三森あげは、淑女を目指す!【紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ】 | ナノ



三森あげはは淑女になりたい
不良だと自称するなら、拳で闘え! 野良犬根性見せてみろや!【後編】


 翌朝、学校に行くために家を出ると、うちの周辺を見覚えのある不良共がゴミ袋とトングを持って掃除をしていた。
 その顔には青タンと絆創膏が貼られているが、表情は晴れやかである。

「あっ! おはようございます、あげはさん!」
「あげは姐さんおはざいまっす!」
「……掃除はいいことだけど、遅刻するから学校に行けば?」

 昨日の殺伐とした空気はどこへ。毒蠍とリーゼント軍団は和気あいあいと自主的に清掃活動をしていた。自分の住んでる区域じゃないのにようやるわ。
 よくわからないが、拳の語り合いで両者は仲良くなったらしい。不良、よくわからん。

「いってらっしゃいませー!」

 やめろ、悪目立ちするだろ。


 不良共にかまけていたら時間が危うくなった。私は普段通らない裏道を通って駅に行こうとショートカットを図る。

「あんた、最近ここらうろついているガキだね? …この辺を束ねているのはこのアタシ達だ。あんまり目立つような真似をすると、痛い目を見るよ…?」

 ……そこで、出会ってしまった。
 素行のよろしくなさそうな女子高生集団と桜桃さんの姿を。桜桃さんはセーラー服のスカーフを乱暴に掴み上げられ、顔をこわばらせていた。
 あれだけイキがっていた桜桃さんだったが、喧嘩の経験はないのだろう、複数の高校生に囲まれて怯えているではないか。見て見ぬ振りはアレなので、私はそこに割って入った。

「…ねぇ、ちょっと…中学生相手に大人気ないと思わないの?」
「あぁ!?」

 私が声をかけると、柄の悪い反応を示してくる女子高生。しかしそのうちの一人が私の顔を見てギクッと肩を揺らした。

「ひっ! 紅蓮のアゲハ!」
「は…?」
「やばいって、あの琥虎さんの妹! こいつに目をつけられたらやばいよ!」

 またここでも噂が独り歩きしているらしい。

「…私は怖くないよ…私は至って普通のか弱い女の子だから…」
「ウソつけ! 中学を恐怖で支配していたくせに! ほらいくよ!」
「えぇ!? ちょっと待ってよ!!」

 否定したら、否定し返された。
 嘘じゃないもん、ホントだもん。恐怖で支配していたのは三森琥虎だ。妹の私は何もしてないのに勝手に怖がられたんだ。何もしてないんだ、ここ重要。
 兄を知っている…てことは、同じ中学の人だったのか……あんな人いたかな…

「…大丈夫?」

 それはそうと、ブルブルと子犬のように震えていた桜桃さんだ。振り返って彼女の様子を伺うと、彼女は涙目になっていた。その瞳が私を映すと、我に返った彼女は苦虫を噛み潰したような顔に変わった。

「助けてくれとか言ってないし! ばーか!」
「なっ、助けた恩人に向かって何だバカって!!」

 あろうことか、桜桃さんは恩人に向かって憎まれ口を叩いたのだ。呼び止める間もなく、彼女は走って逃げていった。
 お礼を言われるために助けたわけじゃないけど、仇で返されると、助けなきゃよかったと思っちゃう。

 私は微妙な気分になってため息を……

「…電車!!」

 時間がおしていることに気づいた私は ダッシュで駅へと向かい、ギリギリ学校の始業に間に合う電車に乗り込めたのであった。
 


■□■


 今日も一日が終わった。
 電車に揺られながら、自分が通っていた中学横を通過していくのをぼんやり眺めていた私は思った。あの子ちゃんと学校に行ったのかな…って。それ以前に友達いるのかなって……

 不良に目覚めてしまうお年頃なのだろうが、悪いこと言わないから早く夢から覚めたほうがいい。
 …ホント、今って不良流行ってないし、浮くこと間違いないからさ。桜桃さんの両親は一体何をしているんだか。娘が非行に走っているってのになにを……
 ハッと、不良な兄を放置している自分の両親を思い出して、人の家庭のことを偉そうに言えないなと自省した。
 
 そもそも不良活動してなにか得るものはあるのか? 私は深夜徘徊や暴走行為に夢も浪漫も感じないのだけど……ん?
 視界に見覚えのある桃色が映った気がして、私は電車のドアの窓に張り付いた。
 
 今現在電車は川の上の鉄橋を走行中だ。その下にある川、そして河川敷……そこは先日クラスメイトの代わりにSNSつきまとい男に話をつけに行った場所である。
 そこに数人の学生が集まっていた。電車からなのではっきりわからないが、見覚えのある桃色は桜桃さんの特攻服ではないか?
 一緒にいるのは朝の不良女子高生たちじゃ……

 それだけで嫌な予感がした。
 私は電車を途中下車すると、駅を飛び出して例の河川敷までダッシュで向かった。

 季節は7月。
 暑い。夕方になっても太陽は暑いし、アスファルトからの照り返しの熱で暑い。
 こんな中で走ったら倍暑いに決まってるじゃないか。熱中症になったら医療費請求するからな不良共め!!


「テメェ生意気なんだよ!」

 私が現場にたどり着くと、桜桃さんは平手打ちをされていた。ここまでバシッと殴打音が聞こえそうだった。
 勢いが強かったのか、彼女は地面にべシャッと倒れ込んだ。

「なにがサンダースだよ、ダセェ。レディースとか古いんだって。時代遅れも良いところだろ」

 不良高校生たちは鼻で笑って嘲笑している。
 時代遅れとか古いとかは否定できないが、鼻で笑ってバカにすることではないだろう。新しいものが正しいとでも思っているのか? ……カタチが違うだけで同じ不良なのは変わらないし、どっちもどっちだからね?

 桜桃さんは唇を引き結んで沈黙している。地面に生えている雑草を握りしめてうつむいていた。
 
「おい、聞いてんのか?」

 ──べしゃっ
「…ぎゃっ!」

 先程桜桃さんを平手打ちした不良Aが悲鳴を上げた。
 何故かって、雑草を引っこ抜いた桜桃さんがそれを相手の顔面に投げつけたからである。
 頭から土をかぶったAは呆然としていたが、じわじわと怒りが湧き上がってきたようで、顔を真っ赤にさせていた。

「こ…んのくそガキ…!! 調子のんなぁ!!」
「ぐぅっ…!」

 思わぬ反撃に怒り狂ったAが桜桃さんのお腹を蹴りつけた。桜桃さんはその衝撃に苦しそうに呻いていた。
 地面に伏した中学生を足蹴にする高校生。寄ってたかって何をしてるんだあの女ども! 目に余るそれを阻止しようと私はその場に乱入した。

「こらぁぁ!! 大勢でなにしてんの!?」
「! ぐ、紅蓮のアゲハ…!?」
「なんで…」

 桜桃さんを蹴りつけた不良Aを後ろから羽交い締めにして抑えつけると、ぎょっとした顔をされた。桜桃さんは半泣き顔でこちらを見上げている。

「なにがあったか知らないけど、大人数でボコるのは感心しないよ! 暴力じゃなくて話し合いをしなさい!」
「うるせぇな! 偉そうに説教するんじゃねぇよ!」

 力任せに腕を振り払われた。Aは自由になった手をポケットに突っ込み、何かを取り出すと、それを大きく振り上げた。
 ひゅっと風を切る音に私はギクリとした。

「これ以上近づくと、あんたのお綺麗な顔をずたずたにしてやるからな…」

 Aが突きつけたのは小型の折りたたみナイフだ。
 ……嘘やろ、あんた今さっき古臭い不良だって桜桃さんをバカにしたくせに、あんたこそやることが一昔前の不良と同じだよ……ナイフってお前……なんでそんなもの持ち歩いてるの……
 銃刀法違反で警察にパクられちゃうよ……
 
「ビビってんのか? 紅蓮のアゲハでもナイフは怖いってか?」
「うん、怖い。私先端が鋭いもの苦手なんだよね。刺さったら痛いじゃない」

 否定はしない。だって怖いもん。刃物を見ているだけでゾクゾクするよ…

「やめなよ。そんな武器で脅すのは臆病者のやり方だよ? 不良だと自称するなら正々堂々と拳で戦わなきゃ…」
「うっせぇ! この際どっちが上か決めてやろうじゃん。鮮血の琥虎の妹だろうがなんだろうが、もうどうでもいいよ」
 
 私よりも二つ名がひどいな、我が兄よ。なによ鮮血の琥虎って。新鮮な肉にありつけた肉食獣みたいだな。サファリパークか。
 しかし武器持ちか……刃物で相手を脅すために持ち歩いてるのかな。…おかしいなこの街はいつから世紀末になったんだ? 「やめなよ!」と仲間たちが制止しているが、Aは耳を貸さない。そのナイフを使って私を威嚇してくる。

「上とか下とか…そんなんないよ…福沢諭吉も言ってるでしょ。天は人の上に人を造らずって」

 興奮状態の彼女を抑えるためにそっと声をかけると、Aは顔を思いっきりしかめていた。

「ばーか!『神様は人間を平等に作ってて、生まれながらにして上も下も無いらしい。では何故世の中には頭のいい人もいればバカもいて、金持ちもいれば貧乏人もいるの?』って問いかけが続いてんだよ! 結局は生き抜く知識をつけるために勉強しろってことじゃねぇか!」

 おや、よく知ってるね。
 不良の体はしているけど、その辺の知識はお持ちなのね。嗣臣さんタイプの優等生から不良に方向転換した、不満爆発パターンであろうか。

「もううんざりなんだよ、こんな世界! だからアタシがぶっ壊してやる!!」
「そうか。それなら、こんなところで不良活動より、都会の真ん中でデモ活動したほうが良いよ。若しくは勉強して政治家になる方がよっぽど近道だよ」
「うるさいな! 正論言ってやったぜみたいな顔すんな!」

 そんな顔してないけどねぇ。
 具体的に彼女は何がしたいの。中学生をボコって、この町を支配して、世界をぶっ壊したいの?
 …随分狭い世界ですこと。

 私は素早くAの背後に回ると、左足で相手の左足を絡めるようにフックした。続いて自分の左腕を相手の右腕に入れる。脇へ入れた左腕を首の後ろで巻きつけ、背筋を伸ばすように相手の上体を起こして──技を決めた。

「いたいっ、何すんのよっ!!」
「落ち着こうか、女の子に手を上げたくない」
「いや、手ぇあげてんじゃん!」

 お仲間からツッコミが入ったが、それを無視して体を反らせ、上半身を決めた。これは暴力じゃない。コブラツイストだ!!
 カシャンと地面にナイフが落下する。私はそれを踏みつけて無効化させる。

「あ゛ぁああ!!」
「そんなに痛い? おかしいな、コブラツイストはそんなに痛くない技って聞いたのに……」

 痛がっているので拘束を解いてあげた。Aは関節を抑えながら涙目でこちらを睨みつけてくる。随分イキっているけど、この人あまり喧嘩の経験ないのかな。

「あんたが今痛いと感じたように、そこの子も痛かったはずだよ」
「う、うるせぇ! アタシはこの町を支配するんだ! そのために目障りな人間は片っ端から潰す!」

 根本的な問題はこの街の支配者は誰か、頂点に立つのは誰かって話だったな。
 目的は何でも良いけど、一介の高校生が一つの街を支配したってイキっても、それは狭いグループだけの話だ。そこに住んでいる人からはただ怖いとか関わりたくないと遠巻きにされているだけなんだけどね…。
 国家権力とでも戦うのか? おまわりさんたちは不良相手に手を焼いているけど、彼らが本気出したら多分怖いぞ?

 大体世界を壊してどうするんだ。変な世紀末漫画にでも触発されたの? 壊したら文明も何もかも消えて荒廃した世界しか残らないに違いない。
 一度世界の紛争について調べてみたほうがいいぞ。

 それとも、何も怖くない状態なのかな? 無敵の人なの?

「紅蓮のアゲハ! テメェに一対一のタイマンを挑む! アタシと正々堂々闘え!!」
「えー…」

 女の子相手に拳振りたくないんだけどなぁ……

「覚悟ぉ!」

 こちらが挑戦を受け取る前にAは特攻を仕掛けてきた。私に向けて拳を振り上げてきたのだ。

 私はそれをひらりと避けて差し上げた。

 ──ドボーン!
「りっちゃん!!」
「てめぇ! アゲハ! この卑怯者!!」

 Aもとい、りっちゃんは勢い余って川へダイブしてしまった。あっぷあっぷと川岸でパチャパチャしているところを仲間に引き上げられている。
 りっちゃんの仲間から卑怯者と罵られたが、今のは避けただけだ。私は何も悪くないだろう。

「紅蓮のアゲハ、テメェ覚えてろよ!」
「うえぇぇん、くさぁぁい」
「りっちゃん泣くな!!」

 ここの川は決してキレイとは言えない川だ。川の生臭さに身を包まれたりっちゃんは半泣き状態。仲間たちに連れられてどこかへと逃げてしまった。りっちゃんが「おかあさん」と弱音を漏らす声が聞こえたような気がした。不良を気取っているのにこんな時にお母さんへ助けを求めちゃうのか。
 …何だったのあんたら。

「……うっ」

 おっと、泣きべそをかいているのはもうひとりいた。
 特攻服と制服に土汚れをつけた桜桃さんが地べたに座り込んだままべそべそ泣いているではないか。
 私は彼女と目線を合わせるためにしゃがみ込んで、彼女にそっと声を掛けた。

「…桜桃さんは結局何がしたかったの。さっきの人達みたいにイキがりたかったの?」

 中学生にして、この世に失望して破壊衝動に駆られてるのか? それとも仲間とつるんでなにかすることが素敵とでも思ったのか。

「カッコいいと思ったんだもん! 伝説のアゲハの右腕になって全国制覇したかった!」

 …カッコいいか? 私は母の現役時代の写真を見せられた時、自分のことのように恥ずかしいと思ったぞ。父が武勇伝として語る時いつもドン引きしてるんだぞ。
 どこがカッコいいんだ。お姉さんにはわからない。

「一緒に単車転がしてさ、お巡りからかったりさ…喧嘩に明け暮れて…不良ってかっこいいと思ったんだもん…」
「いやいや、甘酸っぱい青春のほうが楽しいって。いい思い出になるよ!」

 大人や世間に不満をいだいて不良になったわけでなく、ただカッコいいと思ったからのパターンですか。
 別に不良にならんでも、部活に打ち込んだり、友達と遊んだり、彼氏作ったりして青春を楽しむ方法はいくらだってある。
 なぜ非行の道を選ぶのだ。
 単車飛ばすのは楽しいかもしれないが、警察に追われるのも喧嘩も楽しくないしかっこよくもないから。

 兄を補導した警察に頭を下げる母親の姿を見せつけられた私の気持ちがわかるかね? もう本当、うちの馬鹿がご迷惑おかけしてすみませんだよ。是非とも市中引き回しの刑に処してください。
 ……本当、不良なんて全然かっこよくないから。

「ほら、家まで送ってあげるから。あんた、家はどこなの?」

 桜桃さんは一方的に暴行を受けて心が折れてしまったようでおとなしかった。おんぶして家まで送っている間もずっと泣いているようであった。


■□■


「おはよ、あげは」

 嵐が去ったと思ったのだが、あの河川敷中学生リンチ事件の翌日、頬に白い湿布を貼った桜桃さんが私の自宅前で待ち構えていた。
 その日は休日で、お母さんから来客だと言われて玄関に降りてきたら……あの濃桃色の特攻服姿の彼女はやさぐれた顔をしてそこにいた。

「……おはよう。どうしたのかな?」
「ん」

 彼女がずいっと紙袋を差し出してきた。
 御礼の品かと思ったけど、洋服屋の紙袋だ。中を覗いてみると真紅の布が入っていた。

「サイズ、合うかわからないけど……絶対あんたに似合うと思うんだ」
「…………」

 それは、背中に大きなアゲハ蝶の刺繍が施された所謂特攻服だ。
 私をそれを見てしばし固まっていた。

「写真撮って帰ってくるってお母さんと約束したから一緒に写真撮って」
「えっ? いやいやいやいや…」

 断られるとはまるで思っていない桜桃さんがその特攻服を私の肩にそっと掛けてきた。ぐるりとその全体像を見渡すと彼女は満足そうにふんすと鼻息を立てていた。

「あら、似合うじゃないか」
「やめてお母さん」

 冗談でも似合うとか言わないでくんない? やめて、ほんとうにやめて。

「懐かしいねぇ、よく見たらあたしの現役時代の特攻服のデザインに似てるような」
「紅蓮のアゲハの特攻服のデザインを、あたしのお母さんの記憶を元に作ってもらったんだ」

 桜桃さんが自信満々に告げた。ですよね、こういうのってオーダーメイドになっちゃいますよね……母娘共同制作ですか……そうですか…
 お母さんが写真撮ってやるよと言ってきた。私は衝撃で震える。ヒョッと喉の奥で引きつる音がした。

 私は、普通の女の子だ。
 こんな派手な痛々しい特攻服を身に纏うような危険な女じゃない。

「はいはいこっち睨みつけてー」

 絶対にポーズとか取ってやんないから。
 
 兄とか、自称舎弟たちがこの場にいなくてよかった。本当に良かった。


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