三森あげは、淑女を目指す!【紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ】 | ナノ



三森あげはは淑女になりたい
曲がったことは大嫌い! 私の名は三森あげはだ!【3】



 ──ドゥルルルル…
 家の外で、郵便配達員のバイクのエンジン音が鳴り響く音が聞こえた。
 そして私は部屋のベッドに潜り込んだまま息を潜めていた。

 自宅待機という名の停学を申し付けられてから3日だ。何かをする気も起きず、ずっとベッドの上の住人をしている。気分はアレだ、長年引きこもりをしている人と同じである。
 私はずっとこのままなのであろうか。このまま停学処分となって、世間様に顔向けができなくなり、親の脛をかじりながらひっそり生きて……5080問題になったときに大変なことをしでかす困ったおばさんになるのか……? うちの場合親が若いので、更に悪化して6080問題になるだろうけど…

「あげは! いつまで腐ってんだい!」

 感傷的になっている娘の気持ちなど知らずに、バァーンと部屋の扉を開けたのは我が母だ。

「ほらさっさと起きな! いつまでも引きこもってたって何も変わりゃしないさ!」
「…布団から出ても何も変わらないよ…」
「四の五の言わずにとっとと出るんだよ!」

 お母さんには私の気持ちなんてわからないらしい。布団を剥ぎ取ると、ダンゴムシ状態の私を無理やり起こして部屋の外に追い出したのだ。
 廊下に追いやられた私は三角座りしてうなだれていた。三森かぶとむしじゃなくて三森だんごむしに改名しちゃうぞ…
 お母さんはブツクサ文句を言いながら私の布団を撤去していった。今日は天気がいいから天日干しにするそうだ。

 締め切っていたカーテンと窓が開け放たれ、そこから新鮮な空気が入ってきた。
 10月、まだまだ暑い日もあるが、すっかり秋の空気になった。



「停学がなんだ! 父ちゃんなんか停学の常連だったぞ?」
「お父さんと一緒にしないで。ごちそうさま」
「なんだ、もう食べないのか? ダイエットか?」

 お昼に一旦仕事場から戻ってきたお父さんと一緒に昼食をとっていると、こんなことを言われた。父のデリカシーのない発言にイラッとした私は、もともとない食欲が更になくなったので食器を持ち上げてさっさと片付けた。
 腑に落ちないのは……札付きの不良である我が兄・琥虎は一度も停学処分を受けたことがないってことだ。私よりも明らかに暴走しているくせに……要領がいいってことなのか…? ただ兄の学校の判定がゆるいだけかもしれないけど…

 私は深いため息を吐いた。
 いつ、お許しがいただけるのだろう。
 …友人たちはどう思っているだろうか。
 …私は、どうなるのであろうか…… 

「あげはちゃん」

 誰かに名前を呼ばれたのでノロノロと顔を上げると、そこには進学校の制服に身を包んだ眼鏡の青年がいた。
 彼の目元を覆い隠していた前髪はサッパリ短く切られており、爽やか眼鏡青年へと変貌しているではないか。
 ……なぜウチにいるのであろうか…

「……嗣臣さん…? どうしたんです。まだお昼ですけど…」
「今うちの学校テスト週間だから今日終わるの早いんだ。…気分転換にちょっと外に出てみない?」

 なんだろう。ここ数日間塞ぎ込んで引き篭もっていた私のことを心配してくれているのだろうか。

「外に出るったって…私一応停学中なんですけど」

 知っているだろう。恨みを買った相手から通報されて停学中だと。

「別に遊びに行くわけじゃないよ。見せたいものがあるんだ」
「……?」

 彼の言い分が何か含みを持たせているように聞こえて、私は怪訝な顔をしてしまった。見せたいものってなんだ? 
 促されるがまま、寝巻から外出着に着替えて身だしなみを整えると3日ぶりに家の外へ出た。真夏でもないのに太陽が眩しく感じて私は目を眇めた。

「まずは…そうだな。あっちからいってみようか」
「…どこに行くんですか?」
「どこだと思う?」

 行き先は一つではないみたいな言い方だな。行き先を聞いても逆に質問し返されるし。何なんだ。
 嗣臣さんについていくままに移動していると、歩き慣れた道を進んで行く。到着したのは普段利用している駅で、そのまま普段乗っている電車に乗り込んだではないか。
 とは言ってもこの時間に電車に乗ることはめったに無い。お昼の時間だからか電車の中は空いていた。電車の中でも嗣臣さんは何処に行くのは一切語らなかった。

『雪花女子学園前ー、雪花女子学園前ー。降り口は右側です…』
「よし、降りようか」
「えっ?」

 私の戸惑いなどどうでもいいのか、嗣臣さんは私の手を引っ張って電車から降りた。
 なぜ私の通う高校の最寄り駅で降りるのか…私は停学中なので高校には入れないんだよ……
 普段通っている道なのに、とても肩身狭い。私は学校関係者がいないかキョロキョロしながら歩いた。停学中に外をうろつくのは印象が良くないじゃないか。
 もしかして学校に連れて行かれるのかな。そんな事されても困るだけなんだけど…

 私は嗣臣さんの後ろ姿を見つめながら無言でついていった。彼の足は迷いなく進んでいく。細かく入り組んだ迷路のような道に入ると、経年劣化したボコボコの地面や、足場の悪い古い家が集合している住宅街にでてきた。
 ここは雪花女子学園の裏手にある。雪花女子学園が建つ前から家を構えていた家庭も恐らくあるだろう。今風のおしゃれな住宅ではなく、時代を感じる家々。住んでいるのも、親の家を受け継いだ中年の人やお年寄りなど年齢層も高い。
 ここは坂道も多く、道が悪い。しかも車が一台通れるくらいの狭さである。最寄り駅は比較的近いが、スーパーまで若者の足で徒歩20分。車を持っていないお年寄りにはなかなか大変な場所である。
 時々雪花女子学園一同奉仕活動でボランティアとして困っている人をお助けしているが、その場しのぎにしかなっていない現状である。

「おいこらジジィ! あぶねーぞ!」

 とある一軒の古びたお宅の玄関先が全開されていた。そこから響いてきたのは乱暴な物言い。若い声だな、お孫さんだろうか…と私がそちらの方にちらりと目を向けて……カッと見開いた。

「電気が…」
「アホぅ、ヨボヨボしてんだからそんなん俺に言えっつの」

 その男は脚立に乗り上がったおじいさんを支えながら下ろしていた。乱暴な言い方だが、おじいさんを扱うその手は丁寧であった。不良でもお年寄りはソフトに扱うらしい。

「あっ、赤モヒカン!? あんた何してんの!?」
「あげはさん! こんちゃっす!」

 おじいさんの代わりに電球の交換をしていたのは、毒蠍のリーダー、そして舎弟志願の赤モヒカンであった。
 目の前に映る光景の情報が多すぎて私は混乱していた。

「え、えっと…君のお祖父さんかな?」
「え? 知りません。よその爺さんです」
「???」

 何故よその爺さんの家の電球を換えているんだ君は。
 赤モヒカンは電球を換えたお礼としてトマトジュースの缶を差し出されていたが、それを断っていた。トマトジュースは苦手なんだそうだ。

「…なんで他人の家の電球替えてるの?」

 赤モヒカンに問いかけてみたら、赤モヒカンは眉間にギュッとシワを寄せた。整えすぎて消えかかっている眉毛。そういう顔をすると余計に不良さが増すが、ここ最近迷犬ぶりを発揮している赤モヒカンはあまり怖くない。

「これは、俺なりの禊っす。あげはさんの汚辱は必ず晴らしますんで!」
「…はぁ?」
 
 禊って。
 なんなの、あんたがボランティアしたら私の汚辱とやらがキレイになるってのか。
 赤モヒカンはこの家の庭の草むしりをしていた途中らしく、「草むしり途中なんで失礼します!」と頭を下げると自分に課した任務に戻っていった。
 よくわからないが、悪いことをしているわけじゃないので放っておく。

「他にも何人か同じようにボランティアしているはずだよ」

 嗣臣さんにはこの状況が把握できている様子。私にはサッパリだ。何なのこの状況。どういうことなのよ。

 その家を離れて、またぐるりと細く曲がりくねった道を進んでいく。
 嗣臣さんは危ないからと先程から私の手を握って引っ張ってくるが、私はそこまで鈍くさくない。嗣臣さんってこういう所あるよね。急に子供扱いされても困るのだけどな。


「んだ?てめぇ…」

 その不穏な声は横から聞こえてきた。
 ん? と疑問に思って首を動かすと、塀で囲われた家の庭にそれはいた。リーゼントヘアのその頭。私には見覚えがありすぎる。

「宝石買取訪問販売だぁ? ババァがそれは死んだダンナに買ってもらった大事なもんだって言ってんだろうがぁ。何だよ査定千円って。無理やり指から引っこ抜いて馬鹿かテメェ」

 ふざけんじゃねーぞ! と誰かを威嚇してるのは、同じ中学に通っていたリーゼント軍団のリーダー。自称舎弟だ。奴はスーツ姿の20代くらいの男性に対してガンを飛ばしているではないか。
 片手に金槌を持って。

「お、お孫さんですか…?」

 たくさんの宝飾品を前に、電卓を手にしたスーツ姿の男性は引きつった顔でリーゼントを見ている。リーゼントは鍛えに鍛えた眼光を飛ばすと、チッと大きく舌打ちをした。

「おう、ババァ、ケーサツ呼べよ。詐欺って言えばケーサツすっ飛んでくるから」
「失礼な! 詐欺なんかでは…!」
「宝飾品を無理やり買い叩く詐欺業者がいるって聞いたんだけどなぁ。違うならサツの前で弁解してみろよ」

 リーゼントが首をぐるぐる回してウォーミングアップのような動作をすると、それにビビった業者らしき男性は宝飾品の数々から手を離した。
 年代物の男性用腕時計に、指輪が数種類、ネックレスにブレスレット、洋服に飾るブローチなど、実際にお店で購入すれば高い値段がするであろう貴金属。
 ターゲットにされていたお婆さんはいち早くひとつの指輪をしっかり掴んで自分の指にはめ直していた。それが亡くなった旦那さんに買ってもらった大事な指輪なのか。

「あっあげは姐さん! ちょうどよかった。こいつボコっていいですか?」
「…止めときなさい」

 ボコったらあんたがお縄になることになるぞ。とりあえず金槌を置いてから話をしよう。
 リーゼントの意識がこっちに向いた隙を狙って、業者は慌てて逃げるようにして走り去っていった。

「あっ! 逃げやがった!!」

 リーゼントは不完全燃焼だったようだ。業者を追おうとしていたが、それを私が手で制したので留まっていた。

「あらぁ、直してくれたのねぇ! ありがとうねぇ!」

 お婆さんは詐欺被害に遭いかけたというのに、彼女の意識は修理済みの年代物家具に向いていた。
 …なぜリーゼントが金槌を持っていたかと言えば、庭で家具を修理してあげていたようだ。このリーゼント、工業高校へ通っているので、実はこういう修理系が得意なのだ。

「お礼におみかんあげようね」

 お婆さんはそう言ってリーゼントの学ランのポケットに小振りなみかんを数個詰めていた。まだまだ青い…早生みかんだろうか。
 彼女はほわほわと穏やかに笑って……先程のことなど綺麗サッパリ忘れてしまっているようだ。

「ポケットにいれんなババァ!!」

 お年寄りというものは食べ物をあげたくなる生き物なのであろうか。
 リーゼントの学ランのポケットは不自然に膨らんで不格好に見えるが、なんだかほのぼのしており、私までほんわかしてしまった。

 だけどやっぱり思うのだ。
 なにしてんだこいつら……って。


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