清く正しく美しく! 三森あげはを夜露死苦!
イケナイお兄さん【後編】
「あげはちゃん、あれ食べる?」
嗣臣さんが指差した先にあったのはトルティーヤ屋さんだ。
「…嗣臣さん、さっきからごちそうになってばかりで悪いですよ…」
私は食べ終わった串焼きの竹串を持ったまま遠慮した。さっきから食べ物を貢がれまくってお腹いっぱいなんですけど…
「美味しそうに食べてるあげはちゃんが好きなんだ」
そう言って笑う嗣臣さんがキラキラして見えて、私の胸がキュンとときめいた。
…私も好きだ。
嗣臣さんが眩しい。私がまるで少女漫画のヒロインのように恋愛脳に陥っているとは知らない嗣臣さんがなにかに気づいたようにひらめいていた。
「そうだ、プリンの移動販売してるらしいよ」
「プリンですか!」
プリンと聞いたら黙っちゃいられないな。
私は嗣臣さんに誘導されるがまま、手をつないで移動した。
一番好きなのは花丸プリンだ。花丸プリンに勝るプリンに出会ったことがない。だけど美味しいプリンならなんでも食べてみたい。学生の作るプリンにも興味があるぞ。プリンと言うのならば別腹。お腹に命令を送り、プリン専用の胃のスペースを確保しておく。
「あっ西君!」
「えーっ、西君彼女いたの? 狙ってたのにー!」
プリンを販売しているのは嗣臣さんの知り合いだったようだ。彼女たちは私達の繋がれた手を見てがっかりしている。
私は恥ずかしくなってその手を離した。しかし、離した彼の手は私の背後に回って、ぐいっと腰を抱き寄せられた。
「すみません、俺この子に夢中なんですよ」
「!」
「やだーっ彼女羨ましい!」
「西君ってそんなこと言っちゃうんだー!」
突然のラブラブアピールに色めく女性陣。私は声も出ずに、固まっていた。「彼女真っ赤になってるよ」「初心だねぇ」と周りにからかわれている気がしたが、私の意識は腰に回された彼の腕に集中していた。
「西の彼女、美人だな。女子高生? 大人っぽいなぁ」
「いいでしょ、可愛いでしょ」
「デレデレしてんじゃねーよ、顔が溶けてんぞ」
「道理で女が寄ってきても歯牙にもかけないと思った」
嗣臣さんの男友達とも遭遇して紹介された。…彼女じゃないのに。私はこの状況についていけずに沈黙し続けていた。
さんざん周りから冷やかされても、嗣臣さんはニコニコ笑顔だった。むしろもっと冷やかしてくれって感じで煽る。私は恥ずかしくてただ置物のように固まっているだけだった。
……しかし、思ったよりも嗣臣さんは顔が広いな。大学という環境はこんなにも人脈を広げるものなのだろうか。…それとも、メガネという壁を取り払って、人を引き寄せてしまうのか…?
大学構内のベンチに移動すると、そこで私はプリンを食べた。本当ならプリンの味を堪能するはずだったのだが、もやもや感に襲われていた私にはそれを味わう余裕もなく、機械的にプリンを食すだけであった。
買ってもらったプリンを食べ終わり、空の容器を持ったまま私は考え込んでいた。嗣臣さんは隣で楽しそうに笑っている。
「…なんでメガネ止めたんですか?」
私の知らない世界に身を置く嗣臣さんが遠い人のようでちょっとさみしくなったんだ。それが、メガネが無いせいだと思うとなんだかもやもやするというか…
「なんでだと思う?」
私の問いかけに対して、嗣臣さんは妙にごきげんだ。
「…モテて困るって言ったじゃないですか」
だから女避けのためにメガネしてると言っていたのに、なんでメガネをやめてしまったのか。
「妬いちゃう?」
その言葉に私の頬に熱が差した。
…図星だ。そうだ、私は妬いているんだ。
私の知らない嗣臣さんを知っているここの学生たちにも、メガネという壁を取り払った嗣臣さんに寄ってくる女性陣にも嫉妬している。
……付き合ってないのに、彼に好きだと伝えていないくせに、一人前に嫉妬していじけているのだ。
私は今の嫉妬に歪んだ顔を見られたくなくて、プイッと顔を背けた。
また可愛くない態度とってる。私はなんでいつもこうなんだろう。そもそも可愛い態度ってなんだよ、どうしたら可愛い態度が取れるというのか……
隣でふふふと嗣臣さんが笑う気配がした。
「素直じゃないあげはちゃんも可愛いけど、たまには甘えてほしいな?」
嗣臣さんの手がこちらに伸びてくると、顎をそっと掴まれた。身を乗り出した嗣臣さんは私の顔に近づき、そして触れるようなキスをしてきた。
……ここは大学内のベンチだ。
大学祭が行われているグラウンドや建物からちょっとばかし隠れた場所にあるが、人が通らないわけじゃない。
私は文句を言ってやろうと思ったが、黒曜石のその瞳に至近距離で見つめられると言葉が出てこなくなる。恋愛脳モードに入った私はどきどきと胸が高鳴り、キュンキュンとときめくのだ。
「かわいいなぁ……」
そう囁いた彼は、私の手元にあった空のプリン容器を取り上げてそれを脇に置いた。その直後、ぐいっと私の身体を抱き寄せて再度唇を重ねてきた。
嗣臣さんの熱い唇が、プリンで冷えていた私の冷たい唇に当たってじんわりする。半開きだった私の唇にぬるっと舌が侵入すると、あとはもう彼の好きなように翻弄されるのみ。反射的に逃げる私の舌を捕らえて好き勝手にもてあそばれるのだ。
私は酸素を求めて悶えるものの、彼は解放を許さない。次第にぼんやりしていく頭。身体から力が抜けていく。抱き寄せられていなければベンチから転げ落ちること間違いなしであろう。
「ん…」
唇に吸い付かれ、ゆっくりと唇を離されると、私はぼやけた視界のまま彼の瞳を追った。
「…あーつらい」
嗣臣さんは一言そう呟くと、また私の唇に噛み付いてきた。貪るように奪われるキス。私は彼の首に抱きついて縋りつく。嗣臣さんが私の腰に回した腕の力は更に増して苦しく感じたが、私は黙ってそれを受け入れた。
離れたくない。身体が離れてしまったら寂しくて仕方ないから。
身体が熱くて仕方ない。
大学祭にはこんなことをしに来たわけじゃないのに、何をしているんだろう。
本当に嗣臣さんはイケナイお兄さんだ。
いつ人が来るかもわからない場所でこんな風に私の唇を奪って。
私がいっぱいいっぱいなのわかっているくせに私をたらしこんで……イケナイお兄さんである。
「…俺、狼さんになっちゃうかも」
嗣臣さんはそう漏らしていたけど、もうすでに狼になっていると思うんだ。
私はそんな彼の頬を手のひらで撫でて、自分からキスをしてみた。彼の身体がぎくりと固まったが、私は素直に伝えられない自分の想いを行動で示そうと頑張った。
好きという一言が素直に言えない弱虫な自分が出来る精一杯の可愛い行動である。
「もう…あげはちゃんってば…」
嗣臣さんが赤面するという珍しいシーンを目撃できてちょっと優越感。
しかし、負けず劣らず私の顔も真っ赤になっているのだろう。だってさっきからずっと自分の心臓の音がうるさいもの。
私がもう一度キスをしてあげると、嗣臣さんに仕返しとばかりに倍返しされた。
嗣臣さんがイケナイお兄さんなら、私はイケナイ女なのだろう、きっと。彼への気持ちを自覚してからは強欲な自分が暴走しはじめて止まらない。
恋って病は本当に厄介で、強欲で、悩ましいものである。