三森あげはは淑女になりたい
曲がったことは大嫌い! 私の名は三森あげはだ!【2】
「覚悟ー!」
おかしい。
「潰せー!」
うん、おかしい。
「背後から殴ってしまえ!」
襲撃の回数が頻繁過ぎる。
私は拳を振りながら考えていた。
我が兄とその悪友たちにやんちゃしすぎだボケと文句を付けたのだが、ここ最近は大人しくゲームして過ごしてると返ってきた。
……言われてみればそうだな。家に帰ればいつもオンラインゲームで盛り上がり、週刊雑誌を読み、タダ飯喰らいをする不良共の姿がある。
…じゃあこの度重なる襲撃はなんなのだということになる。
だけど襲撃者らは大して強くないから軽く殴ったら負け惜しみ言ってどこかに逃げてくんだよね。
「何だよあの女! 5人がかりでも倒せねぇ!!」
「強すぎるぅぅ!」
今日も同じように軽くボコったら半泣き状態で逃げていく野郎ども。
今日の相手は隣町の高校の制服だった。そのうちの1人は坊主頭で手のひらにマメの痕が見られたので野球でもしてるのかと尋ねるとすごくビビっていた。どいつもこいつも腕力はあるが喧嘩慣れしておらず、簡単に叩き潰せた。
誰に頼まれたか吐かせようとしたが中々口を割らない。ただ1つ言えるのは、同じ人間が襲撃してくることはないってことである。
「あげはちゃん、また襲撃されたの? 怪我は?」
「大丈夫です」
びっくりした。いつから見ていたんだろうこの人。戦闘直後で気が立っていたはずなのに気配に気づけなかった。
真面目スタイルの嗣臣さんは私の顔やら身体手足をまじまじと観察して怪我がないのを確認するとホッと息をついていた。
「強いのはわかってるんだけどね……心配でたまらないよ」
「襲撃してくる奴らが悪いんですよ。嗣臣さんはまたうちに来たんですか?」
彼はこの地域に住んでいない。あまり彼の家の話は聞かないが、彼も他の不良共と同じく家が複雑らしい。頻繁にうちにやってきては夕飯を共にするのが常になっているが、一応彼は高校3年生。バリバリの受験生のはずなのだが大丈夫なのだろうか。
「うん。あげはちゃんの顔見に来たんだ。今日の夕飯はイワシのつみれ汁と唐揚げだよ」
そう言って嗣臣さんが持ち上げた腕には白いスーパー袋が。…またお使い頼まれていたのか。
家でも積極的にお手伝いする嗣臣さんをお母さんもここぞとばかりにこき使っている。両者がそれでいいなら構わないが……この健気さを我が兄やその他不良共も見習えばいいのに。
進む方向は一緒なので、嗣臣さんと肩を並べて家まで歩を進めた。
私はちらりと彼の生真面目スタイルな顔を見上げた。
「なぁに? 俺の顔になにか付いてる?」
「前から思っていたんですけど、前髪鬱陶しくないですか? …前髪はもう少し短くしたほうがいいと思います」
男というだけで不審者扱いされる世の中だ。自分の身を守るために敏感になりすぎて、無実の人を犯罪予備軍に仕立てる世の中だ。
少し彼の格好が心配になったので提案してみると、メガネのレンズ越しの嗣臣さんの瞳がぱちくりと瞬きした。
モテすぎて困るから偽装しているとは言うが、いかんせんモサく見えるのは損なだけだと思うのだ。
「…短いほうが、あげはちゃんは好き?」
「……短いほうが、爽やかになると思いますよ?」
「じゃあ切ろうかな」
なんだか嗣臣さんはご機嫌になった。何が嬉しかったのかは知らないが、彼は前髪を切ることにしたようだ。
モテすぎて困るから擬態しているとは聞かされているけど、彼は全体的に顔立ちが整っているので、それに気づいている人はいると思うんだよね。
……具体的にどのくらいモテるんだろう。嗣臣さんの浮いた話って聞かないけど。
■□■
【1年ゆり組、三森あげはさん、至急学園長室までお越しください】
──その呼び出しは突然だった。
職員室飛び越していきなりの学園長室。…もしかして度重なるミサ中の居眠りを直々に叱られるの…!?
日頃の行いを思い返した私は思い当たる節がありすぎて頭を抱えたくなった。クラスメイトや友人たちの視線に見送られながら教室を出ると、重い足を動かす。
…でも、居眠り程度で学園長直々に叱責ってありえないよね? …別の理由があって呼び出されたのであろうか…
普段近寄ることのない学園長室の前にはシスターがいた。私を待ち構えていたらしい。彼女が学園長室の扉をノックすると中から応答があり、私は「失礼いたします。1年ゆり組、三森あげはでございます」とこの学校流の入室方法で挨拶をした。
「どうぞ、お入りなさい」
扉を開いた先には、シスター服に身をまとった老女がいた。彼女こそこの雪花女子学園の学園長である。
彼女はここの卒業生であり、母校の教職を目指して教師になってからはずっとこの学園にいるそうだ。お年を召した女性なのだが溢れ出すラスボス感が半端ない。その落ち着き、そのオーラでいつも圧倒される。
学園長は穏やかなお顔で私に席を勧めた。私は勧められるがまま、応接席に腰掛ける。
何を言われるのだろう。一体何を……
私は不安で仕方がなかった。まさか淑女らしからぬ私に退校処分を告げるのではとヒヤヒヤしていたのだ。
そんな私の胸中を察していたのか、学園長はごちゃごちゃした挨拶はせずに、静かに要件を話した。
「……三森あげはさん、あなたに暴行を加えられたという被害者から匿名の通報が入っています」
「えっ……」
通報…? 匿名の通報って…?
「電話を受け取った事務員によると、相手は男性…恐らく学生であろうと。…心当たりはありますか?」
全身の血が凍り固まった。
心当たりがありすぎてどのことを言えばいいのか…!
どいつだ? ここ最近のことだ…わけのわからない襲撃者…?
クラスメイトの綿貫さんがSNSで出会った相手とトラブルになった件?
はたまた…舎弟希望の不良共……いや、それはないな。
桜桃さんの件では女子高生だけだったから違うだろうし……
…それとも……兄貴ら不良共を逆恨みした輩の嫌がらせか?
……一体誰なんだ!?
──だけど私が暴力を使った事は間違っていない。大人しく罪を認めた。
「…はい……否定はいたしません。ですが言い訳をさせてください。…私は正当防衛のつもりでした」
言い訳するなら、全て相手方から喧嘩売ってきたのを防御しただけだ。本来私は暴力なんて嫌いなんだ。自分から喧嘩を売る真似はしてない……と思う。
「…理由がどうであれ、暴力を振ったことは否定しないのですね? …暴力はいけません。相手だけでなく、あなた自身を傷つけることになるのです。決して褒められた行いではありません」
「……おっしゃるとおりです。申し訳ありません」
あぁ…私は退学処分になってしまうのか……
「ですが、正直に罪をお認めになられたことは評価いたしますよ。…三森さん、あなたにはしばらく自宅待機を命じます。自宅で静かに自らの罪と向き合いなさい……あなたが真に反省をすれば、神はあなたを見捨てないでしょう」
神…か。神を信じていない私にご加護があるのだろうか。
「お話は以上です。退室してくださって結構ですよ」
学園長に穏やかに退出を促された。同席したシスターには荷物をまとめたら帰宅してよろしいと告げられ……私は学校を追い出されてしまったのである。
自宅待機という名の停学処分を申し付けられてしまった。私はガクリと項垂れた。
自分の身を守るために、誰かを庇うために振るった拳。だけどそれは周りからしてみたらただの暴力。
私の周りには荒くれ者ばかりが寄ってくる。どんなに逃げようと、それはつきまとって離れない。
…どうしたら良かったんだ?
やはり、私が淑女なんて無理な話だったのだろうか?
この雪花女子学園にふさわしくない落第者だと通達されたような心境に陥った私はトボトボと学校を後にしたのであった。