さて、答えはどこに。

後天性女体化ミクリオちゃんのお話






ぐるぐる、クルクル。



それは唐突に起きた。

朝に声をあげて飛び起きるといえばよく寝坊をするスレイの役目なのだが、今朝は違った。宿屋に響きわたったのは、彼の親友であるミクリオの声。それは彼の仲間達が驚いて飛び起きる程のものだった。
ミクリオが天族で、そして天族の声が普通の人間に聞こえなくて本当に良かったと思った瞬間である。
そして何事だと慌ててミクリオの寝ているベッドに駆け寄るスレイ。大きな口を開けて欠伸を漏らしながらなんだなんだと辺りを見まわしているザビーダ。そして更に、「煩い!」と怒りを隠すことなく部屋に入ってくるエドナとロゼ。と、その二人についてきたライラ。

そんな彼ら彼女らが目にしたのは、顔を青ざめさせてパクパクと口を開閉させ、どう見ても混乱に陥っているミクリオ。
そしてそんな彼の胸元は、僅かにだが膨らんでいたのだった。
ミクリオは彼ではなく、彼女になってしまったらしい。


人生は想像の出来ない事だらけである。



「原因は分からないの?」

ロゼの質問にミクリオは頷くことしか出来ない。

「朝起きたらそうなっていた、と」

その質問にもミクリオはやはり頷くことしか出来ない。
そんなミクリオの隣へと腰を落とし、スレイはシーツを 強く握りしめているミクリオの手を上から包み込むように握った。すると、のろのろと顔を上げてスレイを見る不安げな瞳。
そんな彼ーーいや、今は彼女だろうか。そんなミクリオを少しでも安心させたくてスレイは大丈夫だと言うように笑みを浮かばせ、そしてライラへと視線を投げた。

「元に戻る、よな?」
「それはなんとも…。まず原因が分からないと…」
「だよなあ…。ミクリオ、本当に原因分からない?変なものでも拾って食べたとか」
「いや、キミじゃあるまいし」
「どういう意味だよ!」

スレイがミクリオの脇腹に手を伸ばして擽り始めると、擽ったさに笑いを漏らしながらミクリオもスレイへと手を伸ばした。
いきなり己の身体が変化した事に混乱していたミクリオだが、スレイのおかげでいつもの調子が戻ってきたようだ。
じゃれ合うスレイとミクリオ。いつもの光景だ。
そんなミクリオを見て一同はほっと安堵の息を漏らす。

「でも、本当に不思議ですね。いきなり女の子になっちゃうなんて」
「しかも原因は分からないときた。こうなったらミク坊、いっそのこと女としての人生をだな…」

げふっ。という声を漏らして、ザビーダの言葉はそれ以上続かなかった。エドナが彼の脇腹を傘の先端で突いたからだ。折角いつもの調子に戻ってきたのだから余計な事を言うなと、そう言いたいのだろう。普段ミクリオをからかって遊んでいる彼女だが、ミクリオのことを心配しているらしい。

「とりあえず今日はこの街にいようか。もしかしたら気がついてないだけで、この街にいた間にミクリオの身に何かが起きて、そうなっちゃったのかもしれないしさ」
「いや、僕は平気だ。早く次の…」
「ミクリオ」

擽られ続けて息を乱しながらも、ロゼの提案に首を横に振ろうとしたミクリオだがスレイに静かに名前を呼ばれ、それは叶わなかった。
今日はこの街にいて、ミクリオの身体がこうなってしまった原因があるかもしれないので調べてみよう。スレイもそう言いたいのだろう。
他の皆へと視線を向けると、ライラもエドナもザビーダも二人と同じ意見のようだ。
こうなってしまえばミクリオ一人が反対をする訳にもいかず、「分かった」と小さく頷いた。


こうして各自街の中を調べたり、人間であるスレイとロゼは人に話を聞いたりして少しでも情報を得ようとしたのだが、「いきなり性別が変わる」なんて事がそう簡単に起こる筈も無い為、なかなか情報は得られない。
どうするべきか。

さらしを巻いた胸が少し苦しくて、ミクリオは息を吐き出した。
女性陣にちゃんと女性用の下着をつけた方が良いと何度も言われたけれど、ミクリオは頑なに拒んだ。当たり前だ。身体が女になったといっても、心までもが女になったという訳ではない。身体が女になったからハイソウデスカと、いきなり女性用の下着をつけられるわけがない。だからさらしを巻いて胸の膨らみを隠したのだが、どうやらミクリオの胸は平均以上の大きさらしく苦しさを感じてしまう。
はぁぁぁ。再度息を吐き出しながら(こんな体はごめんだ)と、ミクリオは眉を寄せる。
さらしを巻いていないと走る度に胸が揺れて痛い。それに、元々力はあまり無いミクリオだが己の身長以上の杖を振り回す力はある。だが、女になった今はどうだろうか。皆が見ていない隙に試しに杖を出してみたけれどずっしりと重みを感じ、今まで持ち慣れていたそれが別の物に感じられた。
(これでは、満足に戦えない)接近戦に持ち込むにしても、後方で援護をするにしても、だ。ミクリオは杖を無くしては戦えない。(皆に、スレイに、迷惑がかかってしまうじゃないか)
ーー僕は足手まといになる為についてきたんじゃない!
それは、まだミクリオが陪神契約をする少し前にスレイに言った言葉だ。スレイと共に戦いたい。スレイの隣で、スレイの背中を守れるように、(けど、これじゃあ)足手まといではないか。
そんなのはごめんだ。一刻も早く元の身体に戻る方法を探さねばならない。その為にも、こうなってしまった原因を知る必要がある。

「原因」

もしもずっとこのままだったら。なんて、考えていると不意に横から聞こえた声に、ミクリオは「え?」とそちらへと視線を向けた。
そこには、ミクリオと行動を共にしているエドナがいて、傘をクルクルと回しながらミクリオを見上げている。そして再度「原因」と、彼女は言う。

「本当に、分からないの?」
「…分かっていたら、とっくに言ってる」
「でしょうね」

面倒そうに溜め息を吐いているものの、これでもエドナはミクリオのことを心配しているのだ。
クルクル、クルクル、傘を回してエドナはミクリオから視線を外さない。こんなにも異性に見つめられる事に慣れていないミクリオは、なんだか気まずさを感じてエドナから視線を外してしまう。
そして足を進めようとしたミクリオだが、「あんたの気持ちの問題だったりして」というエドナの言葉に足を止めた。

「……僕の、気持ち?」
「そう。あんたが心の中で密かにそうなりたいと思っていたから、とか」
「な、にをバカな…。僕が、女に?冗談だろ。そんな事を願った事なんて無い」
「けど、ミボが自分でも気がつかないうちにそう願っていたとしたら?」
「…何の為に」

さあ。ワタシはミボじゃないもの。
ピタリ。言葉と共にクルクルと回っていた傘が止まる。
そして不満そうに眉を寄せているミクリオから視線を外さないまま、エドナは言葉を続ける。

「ミボが誰か同性の相手のことを好きになったから」

ミクリオが目を見開く。
口を開くがそこから何か言葉が漏れる事は無くて、結局閉じてしまった。
なにをバカな事を言っているんだキミは。そんな訳があるか。
そう言いたいのに言えなかったのは何故か

「恋愛なんて男女でするもの。だから相手の性別に合わせる為に、ミボの身体は女になった」

違う。そう、言いたいのに。言えないのは、(なん、で)何故なのか。

ミクリオは何も言えない。エドナはそんなミクリオをジッと見つめている。
二人はただただそうしていたが、柔らかな風が頬を撫でる感触にミクリオは漸く我に返って首を横に振った。
けれどやはり言葉が出てくる事は無くて。そんなミクリオにそっと息を漏らすと、エドナは「なんてね」と再び傘を回し始めた。

「……は、」
「そうだったら面白かったのにね」
「……はい?」
「安心なさい。そんな話は聞いたこと無いから」

三時には一旦宿屋に戻ってお菓子を食べるわよ。なんて言いながらミクリオの横を通り過ぎていくエドナ。
エドナにからかわれたのだとミクリオが理解するまで後数分。

呆然とその場に立ち尽くしているミクリオは、そんな自分をとらえている視線に気がつく事が出来なかった。


×××××


エドナの要望通り三時には一旦宿屋に戻って、ミクリオが作ったお菓子を食べながら休憩をする事になった。
各自色々と調べてみたものの、何も分からなかった。ミクリオの身体の変化の原因も、治し方も。
お菓子を食べた際に、ついいつものノリでロゼとザビーダがミクリオは良いお嫁さんになるなんて言ったけれど、今のミクリオの身体では冗談にならない。
お嫁さん…。と、肩を落とすミクリオは気がつかない。「いいお嫁さんになるね」そんな言葉に反応していた者がもう一人いた事に。


暫しの休憩を終え、皆と共に再び宿屋を後にしようとしたミクリオだが、いきなり身体が変わった事により負担はある筈だからと、ライラに部屋で休んでいるようにと止められてしまった。
そうしてミクリオは宿屋の一室に押し込められてしまう。「さっきから調子悪そうだから、スレイもね」と、ロゼに背中を押されたスレイと共に。恐らく一人でいると無茶をするであろうミクリオの監視役も兼ねているのだろう。

その判断は正解だったのか、間違いだったのか。


「スレイ、大丈夫か?」

調子が悪そうだとロゼが言っていたけど、いつからなんだ。と、ベッドに座っているスレイの顔を覗き込むようにしてミクリオは体を折る。
大丈夫だよ。スレイはそう言ったが、その声に普段の明るさが感じられない。

「スレ、」
「ミクリオは、さ」

スレイの名前を呼ぼうとしたミクリオの声は遮られ、そして手を捕まえられる。

「好きな人、いるの?」

視界が回り、気がつくとミクリオの視界には近くなったスレイの顔とその向こうにある天井だけが映っていた。
スレイに押し倒されたのだと理解するまで数秒がかかり、そうして理解するとスレイの体を押しやろうとしたけれど、伸ばした手は両方ともベッドに押さえつけられてしまう。
どくん、どくん、
ミクリオの心臓が悲鳴をあげる。
ベッドに両手を押さえつけてくるスレイの力が、見下ろしてくるスレイの瞳が、恐ろしいと思ってしまったからだ。

「スレ、イ」
「好きな人の為に、ミクリオは女の子になったの?」
「……………は、」

そこでミクリオは気がつく。スレイがエドナの言葉を聞いていた事を。あの時あの近くにスレイがいた事を。
けれどあれはあくまでエドナのからかいの言葉だ。真実ではない。

「ちが、まて、待てスレイ」
「誰の為?」

だがスレイは今冷静ではない。
ミクリオに好きな人がいる。ミクリオの身体はその相手の為に変化した。
(ミクリオが、誰かの為に。ミクリオが、誰かのものになる為に)
そんな思考ばかりがスレイを支配し、冷静さが欠けていく。
仕方がないのかもしれない。誰だって幼い頃から一途に想いを寄せてきた相手が自分以外に好意を寄せているかもしれないなんて、そんな事を知ったら冷静でいられなくなる。
そしてただでさえミクリオに強く依存しているスレイだ。そんな事を許せる筈が無かった。

けれどそれが原因なのだと、まだ決まった訳ではない。
スレイがエドナの言葉をどこから聞いていたのか、どこまで聞いていたのか分からないが、誤解をしているのだと分かり、ミクリオは落ちつけとスレイに訴える。
だが、むにっと胸を鷲掴まれた事に驚愕し、ミクリオは抵抗していた動きを止めた。
スレイに押さえつけられながらも抵抗していたせいだろうか、胸の膨らみを隠していたさらしはいつの間にか緩んでおり、服の上からでもその膨らみが分かってしまっている。
ミクリオの胸を鷲掴んだスレイは眉を寄せた。
ふにふにと柔らかな胸。それは確かに昨夜までミクリオに無かったものだ。スレイが知らない、ミクリオの今の身体の一部。
スレイの、知らない、ミクリオ。
それがまたスレイの怒りを煽るのだ。

「スレ…」
「くそっ…オレだったら、こんなのが無くても…ミクリオのこと…」

誰だ。誰だ誰だ誰だ。愛しい愛しい親友に好意を抱かれた羨ましい者は。
妬ましい。妬ましい。妬ましい。
自分の中で暗い暗い闇が生まれるのをスレイは感じた。それをミクリオも感じたらしく、目を見開いて顔を青ざめさせてスレイを見上げている。

「なあ、ミクリオ」
「スレイ、おちつけ、頼む、から。このままだと、」
「天族って、赤ちゃん出来ないんだっけ」
「スレ、イ…!」
「でもそれってさ、相手が人間な場合でも…なのかな?」

試してみようか。なんて言いながらスレイはミクリオの服に手をかける。
そうしたらミクリオはオレから離れられないよね。なんて。嫌でもオレを選んでくれるよね。なんて。

「スレイ、スレイ、たのむ。僕のはなし、を」
「オレが穢れるのが嫌なら」

ーー拒むなよ。
なんて。聞いたこともない低い声。ミクリオに向けられるのは強い独占欲。
そんなスレイにそんな感情を押しつけられて、ミクリオは何も言えなくなってしまう。
スレイ。
それでも名前を呼ぼうとした唇はスレイのそれによって塞がれてしまった。

(どうしたら、いい)ミクリオは考える。(僕はどうしたら、いい)ここで拒んでしまったらスレイはこのまま穢れてしまうのか。(それは、ダメだ)ならば、このままスレイに身を委ねるしかないのか。
委ねて、そして?スレイと身体を重ねる、のか。
(それ、は)
そこまで考えてミクリオが感じたのは嫌悪感ーーではなく、恐怖だった。
それも、スレイへの恐怖ではない。もしも、だ。このままスレイと身体を重ねてもしも身篭ってしまったら?そんな事になってしまったミクリオがこれからも旅に同行出来る訳がない。ミクリオはその事に恐怖したのだ。
スレイの隣でもう戦えない。スレイの背中をもう守れない。スレイのそばに、いられない。
(いやだ)そんなのは絶対に嫌だ。

「んっ、んんっ…スレ、イ…!」

慌ててスレイの肩を押しやったところで、ミクリオは「あ」と動きを止めた。
拒んだらスレイが穢れてしまうかもしれない。そう思ったからだ。
だが、恐る恐る顔を上げたところでミクリオは目を丸くした。何故ならば、ミクリオと同じように目を丸くしたスレイがそこにいたからだ。
スレイ?ミクリオが名前を呼ぶが、スレイの唇から漏れたのは「……………あ、れ?」という情けない声。そんな彼の視線の先を追ったミクリオは、目を見開いて飛び起きた。
その際に二人の額が勢いよくぶつかってしまい、二人の悲鳴が室内に響いたがそんな事に構っていられない。

確かに膨らんでいた筈のミクリオの胸が、元通りになっていたのだから。


×××××


「で?なに?結局原因は分からなかったの?いきなり性別が変わったと思ったら原因も分からないまま元に戻ってハイ終わり?そう。そうなのね。何がしたかったのミボ」
「じ、時間を無駄にさせてしまったのは謝るが、仕方ないだろう!僕だって訳が分からない!」
「だからあんたはミボなのよ」
「おい!」

結局、ミクリオの性別が変わった原因は分からなかった。分からないまま元に戻ってしまった。
良かったのだろうが、原因が分からないままなのであまり釈然としない。
けれどスレイ達はあまり立ち止まってもいられない。ミクリオの身体が元に戻り、問題が無いと分かったのならば早々に次の目的地を目指さねばならない。

エドナにいじられ、傘の先端で突かれ、ミクリオは肩を落とした。
そんなミクリオの肩を軽く叩いた手。そちらへと向き、ミクリオは思わず肩を揺らしてしまった。
そこには、強引にでもミクリオを抱こうとしたスレイがいたのだから。だが、普段のようににこにことした笑みを浮かべているスレイにほっと表情を緩めーーようとして、耳元で囁かれた言葉にスレイは目を見開いた。

「じゃあ、そういう事だから」

そう言って、先頭を歩いているロゼとライラの元へ行ってしまうスレイ。
ミクリオは一瞬だがスレイの唇が触れた己の耳を庇うように押さえ、俯いてしまった。そんなミクリオから視線を外し、エドナはクルクルと傘を回す。
クルクル、クルクル、
傘を回す彼女がミクリオに言った言葉が、よみがえる。

ーーミボが誰か同性の相手のことを好きになったから。

そんな事があるわけがない。
けれど、ミクリオがスレイ自体に恐怖しなかったのは何故?後少しで無理矢理犯されそうになったというのに。それなのに恐怖しなかったのは、何故?
(…いや、だって、僕とスレイは、親友)
ならば何故いきなり性別が変わった?何故?何故?本当にエドナの言葉はただの冗談だったのだろうか。

何も、分からない。
ただミクリオの頭の中で、先程スレイが囁いた言葉がぐるぐると繰り返されていた。




ーー昨日の事は謝らない。無理矢理にでもオレのものにしてしまいたいくらい、ミクリオのことが好きだから。




-END-

にょたミクちゃんの理想のお胸はやや大きめ(˘ω˘)b


2015.03.04.黒太郎

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