ぼくをみつけるものがたり | ナノ
世界はただ残酷だった-風介

「ごめんな、風介」

 そういった父親は自分と同じ髪色のわたしの髪を優しく梳いた。

「お母さんもいなくなってしまったのにお父さんもいなくなるなんて、お前には申し訳ないよ」

 どこかで理解していた。母親が死んだこと、これから父親もいなくなってしまうこと。…わたしが、独りになるということ。

 今、車でどこか【施設】に連れて行かれている間でも、父親は必死にわたしとの思い出を作ろうとしていた。それはきっと、もう二度と会えなくなるからで、それはきっと、父親がわたしの中にくらい自分の存在を覚えてほしかったのだろうと思う。首から提げた懐中時計の中には死ぬ直前の弱った身体で必死に笑顔を浮かべる母、わたしを抱き上げる父、そして今より少し幼いわたしがいた。

 物心ついたときからわたしは、他の子供たちよりもよく育っていた。それが何故なのかはわからないし、それに関連付けされるようなことといえば母親が死ぬ直前にわたしに『大丈夫、風介は大丈夫。だってわたしもお父さんもあなたも"異端"だから』といったことしか覚えていない。

 運動はよくできた。勉強だって学習面だって、もともとあった記憶を忘れていたかのように他の人間たちから恐れられるようなスピードで理解していった。それを父親と母親は何も責めなかった。ただ『やっぱり風介はいい子だね』と何度も何度も言ってくれた。母親から勉強を学び、父親から運動…サッカーを学び。サッカーをしていたのは父親がサッカーをとても好きだったのと、数あるスポーツの中で一番得意だったのがサッカーだったからだ。わたしにはバスケットボールや野球などのセンスはなかったが、父親から『お前のサッカーは続けていればきっとすばらしいものになれる』と言われたためにサッカーは努力していた。

 母親が死んだことは父親にとってもわたしにとってもとてもつらいことだった。けれど父親は涙を流さず、わたしの分と父親の分、二つの懐中時計を作り一つをわたしにくれた。

「これでお母さんのことをおぼえていてやってくれ」

 そのときはとにかく泣き喚いていた。母親がいなくなったことが信じられず、嘘だと思い続けたかった。それでも世界は何も変わらなくて、母がこの世界から消えたことも何もかも世界は何一つとして気にも留めていないように回り続けていた。

 信じられなかったし受け入れたくなかった。

 でもそのとき気づいてしまったのだ、わたしたちはこの星の中にある無数の塵のひとつだと。宇宙で浮遊する沢山の塵のように、地球上で浮遊するダイヤモンドダストのようにきらきらと瞬きながら、それでも誰にも気にも留められずに消えてゆく。
 ダイヤモンドダストの全体を見て人が綺麗だというように、沢山の人が突然消えれば世界は変わるだろう。それでもダイヤモンドダストのうち本当に小さな一粒が消えたところで、解けたところでダイヤモンドダストの美しさが変わらないように、誰も何も気づかないように、この世界は一人の人間が死んだところで何か変わるなんてありえないのだろう。

 そんなことをわかってしまったし理解してしまった。それが、それこそが当たり前なのだと気づいてしまった。

 例えわたしが死んでも、消えても、世界は何も変わらない。
 例え父親が死んでも、消えても、世界はびくともしないのだ。

 父親が病気だと、どこかで悟っていた。母親が死ぬ前から父はよくせきをしていた。ただ、わたしが見たのは母親の葬式の後に家で血を吐いていた父親の姿で。それがどういうことなのかも理解してしまった、わかってしまった。何故わたしの大切な人たちはこんな悲しい最後を迎えることができないのだろう。誰にも気づかれないまま、華やかに皆に見取られることができないのだろう。

 父親が血を吐いていた何日か後、わたしは『おひさま園』という施設に預けられることとなった。そして車の中。父親が病気だということは気づかない振りをした。わたしが気づけば、必ず悲しむと知っていたから。

「…なあ、風介」

 もうすぐでおひさま園につくころ。赤になった信号で止まれば父は助手席に座るわたしの膝の上に何かをおいた。懐中時計。
 はっと父を仰ぎ見ればとても悲しそうな笑顔でわたしを見ていた。

「持っていてほしいんだ…父さんが戻ってくる日まで」

 その言葉に目を見開けば父は「だからよろしくな」といってまた前方を見据えた。父の懐中時計を手に取れば父はあ、と声を出す。

「風介、父さんの懐中時計は…いつか、風介が本当にこの世界に絶望したときにあけなさい」

 そういった父の顔を仰ぎ見れば父の表情は読めない。父の言葉通り懐中時計は開けずに首に下げた。二つの懐中時計が音を立てる。そこに見えた施設。おひさま園と書かれたプレートがかけてある門の前に一人の、中学生ほどの女の人がいた。

 わたしたちが車から出るとその人は「涼野風介君ですね」と冷静に言い、案内しますと一言言って施設の中に入っていく。ついていった先には巨大な部屋だった。青い髪の双子と思われる子供とウサギのような紫色の髪の子供がいる。そこにいたのはその三人で、その子たち以外の子供たちはいなかった。

「玲名ちゃん、玲音ちゃん、ルルちゃん。新しいお友達になる風介君よ」

 わたしを連れてきた女の人がそういえばルルと呼ばれた紫色の少女がわたしの足にくっついた。玲名さんも「よろしく」と花のような笑顔でいい、壁にもたれていた玲音さんもにこりと笑顔を浮かべてわたしを見た。

「よろしく、風介くん」

 その瞳の中に、どこかわたしと同じような光を見た。どこか世界に絶望した、この世界がどういうものなのか理解している瞳。なぜか切なくなったがそのときちょうど父が出るころになったらしい。

「風介」

 私の名前をよんだ父の元に走っていけば父親は大きな手でわたしの頭を撫でた。おひさま園を出るところ、車のところまでは父もわたしの手を握っていてくれた。でも一歩一歩歩くたびに父との別れが迫ってくる。首にかけた二つの懐中時計が音を立てる。車の前に立つと、父が思いきりわたしを一度抱きしめてから離し、わたしに笑顔を見せる。

 父親の泣きそうな笑顔を見て、泣かないと決めたはずなのにわたしの笑顔さえも壊れそうになっていた。泣くのなんて止めようと母親が死んだときに思ったのだ。そうでもしないと母親も父親も苦しむし、なんと言ってもわたしがやっていけなかった。

「風介、幸せになってくれよ」

 わかりましたという言葉はどこかで消えてしまった。ただ父親の輪郭が涙で解けてぐちゃぐちゃになっていた。母親がいなくなった日から、わたしの世界には父親しかいなかったのだ。だから、だからせめて最後は笑ってさよならを。

「父さん、大好きでした」

 『あなたがいるだけで報われていたのです。』
 『あなたがいるだけで救われていたのです。』
 だからせめて、あなたが華やかな最後を迎えることができますように。

 車で去っていった父を見送って三日後。新しい父さんから、わたしの銀行の口座ができたと知らされた。彼にはわたしが理解できていないと思っているのだろう。カードは父さんが持っていることとなったが、わたしにとってはお金などどうでもよかったのだ。

 ただ、夜の帳が下りたベッドの上で膝を抱きかかえ、枯れるほどに涙を流して父親の名前を呼んだけれど、今まで私の頭を撫でてくれていた優しい手はこの世界のどこを探しても存在しえるはずがなかった。

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