根付いた




本来ならば抱くはずのない相手に抱いてしまったこの感情を最初はどうしようか思った。
黙っていれば潰えるものなのか、このまま抱え続けるか、吐き出すか。方法は色々あれど、その感情を一人で背負うなど、若い頃の僕には無理であった。
いや若いからこそ暴走してしまったのかもしれない。
彼の根っこの部分を理解し、どうすれば受け入れてくれるか、悶々とする中でもずる賢く頭は勝手に働き結果として僕は欲にひれ伏した。
堪え我慢した年月が長かったせいか罪の果実は甘美な味わいですぐ舌の上でとろけ消え、くらくらと酔ったのを今でも覚えている。とても、おいしかった。
きっとこれはご褒美だ。欲の裏に隠された愛に手を伸ばし、忠実な下僕となった僕へのご褒美なんだ。その代償はあまりにも大きかったが、結局のところ愛なんて薄っぺらい。
どうにでも変化し、劣化し、形を変え、僕達の中に埋まり続ける。生き続けるという意味では良かったのかもしれない。あの感情は今でもこの胸の奥にあるのだから。



結局のところ何が言いたいのかと言うと、苗木くんの中にあるものと僕の中にあるもの、それは等しく尊いもので、形を変えて今も存在しているのだということ。





「それを分かってるのかな、この泥棒猫は」
「…何してるの、狛枝くん」
「ん?んー、いやちょっとね」
「は、え、それ僕の携帯だよね…?」



またノート貸してね苗木くんはあと!だって。クラスメイトからのメールかな?あぁ嫌だ虫唾が走る。
何がはあとだよ、ハート。普通の文章にハートつける意味が分からないよ。とりあえず即削除すれば、横から苗木くんの手が伸び携帯を奪い取っていった。



「うわ、もしかしてメール消した?」
「うん」
「えええ、なにすんの」
「ごめんね」



悪いなんてこれっぽっちも思っていないが、こういうときは謝ったモン勝ちだと思っている。特にこの弟は謝られることに弱い。
先手必勝だと言わんばかりに吐いた言葉は、弟も怒ろうとしていた口元をうっと歪ませる。
申し訳なさそうな表情で見上げる僕の顔を直視出来ないと言わんばかりに視線を逸らし、携帯を見た。
そこにもうあの子のメールはない。好意丸出しのあんなメール、苗木くんの瞳にわざわざ映すこともないだろう。彼女には悪いがそれは叶わぬ恋なのだから。
苗木くんは暫く携帯をぼうと眺め、ふいにため息をついた。はぁ、と困ったような、諦めたような、そんなため息。



「内容は?」
「さあ」
「狛枝くん」
「見てなかったからね、分かんないよ」



嘘。しっかり見たよ。ノートありがとうはあと、っていうメール。



「…」
「あ、もしかして疑ってる?ひどいなあ」
「疑ってはないけど…」
「そんなことより、苗木くん」
「ん?」
「君はだめだね」
「…は?」
「その笑顔、だめだよ」
「…は、ぁ」
「常にその笑顔って、辛くない?」



その笑顔のせいで変な虫が寄ってくるんだ、この子はどうしてそんな可愛らしい笑顔を振り向くのか、理解出来ない。
そんな想いを込め聞いたのだが、苗木くんはきょとんとして次に怪訝な顔をした。



「別に、辛くないけど」



…あぁそうだったね。そう言えば君はそういう子だった。



「君のそれはもはや病気みたいなものだった、うん、忘れてた」
「なにその言い方」
「嫌味に聞こえた?」
「そういうわけじゃないけど」
「でもほんと、病気だよ、それ」



頬の筋肉攣らないのかなって思うくらい苗木くんは外で笑顔を振りまいている。
本人は苦でないと言っているが、もはや癖となっているその笑顔は常にどんな状況でもぽん!と出てくるもんだから恐ろしい。
可哀相な子だなあ、と思うと同時に不憫な子だと思う。あれ、どっちも似たようなものか。可哀相な子も不憫な子も。
苗木くんは優しくて素直な良い子だか、どこか欠落している部分がある。流石僕の弟と褒めるべきか悲しむべきか、どっちなのか分からないが唯一似ている部分だと考えれば嬉しくなるだろう。
そんなことを脳内で考え一人満足感に浸っていたが、病気と評された苗木くんは機嫌悪そうだ。眉間にしわを寄せあまり心地好い顔をしていない。
あぁそんな顔、可愛い顔が台無しじゃないかまったくもう。僕のせいだろうけどそんな顔するもんじゃないよ。そっと眉間のしわに触れた。



「そんな顔しないで」
「だって、狛枝くんが」
「僕のせいだね、ごめん」
「…そうやってすぐ謝る」
「だめ?」
「…狛枝くんのそれも、病気だよ」
「そう?」
「うん」



仕返しのつもりかな。ぼそぼそと呟かれた言葉は拗ねたような音を含んでおり、微妙に唇を尖らせている姿は実年齢より幼く見える。
実際僕がこうしてすぐに謝るのは苗木くんだけだし、それも彼の弱みにつけ込むためだけの行動なのだから彼の言うことは間違いなのは明らかだけど。
弟が拗ねて反撃してくる様とはどうしてこうもこんなに愛らしいものなのか。
見ているだけでも胸がときめくものだから、僕は「そうだね、病気だね」と肯定し拗ねている彼の体を抱きしめる。
若干抵抗を示したが、そんなこと気にならない程に彼が可愛くてしょうがなかった。結局のところ僕と苗木くんはラブラブなのだ。他の人間が入る隙間などないくらいに。
それを実感しつつ苗木くんの暖かな温度を感じているとふと何かがブルブル震えた音がした。
一体この音はなんだろう、思わず視線を彷徨わせれば、苗木くんが自身の手元を見て「あ」と声を漏らした。



「電話だ」



切りなさい。


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