3.
開けなきゃよかった。
一瞬頭を掠めた思いを、うう、と呻きながら押し込め、引き戸にさらに力を掛けて、開き切る。
あとは窓を全開にして風通しを良くして……そうそう。
誰もいないんだから、今の内に扇風機の前に陣取って食べ物を詰めるだけ詰めればいい。
「そこ閉めろよ」
そんな計画を汗だくになりながら立てていたのは、開き切った後のほんの数秒。
その数秒後に、室内から地を這うような低い声にそう言い放たれた。
おどろおどろしさすら感じられるそれに飛び上がって、勢いよく私は部屋の隅に視線を走らせた。
するとどうだろう。
備え付けのカーテンすら引いていないガラス窓の側に、わたしと差ほど歳が変わらないような男の人が、パイプ椅子を一つ置いて、こちらを半ば睨みつけるようにして凝視していた。
「閉めろって」
もう一度繰り返されて、ようやくわたしは自分が彼を見つめたまま硬直していたことに気がついた。
弾けるようにその手を後ろ手に動かして、閉める。
その重くがたついた音に、閉め方が悪かったんだろう。黒板を引っ掻いた時のようなキイキイした音が混ざって、一瞬だけ男の人が眉を寄せた。
閉め終わる寸前にそれに気づいてぎくりとしてしまったけど、いざ最後の軽い音が立つと、彼は何も言わないまま、そして、何事もなかったかのように、飲食スペースのテーブルに突っ伏す体勢で書き物を始めた。
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