森宮莉子は突き進む。 | ナノ
Conceit spoils the finest genius.
あの日小畑さんに言われた言葉の数々。
それらに反発する気持ちもあるが、言われて気づいたこともある。
久家くんが可哀相という文言。
久家くんが私を信頼してくれることをいいことに甘えすぎていた面もあるのかもしれないって。
例に出せば、ほぼ毎回家まで車で送ってくれることとか。
『彼女じゃないなら、久家先輩から離れていただけませんか?』
そうなんだよ、私は彼の彼女じゃない。
それなのに彼の厚意にすっかり甘えていると再認識させられて、自分が図々しく自惚れた嫌な人間に思えてきて恥ずかしくなってしまったのだ。
小畑さんの棘のある言葉が頭に残り、久家くんの顔を見ると申し訳なく感じた。
「私、先に帰るね」
「じゃあ俺も……」
日課となっている大学の図書館での学習を早めに引き上げた私が立ち上がると、久家くんが開いていたテキストを閉じた。
「いやいや、私今日は電車で帰るから、久家くんはゆっくり勉強してていいよ!」
「何故? 車で送るぞ? 電車より早いし安全だろう」
帰宅ラッシュは過ぎた時間だし、繁華街を避けて走るので、確かに車のほうが早いし快適だ。それは重々理解している。それほど久家くんの車で送ってもらった頻度が高いってことだ。
「そうなんだけどさぁ……いや、なんか私、久家くんを無料タクシーにしすぎたなって思って」
久家くんの目を見ずに、明後日の方向を見ながら言い訳をした私の声は細く途切れそうだった。しかし静かな図書館だったのでしっかり久家くんの耳に届いているだろう。
あぁ、自分で言っておいて良心がちくちくする。
見返りも支払わないのに送ってもらうなんて私ってばなんてずるい人間なんだろう。久家くんのやさしさに甘えすぎである。
「…誰かになにか言われたか?」
久家くんの鋭い指摘に私はドキッとする。
そして私の動揺を彼は見逃さなかった。
「えっと…」
「市脇さんや廣木さんがそんなこと言うわけ無いし…。北堀もないな。莉子に懐いている後輩の……」
「久家先輩! 今お帰りですか? 良ければこれから一緒にご飯ご一緒しませんか?」
そこに飛び込んできた彼女は一見して空気が読めていない人だが、彼女の場合意図的に割り込んできたんだろう。
私に敵対心を抱いているであろう小畑さんは、無邪気に装って久家くんを食事に誘っている。
「…小畑さん、今はちょっと莉子と話しているから」
「なら話が終わるまで待ってます」
久家くんがやんわりあしらうも、小畑さんはひるまない。話が終わるまで待っていると言いながらそばを離れないという徹底ぶりだ。
久家くんは困った顔をしていた。
以前までの久家くんなら素っ気なく突き放していたはずだ。
卒業してもういないけど一学年上だった弓山さんなんていい例だ。彼女は久家くんに素気無く突き放されていた。それを見てきたから尚更小畑さんへの態度が特別に見える。
「じ、じゃあ私帰るね、さよなら」
「莉子!」
ふたりの並ぶ姿を見ているのが嫌で、私は逃げるようにしてその場を離れた。
図書館を出て、早歩きで大学の正門を通過する。
──呼び止める声はない。
もしかしたら私を追いかけてくれるかもなんて浅ましいことを思ってしまった。
あの子を引き離して私を追いかけてほしかったなんて、自分本位な感情を抱く自分が醜くて嫌だ。
もやもやした気持ちで電車に乗って最寄り駅を降りると、私は真っ暗になった空を見上げてため息を吐き出した。なにしてんだか、自分ってば。
地面に石ころがあったので、八つ当たりがてらそれを蹴飛ばしてみると、コロコロ転がったそれが人の靴にぶつかった。
「あ、すいま……」
関係ない人に石をぶつけるなんて失礼なことをしてしまった。
下を見ていた顔を上げて謝罪しようとして私は固まる。
ジャージっぽいズボンを下して、こちらに向けて局部を見せつけていたからだ。
「キャーッ!」
偶然同じ帰り道だった若い働き人風の女性の悲鳴が背後から響き渡った。
フリーズしていた身体がそれによって正常を取り戻す。
そうなると沸き上がってくるのは恐怖よりも怒りである。
人が悩んで落ち込んでるっつーのに…。
「火事だぁぁあ!」
北堀くんが言っていた。こういう時は火事だと叫ぶのが一番だと。
私は周りに響き渡るように再度「火事だー!」と叫んだ。
するとそれに怯んだ露出狂が慌ててズボンを持ち上げて局部を隠して逃げようとしたので、私は追いかけようとした。
「待って! 危ないから! あなた一人になったときに暗がりに引きずり込まれちゃうかもしれないから行かないほうがいい!」
悲鳴を上げていた割に冷静な意見を述べた女性に阻止され、追跡を断念した。
駅の真ん前に交番があったので、駅まで引き返して露出狂がいたことを2人で訴えたけど、パトロール強化するの一言で終わってしまった。これだから現行犯でとっ捕まえたかったんだけどなぁ。
帰りは催涙スプレーを手に持って周りを警戒しながら帰宅した。
久家くんに送ってもらうのを辞退したこのタイミングで面倒なことに巻き込まれてしまうなんて。遭遇したのが私ひとりじゃなかったから恐怖も半減だったけど、私ひとりだったらどうなっていたことか。
家に帰れば既にお父さんと妹が在宅していたので、ようやく肩の力が抜けた。
自分の部屋に荷物を置きに行ったとき、徐にスマホを見ると通知が大変なことになっていることに気づいた。リュックの中に押し込んでいたうえに音が出ないようにしていたので全く気付かなかった。
企業やサークルのグループメッセージの通知もあったけど、9割を占めるのが久家くんからの電話とメッセージだった。
えっ……。
私が電車に乗る前からずっと連絡きてるじゃん……
スマホの通知画面を見て呆然としていると、久家くんからの着信を知らせる画面に切り替わる。
「えっ、えっ……あ」
気まずくて今は出るつもり無かったけど、慌てた拍子に通話ボタンをタップしてしまった私は恐る恐る応答した。
「もしもし……」
『莉子? 連絡つかないから心配した。なにかあったか?』
「……今帰ったの。駅前で露出狂と遭遇したから交番に寄ってた」
連絡を無視していたみたいで申し訳ない気分になりながら、連絡を取れなかった理由を話すと、久家くんは『被害は!?』と電話越しに焦りを露にする。その勢いに私は驚いた。
「大声で火事だって怒鳴ったら逃げちゃった。無傷だよ」
『まったく莉子は……そういう犯罪に巻き込まれるのが怖いから、俺が送りたいって言ってるのに』
電話口でヤキモキしている姿が想像できるのがおかしい。
久家くんってば心配性なんだから。私はそれがおかしくて小さく笑ってしまった。
「私は今でも催涙スプレーを持ち歩いてるから大丈夫」
『もしも相手が集団で車に引き込まれたりしたら? 男の力をあまり舐めないほうがいい』
注意されて私はムッとする。
私だって好きで露出狂と出会ったわけじゃないのに。
それに久家くんは小畑さんに……
「だって…小畑さんと食事に行きたいんじゃないかなって思って」
『──え?』
「私がいたら邪魔じゃない」
あぁ自分ってば可愛くない。なんでそんなこと言っちゃうのかな。
それこそ彼女じゃないのに。
話のすり替えもいいところじゃないか。
『……もしかしなくとも、小畑さんになにか言われたのか』
久家くんからの問いに私は黙り込む。
確かにその通りなんだけど、それを久家くんに言うのは……なんか、告げ口みたいで情けないなって。
『何を言われたか知らないけど、俺がやりたくてやってることだ。外野から口出しなんか気にしなくていいんだぞ』
「……」
『用事があって無理なら俺は莉子に直接言うし、別の理由で厳しくなったときも同様だ。──他の人と俺の言い分、どっちを信じる?』
久家くんの言葉に鼻の奥がジンとしびれた。
なんでだろう、なんで私は泣きそうになっているの。
「久家くんです」
『よし。あと、小畑さんのことだけど食事には行ってない。あの後すぐに解散したからな』
「ん…」
感情の高ぶりを電話口の彼に伝わらないように務めたが、久家くんがどう感じているかはわからない。
「ごめん……変なこと言って。気分悪くさせたならごめんね」
非礼を詫びると、久家くんがしばし黙り込んだ。
その沈黙が少し不安になったが、久家くんは『……別に怒ってない』と返してきた。
『いいか、俺の優先順位は莉子が一番なんだ。それだけは忘れないでくれ』
とうとう私の視界は歪んでしまった。
嬉しいからだろうか。苦しいからだろうか。顔が熱い。胸が苦しい。
そんなこと言われたら自惚れちゃうじゃんか。
もしかして久家くんも私の事好きなのかなって。
勘違いだったらすごく恥ずかしいじゃん。
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