三森あげはは淑女になりたい
鈍感なアゲハ蝶【三人称視点】
鈍いあげはは気づいていなかったが、親友の茉莉花は気づいていた。
茉莉花は極度の男性恐怖症だ。それ故に自分に向けて送られる視線にも鋭かった。
──目の前にいる男は、あげはにしか興味がない。だから自分に害をなさない相手だと判断したのだ。ここまであからさまなのに気づかない親友あげはの鈍感加減に軽く引きながらも、心強いボディガード(いちゃついているけど)がついたことで安心してお祭り巡りができるようになって茉莉花は安心した。
あげはや自分を見てくる男がいても、嗣臣が目を光らせたらすぐに撤退するのだ。ここまで心強い存在はいないだろう。
輪投げゲームに興味が湧いたあげはが楽しそうにゲームに興じている姿を見守りながら茉莉花と嗣臣は無言で佇んでいた。
先程からずっとあげはしか見ていない嗣臣。茉莉花にもクロワッサンたい焼きをおごってくれた辺り気遣いはできるが、あくまで視線はあげはにだけ。あげはが喜ぶことをしているのだ。
ここまで貫いているといっそ清々しさを感じる。
彼はあげはの兄の友人だと聞かされた。ということは、不良なのだろうか?と茉莉花は思ったが見た感じでは真面目な青年に見える。その顔はものすごい美形だが、どう見ても不良には見えない。
しかし、先程しつこいナンパに捕まっていた時のあしらい方は……
そう考えて茉莉花はフッと考えるのをやめた。
「…あげはちゃん、鈍いですよ? 恋愛体質でもないですし」
単刀直入でカマをかけてみた。
どんな反応が帰ってくるかなと茉莉花は横目で観察していると、嗣臣は薄笑いを浮かべていた。その視線はあげはに一直線である。
「よく知ってる。長期戦で行くから大丈夫」
そう言って嗣臣は輪投げに奮闘するあげはのもとに近づいていった。
ものすごい自信である。ものすごい惚気を言われた気分になった茉莉花はハァッと息を大きく吐き出した。…もしかしたらあげははとんでもない人に目をつけられているのかもしれないと脅威を抱いたのだ。
手取り足取り輪投げ指導して密着しているのにあげはは全く気にもとめていない。茉莉花にはバカップルが仲良く輪投げしている風にしか見えなくて、ついつい生暖かい視線を送らざるを得なかった。
締めくくりと言ったら何だが、最後にかき氷を食べようってことでまた嗣臣のおごりでかき氷を食べていたときのことだ。
「台湾風かき氷も美味しそうだなぁ」
「一口食べる?」
シンプルなかき氷のイチゴを買ってもらったあげはの唇が真っ赤になっていた。冷たいもの、そしてイチゴ味を食べているので仕方のないことなのだが…
そんなあげはを見た嗣臣は目を細めて、獲物を狙う目でこう言ったのだ。
「甘くて美味しそうだね」
「? 食べます?」
あげははその視線に気づいていないのか呑気にかき氷をスプーンに掬って差し出していた。
「ありがとう」
嗣臣はそういう意味で言ったわけではないが、折角あげはが食べさせてくれるチャンスのだ。ためらいなくかき氷を一口食べていた。
台湾風かき氷を食べていた茉莉花はヒヤヒヤしていた。
長期戦で行くとは言っていたが、じわじわ追い詰める気満々じゃないかと。
あげはは気づいていない。嗣臣の距離は兄の友達の距離ではないと。
あげははまだ恋を知らない。だから嗣臣は長期戦で行くと言っているのだ。
茉莉花は思うのだ。時間の問題だなと。
あげはは全く意識していないが、別に嫌がっているわけではないので様子見しておこうと。
夏の夜はまだまだ長い。
恋の花火は消えることなく、燻り続けるだけである。