森宮莉子は突き進む。 | ナノ
種類の異なったものを組み合わせること。
がやがやと賑わう院内はいろんな人が行き交っていた。
患者としてここの病院にお世話になったことはあるが、こうして医学部生としての見学で立ち入るのは初めての事。何代にも渡って経営されている古い歴史のある病院だけど建て替えされて年数が浅いので、施設は綺麗なものである。
今日は大学の創立記念日の平日休みのため、休みを利用して久家くんの親御さんが経営している総合病院へ病院見学させていただくことになった。
ちょっと前に私が他の病院へ見学に行ったことを久家くんから聞かされたらしいおじさんから『うちにも見学に来ないか』と誘われたので、そのお誘いに乗ったというわけである。
ちなみに久家くんは本日不参加だ。「自分がいたら周りの人が気を遣うし、莉子の病院見学の邪魔になるだろうから」って理由で。
病院内部に入ることで外から見えない部分を見せられると。彼と私の立場の大きな違いを見せつけられた気持ちにさせられる。
彼はこの病院の院長の息子で、跡取り息子。
私はごく普通の平凡な医学生。彼の同級生で友人って立場があるおかげで、特別扱いはしてもらっている気がするが、その差は歴然だ。
関係者に挨拶したのち、朝カンファレンスに参加し、そのまま研修医の勉強会に参加させてもらった。
研修医の先生方は見学者の私にもいろいろ話題を振ってくれ、未熟な私の意見もしっかり聞き入れてくれた。現場に立つ先輩方のお話はとても参考になることばかりで、ノートにメモする手が吊りそうだった。
勉強会の後は職員食堂で一緒に昼食を取り、午後からは院内設備と研修医宿舎を案内してもらうことに。
「──あの、森宮先輩、ですよね」
そこに掛けられた声。
研修医の先生の説明を聞きながら院内を歩いていた私を呼び止めたのは、思いもよらない相手だった。
「……あなたは」
「小畑です、小畑心陽。同じ医学部の1年です」
そうだ、そうだった。
久家くんと親しい後輩の……
……なんでこの子が久家くんの家の病院にいるんだろう。
どこか悪いところがあるのかな。
そもそもなんで私を呼び止めたんだろう。
私の困惑など知ったこっちゃないらしい小畑さんはキッと私を睨みつけた。
「同じサークルの先輩にお聞きしたんですけど、久家先輩と付き合ってるわけじゃないんですよね?」
きつめの口調で発せられた言葉に私は固まる。
「……まぁ、そうだね」
「彼女じゃないなら、久家先輩から離れていただけませんか?」
……なんでよ、久家くんとあなたこそ仲良さそうじゃない。
久家くんとふたりで私の知らない話をしていたくせに。久家くんに優しくされてさ。
あなたこそ何なんだ。
そう言い返したいところをグッと堪えた。
今は病院見学中。周りの目もある。私情を持ち込んではいけない。
そもそもなんで後輩に行動を指図されねばならんのだ。
「……なんで? あなたこそ彼女じゃないなら、そんな牽制する権利ないよね」
その時の私の声は硬く冷たい声に聞こえた。
感情を抑えているつもりであったが、全然ダメだったようである。
私に反論された小畑さんはムッとした顔をしていた。そんな顔をされても所詮は3学年も下の後輩だ。全然怖くない。
「付き合う気がないなら私に久家先輩くださいよ」
「久家くんは物じゃない。そういう言い方良くないね」
彼女の発言に私は嫌悪に似た感情を抱いた。
久家くんをなんだと思っているのか。そこに久家くんの意志はあるのか。
そんなことを言うために私を引き留めたのか。
自分の力だけで頑張ればいいものを、他人に手を抜けと言っているみたいなこの子の発言に私は不快感を覚えた。
「…今は病院見学中だから。話がそれだけならもう行くね」
話しても拉致が明かない。
甘ったれた小娘の相手をしている暇なんかない。
ていうかこれ以上彼女と顔を合わせたくなかった。
いつもの私らしくないのは自覚している。
原因は理解していた。
これが嫉妬なんだと。私が久家くんを好きだからこんな嫌な気持ちになるんだと。
「逃げないでくださいよ!」
対話を拒否して踵を返したが、彼女はそれを阻止しようとした。
私の腕を掴んで物理的に阻止することも加えてである。
「あなた中途半端なんですよ! その気もないのに思わせぶりな態度で! 久家先輩が可哀想じゃないですか!」
怒鳴られるように叫ばれた言葉に私は固まる。
なんでこの子にそんな責められなきゃいけないのか。
中途半端って、思わせぶりって、久家くんが可哀相……?
「あなたがいるから久家先輩は私に興味を持ってくれないんです!」
私をまっすぐ睨みつける小畑さんの目は潤んでいた。
それだけじゃない。びしばしと久家くんへの想いが伝わってくる。
あぁ、この子は本当に久家くんの事が好きなんだな。
もしかしたら私よりも彼を好きなのかもしれない……
「森宮さん、そろそろいい? スケジュール押してるんだけど」
しびれを切らせたのか、研修医の先生から助け舟を出された。
無関係の人間に口を挟まれた小畑さんは驚いた顔をして目を丸くしていたが、それで冷静になったのだろう。痛みが伝わるほど握っていた私の腕を解放すると、「あっ…はいすみません」と言って引いていた。
研修医の先生に迷惑をかけてしまった。忙しい合間を縫って案内してくれているのに、恋愛沙汰で時間をロスさせちゃって……呼び止めたのは小畑さんだったけど、私ももっと上手にあしらっておけば……
「森宮さんってうちの院長先生の息子さんと同期なんだっけ?」
歩きながら声を掛けてきたのは研修医の先生だ。
「……はい」
「さっきの女の子と三角関係なの?」
めちゃくちゃドストレートに失礼なこと言われて私は閉口する。興味本位にしてもデリカシーなさすぎじゃないか。
流石に他の研修医の先生が「おい、下世話だろ」と窘めている。
「いいえ、そんなんじゃないです。彼と私は同級生なだけです。……安心して背中を任せられる戦友だとは思っていますけど」
「えー意味深じゃん、なんか怪しー」
「お前もう黙れ」
ニヤニヤと追及してこようとする先生は他の先生から無理やり黙らされていた。
今は学業が優先なんだ。恋愛にうつつを抜かす暇なんかどこにもない。
……いや、それはただの言い訳で、ただ自分が臆病なだけなのかもしれない。
恋愛でこれまでの努力が水の泡になることを考えると二の足を踏めない。
そして何より、久家くんとの関係が大きく変わってしまうかもしれないのが怖くてたまらないのだ。
◇◆◇
15時過ぎに臨床研修担当の先生と面談して、真面目な進路相談が雑談に切り替わった頃、そこにひょこっと登場したのは久家くんのお父さんだった。
「今日一日見学どうだった? 森宮さんは他の病院で内科外来と内視鏡検査の見学をしたって拓磨から聞いていたから、ちょっと違う形でスケジュール組ませてもらったけど」
「本日は見学にお誘いいただきありがとうございます。今日のことはとても勉強になりました。先生方もお忙しいのに色々親身になって教えてくださって感謝しています。先日見学させていただいた病院では見えない部分まで見えたことで、マッチングのために自分が最も重要視する部分が見えてきました」
「それはよかった」
私の回答に優しく微笑むおじさんはやっぱり久家くんの笑顔と被って見えた。顔立ちは似てないんだけど、やっぱそういうのは親子だから似てくるんだろうなぁ。
「そういえば小畑さんの娘さんに呼び止められて何か話していたらしいね?」
思わぬ指摘に心臓が小さく跳ねた。
ざわざわする心をようやく落ち着けたところだったのに蒸し返されてしまった気分である。
「すみません、見学中なのに私的な話をして時間をロスして」
「いやいや、相手方が強引に引き止めたって話だったから」
別に怒っているわけじゃないらしい。
トラブルがあったかどうかの確認だろうか?
……名前を知っているということはおじさんも知り合いなのだろうか。
「ご存じなんですね。小畑さんの事」
「うん、以前うちの病院で勤務医として働いてくれていた医師の娘さんで面識があるんだ」
なるほど、そういう接点があるのか。
勤務医としてここで勤めていたなら、今でもお父さん同士で交流があってもおかしくないもんね。
「あの娘さん……心陽さんといったかな。拓磨に好意を持ってくれているみたいだね。なにも薬物犯罪に巻き込まれそうなところを助けてもらったとか」
「……はい、サークルの飲み会で発覚して、拓磨さんが警察に通報したって」
そうだ、久家くんはいいことをした。先輩として当たり前のことをした。
後輩の子が犯罪行為に巻き込まれるのを事前に阻止した。怖がる女の子を車で家まで送ってあげた。
別におかしいことじゃない。紳士な所がある久家くんならそこまでしてあげてもおかしくない。
なのに私の心がもやつくのは、あの久家くんが他の女の子に親切にしているから。
女性嫌悪の気があって、あんなに女性に冷たかった久家くんが突き放しもせずに。
今までは私だけだったのに。醜い感情が湧いて出てきて嫌な気持ちになる。
「うーん若いっていいねぇ」
おじさんの呟きに私は「へ?」と間抜けな声を漏らした。
「いやいや、おじさんの独り言だから」
なんか意味深です。独り言にしては声が大きかったぞ。
「森宮さんには期待しているからね」
「ありがとうございます……」
今の流れから期待していますの言葉は脈絡がない気がするんだけど……悪い意味じゃなさそうなので、プラスの意味として受け取っておいた。
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