森宮莉子は突き進む。 | ナノ
反発心と口論
今年で大学生活4年目になった私は来年以降も大学に在籍しているが、大学病院での臨床実習に入るのでこれまで以上に時間を作ることが難しくなる。
それと初期メンバーのひとりである北堀くんも少し前に就活のために引退したこともあり、自分も大学祭の発表会を最後にサークルを引退することを考えていた。
その話を後輩たちに持ちかけたところ、後輩の一人が部長になって跡を継ぐと言った。
他のサークルにはうちみたいなディスカッション型の教養サークルはないため、きっとそれを求める人がいるはずだから未来の後輩のためにも残していきたいと言われたのだ。私は彼らのその熱意に任せることにした。
頻繁には活動はしていなかったけど、中身は充実したサークルだったと思う。自分で作ったサークルなので愛着が湧いて離れるのは寂しいけれど、ここではいい思い出がたくさんできた。
最後の活動日までしっかり部長を勤めようと思う。
今年も大学祭の時期がやってきた。
うちのサークルは毎度代わり映えのない出し物であるが、発表する内容は毎回違うので興味のある人がちょくちょく足を運んで聴講していってくれる。
「莉子せんぱーい差し入れです」
「今年もありがとう、高野さん」
発表の合間であるお昼休憩タイムになると、高野さんが手作りのおやつの差し入れに来てくれた。彼女は袋を私に手渡すなり、きょろきょろと辺りを見渡して何かを探している様子だった。
「……ところで久家さんはいらっしゃらないんですか?」
「来るって言ってたんだけどね。自分のサークルの出し物が忙しいのかも」
はて、高野さんは久家くんに用事でもあるんだろうか。接点が全くないのに。
「莉子先輩、どうなんですか進捗のほうは」
ずずいと高野さんの美貌が眼前に迫ってきたので、仰け反ってこれ以上の接近を防ぐ。
「し、進捗って?」
「……うーん、期待していた話は聞けなさそうですねぇ」
高野さんにつまらなそうな顔をされた。
彼女はチークを軽くのせた薄桃色の頬に、ネイルの施された指をぷすっと差して首を傾げている。
美女ってすごい。そんなポーズをとっても似合う。
「噂によると久家さんって、同じ医学部の1年生に熱烈アプローチされてるらしいじゃないですか。そこんところどうなんですか?」
久家くんの周りで起きている出来事は、別学部の高野さんの耳に入っているらしい。
もしかして医学部の誰かがリークしたのかと思ったけど、高野さんが「ちょっと前に医学部で薬物所持事件がありましたけど、久家さんと例の1年生はその関係者なんですよね?」と言ったので、その流れで久家くんたちが時の人になっていることを知る。
「その事件がきっかけで久家さんに恋しちゃった1年生は人目はばからず図書館や食堂で猛攻しているらしいじゃないですか?」
「……試験勉強の妨害になっているくらいには」
「その様子じゃ、相手に宣戦布告されちゃってますね」
うーん……喧嘩を売られているので宣戦布告と言ってもいいのだろうか。
「久家くんをくれ、手を抜けと言われたり、友達引き連れて女子トイレで囲まれたりはしたけど……」
「本格的に敵対視されてますねぇ。でも莉子先輩の事だからすべて突っぱねているんでしょ?」
「当たり前じゃない」
黙って受け入れてやる義理はないんだから。言ってること滅茶苦茶で、自分の思い通りにしたいがために圧力かけてくるあのやり方が気に入らない。
あの子のことを思い出すと嫌な気分になってしまう。
ふふ、と小さく笑う声が聞こえて前を見ると、高野さんが笑っていた。
「恋のライバルの出現で莉子先輩の情緒も急成長したってことですね?」
「そんなんじゃないよ」
「いいえ。私の目はごまかされませんよ。これは年内に決着がつくかもしれませんねぇ……」
ニヤニヤする高野さんは完全に面白がっている。
他人事だから笑って見られるんだろう。
「決着って?」
噂をしていた本人の登場にドキ、と心臓が跳ねた。
「あっ久家さん、今ちょうど久家さんの噂していたんですよぉ」
「噂?」
「久家さんが医学部1年の女子にアプローチされてる話。私の周りでも噂になってますよー。薬物事件で一躍有名人じゃないですかー」
高野さんはフレンドリーに久家くんに話しかけていた。この子って人見知りしないよねホント。
別の学部生の間で自分と小畑さんが有名になっていると知った久家くんはぎゅっと顔をしかめていた。
嬉しい内容ではないもんね。薬物事件がきっかけだもの。
「…その1年と俺の間には何もない。確かに一方的に付きまとわれているが、父の知り合いの娘さんだから扱いに苦慮しているんだ」
「対応に困るタイプなんですねー。ていうか聞きましたー? その1年の女子、友達を連れて集団で莉子先輩を囲んだらしいですよー、女子トイレで。陰湿ですよねぇー」
「高野さん!」
彼女は石油ストーブの中にガソリンを注ぐような真似をした。
久家くんが気分を害して、小畑さんとトラブル起こしそうだから内緒にしていたのに何故バラすのか。
「莉子……今の話本当か」
「……適当にあしらったよ。暴力はなかった」
「そういう問題じゃないだろう! 何故俺に言わない」
「言ったら解決するかな?」
少し強めの語気で言われ、むっとした私はチクリと反抗的な言葉を返した。
なんで私が怒られなきゃならないんだよ。元はと言えば久家くんのせいじゃない。
「だからって黙っている必要はなかっただろう! 俺のせいで怖い思いを」
「別に怖くはなかったよ。久家くんが小畑さんに何か言って、逆恨みでまた何か言われるのが嫌だった。だから言わなかっただけだし」
久家くんが注意しておとなしくなるような人間なら、こんなに苦労してない。こういうのは注意しても後を引くもんだ。小畑さんのような人間は特に。
彼もそれがわかっていたからか、二の句が継げない様子だった。
だけど納得はしていないみたいで、険しい表情はそのままであった。
「俺は、そんなに頼りないか……?」
「別にそんなこと言ってないじゃん」
頼れるとか頼りないとかじゃなくて、後々の被害の大きさを考えて言わなかっただけ。
それに、久家くんはあの子に強くは言えない。おじさんの知り合いの娘という理由があるから、これまでの様に完膚なきまで突き放すことはできない。
それなら下手に刺激しないほうがいいと判断したのだ。
私と久家くんは見つめ……いや、睨み合った。
別に睨むつもりはなかったけど、私も反発心が出てきて引くに引けなくなった。
ここで私が引いて謝るのもなんかおかしいじゃない。
そもそも女子トイレの件は、証拠も証人も満足に用意できない状況だし、相手から「やったという証拠を出して」と言われたらなんにもできないじゃない。相手に有利になるような行動を取りたくないの。
他人の力を借りて動き出した時点であの子の負け。
これは私と小畑さんの戦いなんだから。
「久家くんの介入は必要ないと判断した。ただそれだけのことだよ」
彼の瞳をまっすぐ見つめて言う。
その瞳が揺れる瞬間を目の当たりにして、ずきりと良心が痛んだ。
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