森宮莉子は突き進む。 | ナノ
恋の病に付ける薬はありません。
近くのコンビニで買い物をしてきた帰りに、妹が彼氏くんとキスしてる姿を目撃してしまった。
受験のためにバイトをすべて辞めた妹は、ここ最近彼氏くんの家で一緒に勉強することが多いようで、帰りは毎回家まで送ってもらっているようだ。
ふたりは恋人同士だ。キスくらいするだろう。人目を避けてしているのだから可愛いものだ。
これが赤の他人なら私もそこまで動揺しなかったのだが、血を分けた実の妹だったもんで衝撃を受けた。
私の足はそこから動かず、石になったように固まっていた。
いつものように平然とふたりに声を掛けてもよかった。だってあそこにあるのは私の家なんだから。
だけどできなかった。
邪魔してはいけないという気持ちと同時に、なぜか今の妹と顔を合わせるのが気まずかったのだ。
「莉子せんぱぁーい聞いてくださいよぉー」
別の学部、別のキャンパスだというのに目敏く私を発見した高野嬢が絡んできた。
私が何があったのか聞く前に彼氏が彼氏がとわめいていたので、また恋愛関係のトラブルらしい。
私に相談するなといつも言っているのになぜ私に言うんだ。私は恋愛事にはサッパリなんだぞ。
知らん、私に相談するなと冷たく突っ放そうと思ったのだが、高野さんの大きな目からボロッと雫がこぼれた瞬間を目撃してしまった。
「……今度は何。何が原因なの」
泣いている女の子を突き放すのは心が痛い。
しぶしぶ涙の理由を聞くと、高野さんは「彼氏が勝手に就職先決めていたんです!」とわめいた。
その発言に私は沈黙する。いや、真顔になったよね。就職先を決めて何が悪いのかって。彼女の言っていることが理解できなかった。
「……彼氏くんが自分の就職先を決めていたってこと? 別にいいじゃん……」
「だって彼氏が東京に就職するっていうから! 何の相談もなしですよ!?」
東京か。なるほど。
それなら彼女である高野さんになんの相談もせずに……というのはちょっと薄情すぎるかな。
でも、大企業はほぼ東京に集中しているから、そこに就職希望先があるなら仕方ない。
「就職したい企業があるなら仕方ないじゃん。新卒カードは貴重なものなんだし、彼氏くんの人生なんだからやりたいようにさせてやりなよ」
「でも相談くらいしてくれてもいいじゃないですか!」
「相談されたらどうするの? 高野さんは反対するんじゃないの?」
「だって東京なんて遠い!」
こんな流れを想像できたから彼氏くんは相談しなかったんじゃ……と思ったり。
いくら彼女と言えども聞けないこともあるだろうし。就活に集中したかったのかもね。
遠距離恋愛はうまくいかない可能性が高いと言われているしなぁ……
「それなら高野さんも東京に就職すればいいじゃん」
「そんな簡単に言わないでくださいよ! 私と彼氏は学部が異なるんです!」
そんなの知らんがな。学部を選んだのはあんたでしょうが。
もはや呆れを隠せなくなった。
私に共感してほしかったのだろうか。それなら選択ミスだよ。他の友達を捕まえてやり直しなさい。
「それにっ、最近他の女の子と仲良くしているみたいでっ」
彼女の悩みは解決できそうにないから、他の人に相談するように誘導しようと考えていると、高野さんが更なる悩みを打ち明けてきた。
他の女と彼氏くんが一緒にいるところを何度か目撃しているそうで、ものすごく親密そうで楽しそうに笑っている姿を見ていると、この女は誰なんだと追及する気が削がれるとかなんとか。
「今日も、用事があるからってお昼の誘いを断られて……彼、あの女と一緒にいるんです」
べしょべしょと泣き出した彼女は、美女と名高い美貌を台無しにしていた。
ていうか瞼がすでに腫れあがっているので私と会う前にも泣いていたのかもしれない。
「……で? 今どこにいるかわかるの? 構内にいるの?」
「大学食堂に……」
「ふぅん、じゃあ行こうか」
高野さんの彼氏を見たことがないので、ちょっくらその面を拝んでやろうか。
彼女の手首を掴んでぐいぐいと食堂のある建物に入ってあてもなくテーブル席を歩いていくと、高野さんの手がびくりと震えたのが伝わってきた。
また新しい涙をこぼしそうな彼女の視線が一か所に集中していたからすぐにわかった。
男性アイドルみたいな可愛い顔をした青年と、成人したての女の子が向かい合って楽しそうに笑う姿を確認した私は高野さんの手首を掴んだまま歩を進めた。
後ろで彼女が行きたくなさそうに「いや、ちょっと」と抵抗を示したので、私はため息を吐いてしまった。
「誰なのか聞けばいいじゃん。あなた彼女なんでしょ」
恋人ならその権利があるはずだ。もしも浮気なら、彼氏くんは責められて当然。高野さんは堂々としていればいいだけのことだ。
「だって、浮気相手と言われたら……」
立ち直れない。と小さくつぶやいた彼女。
意外である。サークルでは男性に囲まれて女王様みたいだったのに。自分の容姿に自信があるくせに恋愛では弱気になるんだ。意外と乙女っぽいんだなこの子。
私がまじまじと高野さんを見下ろすと、「な、なんですか」と高野さんが身じろいだ。
そうか、怖いのか。なるほど。
私はパッと彼女の手首を解放すると、ひとり前に進んだ。
「──ねぇ、君って浮気してるの?」
「は?」
「莉子せんぱぁい!?」
お話し中であることを無視して、単刀直入に青年に声を掛けると相手はポカンとしていた。
そして背後では高野さんの悲鳴のような声が。
「……あんた誰ですか?」
「高野さんの知り合い。どうも医学部4年の森宮です」
「あ、理学部3年の志島です……」
誰かと聞かれたので自己紹介をすると、相手もご丁寧に自己紹介してきた。
浮気相手(推定)の子は目を丸くして固まっている。
「お話し中ごめんね。彼氏が浮気している、進路のことで喧嘩したと彼女がうるさいから誤解なら早いところ解決してほしいんだけど」
後ろにいる高野さんを指さして事情を話すと志島くんはため息を吐いていた。
「この子は従妹です」
「浮気なら素直に吐いておいた方がいいよ。いとこ同士は結婚できるんだから」
「浮気じゃないです。従妹がちょっとサークルのトラブルに巻き込まれたから相談に乗っていただけです」
「だそうだよ、高野さん」
それを信じるかは彼女次第だ。高野さんに声を掛けると、彼女はグッと唇をかみしめて泣きそうな顔をしていた。志島くんは席を立つと高野さんに近寄って何やらなだめているようだった。
そもそもやましいことがないなら従妹だって事前に紹介しておけばいいのに。
◇◆◇
「それでぇ、私も東京の企業にエントリーすることにしたんです」
「へぇそうなん」
お礼が言いたいと言われたので食堂で待ち合わせると、長々とのろけられた。早々に飽きた私は講義でもらったプリントに視線を落として適当に相槌を打っていた。
この間彼氏と喧嘩したと泣きついてきたのにあれはなんだったんだろうか。
お礼じゃなくて幸せ自慢したいだけじゃないか。呼び出しに応じなければよかったと後悔した。
それにしてもこないだは怒りと悲しみの感情だったのに今日は喜びと……喜怒哀楽が激しいことで。感情に振り回されて疲れないんだろうか。
「……恋人ってそんなにいいもん? 外から見ていたら彼氏に依存しているように見えて煩わしく見えるんだけど」
ぶしつけな質問だとは思うが、のろけに嫌気が差した私はちくりと嫌味をぶつけた。
いや、純粋な疑問でもある。
周りを見ていたら恋愛というものは少女漫画の様にキラキラしているものではなく、悲しんだり怒ったりすることのほうが多い気がするんだ。
私の問いに高野さんはきょとんとしたのち、呆れたように半眼になった。
「莉子先輩だっていい人いるじゃないですかー。なんで私には関係ありませんって態度になるんですかぁ?」
「……は? いやいや、いないよ」
何の話。
この話の流れからしていい人ってつまり恋人的な意味だろう。
いないよ、存在したことないよ。恋人いない歴=年齢絶賛更新中だよ。
「私の目はごまかされませんよ」
否定するも高野さんは眼を鋭くさせて私を疑いの目で睨みつけてきた。
「どこかで聞きましたよ、久家さんのお見合い相手と対決したって。言い負かしたそうじゃないですか」
お見合い相手というとあの澤井娘の事だろうか。
対決というか……いや、あれも対決になるんだろうか。一方的に喧嘩を売られただけな気もするけど。
「あれは向こうが喧嘩を売ってくるから」
「それに久家さんのおばあさんに気に入られたって話も聞きました。ご実家の病院の名誉院長夫人らしいですね」
「それは」
絹枝さんが私と久家くんの間柄を勝手に誤解して、付きまとわれていただけだ。
救急救命の場で印象が変わったのか、未来の医師としてスカウトは受けたけど……気に入られていることに入るのだろうか。
眉間にしわを寄せて考え込んでいると、高野さんが机に頬杖をついた。
上目づかいで見つめてくるその瞳は真剣で、見ているだけで吸い込まれそうな力があった。
「……質問を変えますね、久家さんがお見合いをすると言われた時、どんな気持ちでした?」
「どんなって」
「お見合い相手と対面したとき、何を思いました?」
──気に入らないなって思った。
父親も娘も自分の欲ばかりで相手のことを全く思いやっていない。
久家くんが苦労するだけだから絶対に許さないって……
「独占欲が働いていたんじゃないんですか? 久家さんを他の女に盗られたくないって」
耳慣れない単語に私は目を丸くして固まった。
高野さんは困ったように小さく笑うと、ネイルの施された人差し指で、つんと私のおでこを突いてきた。
「──莉子先輩のそういう幼いところ、可愛くて私は割と好きですけど、あまり鈍感を極めたら他の女にかっ攫われちゃいますよ?」
……高野さんの言うことはまるで、私が久家くんの事を……
「──私は、久家くんのことが好き?」
呆然と呟くと、高野さんがにっこり笑った。
彼女の気に入る解答だったのだろう。
「恋愛に関しては先輩の私が言うんですから間違いないです! 莉子先輩は間違いなく無自覚に恋をしています!」
私にとって久家くんは。
学友で、安心して背を任せられる仲間で、特別な存在。親友だと思っていた。
だけど、それだけじゃなく私は彼に特別な感情を抱いているらしい。
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