三森あげは、淑女を目指す!【紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ】 | ナノ



三森あげはは淑女になりたい
自由に羽ばたく彼女が好きだから・後編【西嗣臣視点】



『…また、増えてる…』
『あげは! 紹介しよう! 兄ちゃんのダチの嗣臣だ!』

 出会った頃から彼女はいつもしかめっ面な印象だった。綺麗な顔なのにそれが残念だなといつも思っていた。不良という存在が苦手なのか、琥虎の友人という友人に塩対応をするのは琥虎の実妹あげはちゃん。
 なぜそんなにも苦手がるのか聞いてみたら、兄の悪名のせいで中学で怖がられてボッチなのだという。

 はじめは、琥虎の妹という認識だけだった。ちょっとばかし喧嘩の強い、年下の女の子。
 妹がいたらこんな感じなのかな、とも思ったこともある。こんなに腕っぷしの強い女の子はめったにいないだろうけど。自分よりも身体の大きな柄の悪い男に囲まれても簡単にのしちゃうんだ。多分そういうとこが周りに怖がられてるんだけど、正当防衛だと言われたら何も言えない。

『あげはちゃん、雪花女子学園目指すの? うちの高校に来たらいいのに』
『私は淑女になるんです。不良と後ろ指差される過去とおさらばするんです…!』

 いつも適当な琥虎と違ってあげはちゃんは勤勉家だった。中学の成績はいつも上位。俺の通う高校を狙える範囲だったけど、彼女は今の現状を嘆いていた。自分のことを知らない人がいる環境に身を投じたいと話していた。
 まぁ、自分が何もしていないのに周りから人が離れていくのは辛いし、やってもないことを脚色して噂されるのは誰だって辛いであろう。

 雪花女子学園も偏差値は高い。だけど淑女教育に力を入れている特殊な学校なので、進学面ではうちの高校よりは不利になるはずだ。それでも彼女は我が道を歩むという。

『…選べるあげはちゃんが羨ましいよ』

 現状を変えるために行動できる自由があるのだ。そんな彼女が羨ましかった。
 俺の言葉にあげはちゃんはパッチリした目を丸くして不思議そうな表情を浮かべていた。

『…? 選びたいなら嗣臣さんも自分で選んだらいいじゃないですか。行きたい大学に行けばいいんです』
『親がね、うるさいんだよ』

 家が複雑な人間なんて探せばいくらでもいる。仲間の中にはひどい虐待を受けてきた奴もいる。それと比べたら俺の悩みなんて些細なことだ。
 2年に進級した際に文理選択でクラス編成があったが……そのことで親に大学進学についてチクリと言われたばかりだったのだ。親は東京の大学へ進めというが、俺は地元の大学に進学したかった。なにも親元から離れたいとかそんなんじゃない。
 居心地のいい、この場所から離れたくないと思ったんだ。唯一息を吐き出せる居場所から離れたら、どうにかなってしまいそうだったから。

 自分でも甘えた考えだなと思っていた。
 わかってるんだ、東京の大学のほうが色んな面で有利だって。だけど勉強ならこちらでもできる。地元にも企業はたくさんある。親の言うとおりの人生を送るのは癪だって反抗心が抑えられなかったんだ。
 だけど俺はまだ親の支配下に居る。反発しつつも、従わざるを得ないんだと諦めていた。

 彼女は自嘲する俺を見て、コテンと首を傾げると不思議そうな顔をしていた。

『……別に親の言うこと全て聞くことないと思いますけどね。お金出してもらうからある程度は必要かもですけど、進路に関しては、嗣臣さんの人生に関わるんですし。親はその辺責任とってくれないでしょ? 嗣臣さんの人生は嗣臣さんだけのものなんですから、自分で責任取れるなら自分で選んでいいと思いますよ』

 ぱぁっと目の前が晴れた気がした。
 あげはちゃんは自分の考えをひとつの道として示しただけだと思う。彼女には選択の自由がある。だから何も考えずに発した言葉だったのだろう。
 だけどその時の俺にはそれが欲しかった言葉のように感じた。親は俺の人生がどうなろうと責任は取ってくれない。だって親は先に死ぬものだから。
 …彼らは俺の為を思って指図しているのではなく、自分のプライドや世間体のために命令しているに過ぎない。

 説得力のない親の命令。俺はそれを納得してない。理解しようと思っても心が拒否するのだ。これで思ったような人生にならなかったら俺はきっと親を憎むだろう。親に縛られた人生を歩むことになる。
 そうなれば、俺はずっと苦しいだけ。

 このままじゃ駄目だ。俺も現状を変える行動をしないと。

『…ありがとうあげはちゃん』
『? どういたしまして?』

 あげはちゃんは知らないだろう。
 その言葉のおかげで俺の胸のつかえが取れたってことなんて。


 三森家。この家に集う奴らは揃って家庭環境が複雑だ。この家のお母さんも生い立ちが複雑で俺たちに理解を示し、いつだって温かく出迎えてくれる。親父さんもいつだって豪快に構ってくれる。
 俺たちは彼らの厚意に甘えきっている。俺達にとって第二の両親のような気がしてどうしても甘えてしまうのだ。

 あげはちゃんは「また来たんですか」と俺達を塩対応するし、扱いが雑だけど、素直な反応をする彼女の側は居心地がいい。
 彼女は綺麗な女の子だ。その辺りの男なら気が引けてしまうような隙のない華やかな美人。
 ツリ目勝ちの瞳はぱっちり大きく、その瞳に見つめられると引き込まれそうになる。さくらんぼのようにぽってりとした唇を見ていたらキスをしたくなるんだ。綺麗な長い髪の毛は色素が薄い。日の下に出るとキラキラ輝くのだ。指でそっと梳きたいなと言う衝動を抑えて、頭を撫でることで我慢したことは両手の指では数え切れないくらいある。

 とっつきにくい雰囲気はあるけど、その中身はとても優しい。困っている人を放っておけないのだ。この間も友達を救出するために1人で特攻してしまった。
 あげはちゃんは強い。何よりも腕っぷしが強い。アレは才能であると思っている。
 だけど、個人的にはおとなしくしていてほしいなと思う。怪我してしまうかもしれないじゃないか。
 守らせてほしいんだけど、彼女は守らせてくれない。下手したら自分よりも強いかもしれないと自信喪失してしまう。

 いつも俺達にはつんつんしているが、可愛いところもたくさんあるんだ。
 一番好きなのはあげはちゃんが好物の花丸プリンを食べるときの顔だ。遊びに行くたびに買って持っていこうと思うのだけど、花丸プリンは雑誌にのるくらい人気の品。売り切れに遭遇することも少なくない。
 へそを曲げたあげはちゃんにはプリンが一番なんだけど、他のプリンじゃ満足してくれないんだ。「調子に乗らないでくださいよ」と言いながらも花丸プリンはしっかり握りしめるあげはちゃん。素直じゃないところもかわいい。


 あげはちゃんを愛でるのもいいけど、俺はもっと特別になりたい。今はただの兄の友達のポジションでしかない。他の女が見惚れる俺の顔でも、あげはちゃんには通用しない。
 伊達眼鏡で顔を隠すようになったのも、女避けだ。あげはちゃんに誤解されないように始めたのだけど、彼女は全く気づいていない。

 彼女にもっと近づきたい。もっと触りたいけど、琥虎にあげはちゃんが振り向くまではお手つきするなって言われているからなぁ。
 だけどたまにクラっと血迷いそうになるんだよね…

 ……俺、どこまで我慢できるかな。
 自分で自分のことが信用できないんだけど。


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