1.
「なあー、咲いた?」
がたごとと揺れる、人が少ない電車の中。
人の格好をしたサルどもが、四人がけのシートにあぐらをかき、目にタールみたいなものを塗りつけながら、隣のサル仲間に問う。
「あー? なにが?」
間違えた。ヒヒだ。
車窓を鏡がわりに、ワックスだかなんだかで、寝癖と見まごうばかりの頭をくしゃくしゃと揉んで、ヒヒが応じる。
するとサルが興奮して、目頭あたりと口元に、皺を刻んで怒鳴った。
「はァ? まじうぜえ。オマエ、うちがどんだけ探したと思ってんだよ。花だよ花!! お花!!」
「はなぁ!? チョーうけるんだけど。お前花育ててんの? つか育たなくねー?」
「あーマジ萎えた。ねーわ忘れるとか。もういい。生まれてきたこと後悔させる」
「ごめんって。でー、なーに? なに育ててんの? こども?」
「マジそこから飛び下りろよテメー!!」
げらげらと笑う声がうるさくて、わたしは向かい側の席から顔をそむけるように、窓の外へと目をやる。
花、か。
そう思った時点でわたしは、完全に猿人どものペースに嵌ってしまっていて、意識をよそに向けることは無理そうだと悟る。
サルはヒヒの笑いが落ち着くのを待たずに、こうまくし立てた。
「ツキミズ草!! ほら、いつ咲くか分からないーってカンジの花」
「あー、飲むカンジのやつ!? え、待って待って、あれ飲んだの!? マジきもーい!!」
「はあ!? 飲んでねーの!?」
ウゼエ、だの、ぶっ殺すだの。
まあなんと物騒で汚らしい言葉を、恥じらいもなく吐けるものだと、自分が持っていた通学カバンを漁るふりをして、内心冷ややかに猿人を一瞥する。
そして、ゆっくりと自分の頭の中の引き出しが開く音を、聞いた気がした。
ツキミズ草。
いま話題の、すこし胡散臭い植物の名前だ。
いつから流行り始めたかは分からない。
ただ、気がつけば身の回りにそれを服用する人が何人かいて、あっという間にテレビなどで取り上げられるようになったとしか、つい昨日までは知らなかった。
わたしはそっと、自分の手首に視線を落とす。
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