三森あげは、淑女を目指す!【紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ】 | ナノ



清く正しく美しく! 三森あげはを夜露死苦!
イケナイお兄さん【前編】



 ジュワジュワと音を立てる鉄板からはムワッと煙が上がる。その前に立つ青年は汗を流しながらも、調理しながら器用に接客もこなしていた。

「いらっしゃいませ」
「たこ焼き2つくださぁい! あとこれっ」

 女性客がたこ焼きを焼く青年に手渡したのは千円札2枚と小さな紙切れだ。それを受け取った青年は苦笑いして「そういうのお断りしてるので」とやんわり返却している。

 私はそれを遠くから眺めながら微妙な心境に陥っていた。
 たこ焼き屋の前には沢山の女性客の姿。お目当てはたこ焼きじゃない。接客している青年目当てだとわかる。ただ単純にたこ焼きを焼いているだけなのにこの集客率よ。
 大学祭があるから遊びにおいで、と嗣臣さんから誘われてドキドキしながらやってきた私の目の前に広がった光景は、さわやかにたこ焼きを売る嗣臣さんの前に連なる女性客の姿である。先程からアプリIDが書かれているらしいメモを手渡されては断り、逆ナンされ、写真を無断で撮影されている。

 そういえば彼は女避けのためにメガネをしていたはずなのに、ここ最近それを装着している姿を見ていない……メガネはどうしたんだ。つけてろよ。
 私がイライラムカムカして殺気を飛ばしているのが伝わったのか、彼がこちらを見た。

「あげはちゃん!」

 男の笑顔に対する表現にしたらいささか華やかすぎるが、まさにお花が開いたような笑顔であった。私を見つけた嗣臣さんはわかりやすく喜んでみせた。
 それを直視した女性陣は一斉に私に鋭い視線を送ってくる。私はそれに少しだけビビったが、ちょっとばかりの優越感もあった。小さく手を振ってそれに応えると、嗣臣さんも振り返してくれた。

「なによ彼女持ちか…」
「西君、彼女いないと思っていたのに……」

 私の前に並んでいる女子大生がブツブツ言っている。嗣臣さんに彼女いないのは正解だけど……余計なことは言うまい。
 長い行列を順番待ちしてようやく先頭に辿り着くと、嗣臣さんがニコニコしながらたこ焼きの入ったパックを差し出してきた。

「あと15分で上がりだからこれ食べて待ってて」
「お金…」
「いいよ、俺が出しておくから」

 財布からお金を出そうとしたが、嗣臣さんが奢ってくれた。
 ねじり鉢巻でたこ焼きを焼くその姿は普段は見られない姿。そのギャップに私はドキドキしていた。たこ焼き屋スペース隅の空いているベンチに座っていいよと誘導されていると、背後でチッと複数の舌打ちが聞こえた気がしたのは……気のせいであろうか。

「西君てばいつも飲み会参加しないよねー」
「まだ未成年ですから」

 ベンチに座ってたこ焼きを頬張っていると、後ろで逆ナンされる嗣臣さんと客の声が聞こえてきた。
 飲み会。この辺は高校生と違うところだな。嗣臣さんは比較的自由めなサークルに所属しているみたいで、あんまりそのへんの話を聞かせてもらったことがない。
 大学といえば、出会いの宝庫だと聞く。…彼は、他の女性に言い寄られてふらっとしないのだろうか……言うなれば私は2個下だし、決して可愛げのあるタイプじゃない。そんな私を好きだっていう彼の気持ちを疑うわけじゃないが、こうしてモテている姿を目の当たりにするとちょっと疑ってしまうよね。

「おい西、交代だ」
「ありがとうございます」
「えぇー! 西君上がりなのぉ!?」
「並んでたのにー!」

 交代人員がやってきて嗣臣さんに声をかけると、途端に並んでいた女性客がブーイングを始めた。嗣臣さんは平謝りしながら売り場を出ていく。
 「店番が西君じゃないなら、たこ焼きいらなーい」と言って帰っていく人もいて、交代した人が可哀想に思えてきた。ただたこ焼きを焼いているだけなのに……
 わかっていたけど流石色男。嗣臣さん、めちゃくちゃモテますね。

「あげはちゃん、サッと着替えてくるからもうちょっと待っててくれる?」

 ちょうどたこ焼きを頬張ったタイミングで声を掛けられた私はコクリと頷くことで返事をした。
 10月。秋になったといえど、日中はまだまだ暑く、鉄板と戦ったとなれば汗だくにもなるであろう。嗣臣さんは暑そうにTシャツの襟元を持ち上げて風を送りながらどこかに消えていった。

 私は残ったたこ焼きを黙って食べ終わると、冷えたペットボトルの緑茶を飲んで一息。嗣臣さんの作ったたこ焼き美味しかったな。形もきれいだったし……ほんと、私女子力完全に負けてるわ…

 嗣臣さんを待っている間、暇つぶしにスマホを眺めていた。そんな私の目の前にフッと影がさす。
 てっきり嗣臣さんが戻ってきたのだと思ってパッと顔を上げると、そこには知らない人が立っていた。20代くらいの男性だが……誰だ。

「ねぇ君、トイレどこにあるか知ってる?」
「…え?」

 知らない男からトイレの場所を聞かれた私は思わず怪訝な顔をしてしまった。
 私はここの学生じゃないので知らないし、男子トイレなら後ろでたこ焼き焼いているお兄さんに聞けばいいだけのことだ。なぜ女子である私に聞くのか。

「え…知りませんけど」
「じゃあ一緒に探してよ」

 何いってんだこの人。トイレなら一人で行けよ、いい年して一人でトイレに行けないんですか。
 私は首を横に振ってお断りした。
 だって怪しい匂いしかしないのだもの。

「ほら」
「!」

 ベンチに座っている私の腕を掴んで無理やり立たせようとする男。何だこいつ! 強引なナンパなら、容赦しないぞ!
 私は片方の拳を握りしめて構えた。

「ちょっと、この子になんか用?」

 しかし私のこぶしがその男に到達する前に、割って入ってきた人物によって、私とその男は引き離された。
 ──眼光で人が殺せそうなくらい、凄みのある視線を彼からぶつけられた男はサァッと顔を青ざめさせると「んだよっ」と裏返った声で悪態を吐き捨てて逃げるように去っていった。

「全く…人のいるところでよくもまぁ……大丈夫? あげはちゃん」
「大丈夫です。…トイレの場所を教えてもらうって手法のナンパってダサいですよね」

 私ならあんな男ボコボコに出来たから問題なけど、全く情けない。あんな方法でナンパ成功するとでも思ってるんですかね、と呆れてみせると、嗣臣さんがぎくりとこわばった表情を浮かべていた。
 私が訝しんで彼を見上げると、嗣臣さんは明後日の方向を睨んで「あの野郎…ぶっ殺す」とドス低い声で唸っていた。なんだ、急に元ヤンモードに入ってどうしたんだ。
 私の視線に気づいた嗣臣さんは眉を八の字にして困った表情を浮かべると、肩をすくめていた。

「あげはちゃんは自分のことになると鈍感になるよね…どうして気づかないのかな?」

 首を傾げて、言われた言葉に私は眉をひそめた。
 一体何の話をしているのか……

「だめだよ、ああいう人は人のいないところに連れ込んでイケナイコトするんだからね」

 いけないこと……? 人のいないところ……
 それは…

「…嗣臣さんのことですか?」

 人気のいない場所で彼からキスをされたことを思い出した私がそれを指摘すると、嗣臣さんは「そうとも言えるけど…耳が痛いなぁ」と否定せずに苦笑いしていた。

「とにかく、ああいう輩なら遠慮なくボコってもいいからね。俺が許す」

 なぜか不埒な男に対する教育的指導にゴーサインを出された。
 どういうことなのか聞こうと思ったけど、嗣臣さんから溢れ出す怒りのような圧力に私は何も聞けなくなったのである。


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