「昔の12月25日ってクリスマスっていうイベントがあったらしいですよ!」

という透子ちゃんの一言から、俺は今ケーキやテーブルを彩る料理を作るのに勤しんでいる。あの時の透子ちゃんの様子と言ったら、完全に犬だった。餌を目の前にしている犬。尻尾が生えていればちぎれんばかりに揺れていただろうと思う。瞳なんて多分俺が見てきた中で一番輝いていたのではないだろうか。宗教行事なんて廃れてしまったし、俺も名前だけどこかで聞いたことがあるようなないような、という程度だったから、彼女から意気揚々とクリスマスのことを教えてもらわなかったら一生縁のないものだった。「ケーキ食べるんですってケーキ!」と、甘いものには目がないこの子が俺に言うということは作ってほしいと言っているも同然。こんな感じで今に至るわけだ。彼女はケーキしか言わなかったが、とっつぁんに全貌を聞いたところ一種のパーティのようなもので、それはそれは盛り上がるイベントだったと言う。パーティと言われてしまったら流石にケーキだけ、というのも味気ないのでそれに見合ったものも作っている。
目の前にはクリスマスの話を持ち出したとき以上に目をきらめかせている透子ちゃんが、待ちきれない様子で出来上がっていく料理に釘付けになっている。

「そんなに見つめて料理に穴開いても知らないよ」
「そこまで見てません! っていうか、その言葉って料理じゃなくてどちらかと言うと人相手に使うものじゃないんですか」
「だあって今の透子ちゃん完全に俺より料理に魅入ってたでしょ。それとも穴が開くほど俺のこと見つめてくれるわけ?」
「それは無理です」

即答された理由は分かっているが、それでも傷つかないほど俺の心は強くなかったらしい。潜在犯といえども傷つくものは傷つく。少しばかし大げさにむっとした顔をすれば透子ちゃんは焦った様子で胸の前で手を振った。

「あっ違いますから! その、秀星さんがあまりにも格好良くて、というかもう神々しくて」
「神々しい!?」

予想の斜め上の反応が返ってきて思わず声が上擦ったが、慌てふためく透子ちゃんがかわいかったのでよしとする。料理をする手をいったん止め、至近距離にある小さな頭を撫でつついい子で待ってなさいと言えば、「イエッサー隊長!」と敬礼しスキップしながら俺の特設ゲームコーナーへと向かっていった。惚れた弱みなのかなんなのか、もう可愛いおバカにしか見えない。ギノさんはお前以上にバカな執行官を相手するのは願い下げだ、とか何とか言っていた気がする。こんなにアホっぽいのに執行官としての仕事は全うしているし、所謂猟犬の嗅覚もかなり鋭い。オンとオフの差が激しいというのと似ているかもしれない。楽しそうな透子ちゃんの鼻歌をBGMにして料理を続けた。
出来上がったばかりの御馳走を前にして感嘆の声を漏らす透子ちゃんに、愛情たっぷりの縢スペシャルクリスマスバージョンを召し上がれ、といえばツッコミもなしにいただきますの言葉と同時に食べ始めた。悲しくないと言ったら嘘になるが、幸せそうに頬張る姿を見ていたらどうでもよくなってしまった。こんなふうに自分の手料理を食べてくれる存在というのは冥利に尽きる。それが自分の恋人でかけがえのない存在とくればなおさらだ。
一方的に奪われるだけだった俺の人生は執行官になってから一変し、制限付きの自由を始めとしてさまざまなものが与えられた。その中でもっとも大切なのはやはり千町透子という女の子なのだということを改めて思い知らされる。クソくらえだと思っていた俺の世界は一係のみんなと出会って少しは変わっただろうか。一係と一緒にいられるなら、透子ちゃんと一緒にいられるなら俺は潜在犯を裁き続ける。ロクデナシどもを守るためではなく、俺が自分の居場所に居続けるために。そして、透子ちゃんの隣にいるために。

「なあ透子ちゃん」
「何でしょう秀星さん」
「愛してる」

最愛の恋人に送るにはあまりにもありきたりで、陳腐なことばだけれど、今の俺にはこれしか当てはまらない。目の前にいる子はキザな言葉を並び立ててもわかってくれないし、俺もそんな口説き文句が思い付けるような人間ではないのでこれが俺たち二人にとって一番なのだろう。現に、今の今までおバカ振りまいていた透子ちゃんは一瞬目を瞠り、そのすぐ後には顔を真っ赤にしながらふにゃりとした笑顔を浮かべた。

「わたしも秀星さんのこと、愛してます」

俺が今までチープだと思っていた言葉でも、この子が言うと俺のすべてを溶かし尽してしまうような甘い響きを孕んでいる。それはきっと、彼女にとっても同じはずだ。本当に嬉しそうに、幸せに溢れた顔で言うものだから、たまらなく愛おしくなる。思わず破顔してしまいそうだ。それを隠すようにして、正面にある小さな唇に口付けた。
ふと、クリスマスの日にはこう言うんだ、と、とっつぁんが言っていた言葉を思い出した。

「メリークリスマス、透子ちゃん」

そういうと、透子ちゃんは照れが混じった笑顔からひまわりが咲いたようにきらきらした笑顔になった。本当にこの子はいろんな笑顔になれるのだなとしみじみ思う。だからこそ、いろんな笑顔を、いろんな表情を俺の手で引き出したいと思ってしまうのだ。
彼女が俺の真似をするまで、あと1秒。

ュガー漬けの言のできらめく

(早くケーキも食べましょう!ケーキ!)
(はいはい。仰せのままに、お姫様)

20141225

おバカちゃんにでれでれな秀星を書きたかった
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