、再びこちらに御帰還になったのです」

「永眠?」

 嫌な予感がする。
 彼は恐れながら、と前置きしてきっぱりと告げた。

「貴女様はお亡くなりになったのです、――様。元々は死を迎え入れる世界“霊界”の住人でいらっしゃったのですが、“霊界”の住人も生き物。死は必ず訪れます」

「それが今日、来たということですか?」

 はい、と彼は頷いた。



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