びくり、と体が反応した。たまたま外に出ただけなのに、どうも私は運が悪いらしい。
視線の先には、私の大好きなあの人。そして隣には彼がこの前照れくさそうに教えてくれた彼女さんの姿。ああなんで。どうしてあの人の隣にいるのがわたしじゃないのだろう。そんなことを考えたって彼の気持ちが変わらないことだって分かっている。分かってしまっている。絶対に私を恋愛対象として好きになってくれる確率なんてないと。今だって私が見たことのない顔で、楽しそうに笑って。
肩が震え始めたのが分かった。ここにいてはダメだ。泣いて、しまう。

涙をこらえ、人込みをかき分けながら走った。前を見る余裕なんてなかった。ただただ人がいないところに逃げて泣きたかった。けれどもう限界だった。足ではなく、涙の方が。ふ、と力が抜けて涙腺がゆるんだ瞬間。
ぐい、と前から左腕を掴まれた。そしてそのまますたすたと歩き出した。ぱっと見上げると見慣れたふわふわ頭。


「さ、かたっ」
「喋んな。黙ってついてこい」


ついていくというよりは早歩きで追いかけているという方が表現としては合っていたかもしれないけれど、有無を言わせないその雰囲気を感じとり、そのまま大人しくついていった。少しだけ、涙が引いた気がした。

歩く足が止まったのに気付き、顔を上げれば先程までの人込みが嘘に思えるような程人気の全くないところだった。どうしたの、と声をかければ、さえぎるように頭を掴まれ目の前の男の胸に押し付けられた。


「な、に」
「泣きたきゃ泣けよ。俺は何も見てないし聞いてもいないから」
「ばっ、かじゃない、の」
「ああばかだ。だけど今だけはそんなばかの胸借りて泣いとけ。そのひっでえ面見せられるこっちの身にもなれってーの」
「っいま見て、ないとかいったくせ、に」
「知るか」


だからもう黙れ、とでもいうようにぐぐ、と手に力を入れられる。それによって私の中で固まっていた何かがばらばらと崩れ落ちた。


「っう、あ」


坂田が着ている学ランに染みがついたけれど、そんなことを気にしていられるほど余裕はなかった。今までで、記憶にあるなかでいちばん大泣きした。息が出来なくなるほどに。ゆっくりと、頭に置かれていた手が背中に回り撫でられた。セーラー越しのその手はどこかくすぐったい。でも、今の私には温かく感じる。学ランをぎゅう、と掴み、さかた、と嗚咽まじりで彼を呼んだ。


「もし、あいつ、がふたりいた、と、したら、」
「うん」
「かたほうと、両想いに、なれたと、おもう?」
「さあ、な」


少しだけ顔をあげると、どこか遠くを見ているような目をした坂田がいた。ただ、とことばを繋げた。


「ほんとうに全く同じ作りなら、その片方とやらもお前のことを好きにはならないかもしれねえよ」


容姿に限らず思考から性格からまるまるコピーだというなら、そいつも同じ結末だったろ、と。確かにそうなると納得したのと同時に、そんなことを聞いたことがとてもばかばかしく思えた。私はコピーが欲しいんじゃなくて、この世界でたった一人しかいない、オリジナルの、土方十四郎という男が好きなのだから。そっか、そうだよね、と相槌を返す。しばらく無言であったが(その間も坂田は背中をさすってくれていた)、思いついたかのように、あ、と声を発した。


「野郎があいつと出会うか出会わないかで変わったりはすんじゃねえかな」


あいつ、とはきっと彼の恋人のことだろう。人と人との出会いは運命に近い。もしもの世界、いわゆるパラレルワールドでは、もしかしたら彼と彼女が出会わなかった世界があったのかもしれない。それで万が一、いや、億が一結ばれたとしても、今の彼を知ってしまったら。


「それで私のことを、すきになってくれた、としても、あんな笑顔には、なってくれないだろ、うなあ」


少しだけ鼻声になってそう言った。やっぱり彼にはあの人がお似合いなのだと。坂田は一瞬きょとんとしたけれど、すぐにはあ、と溜息をこぼした。


「ほんと甘ぇよ、お前は。俺だったら、そんな世界があるってんなら、思う存分謳歌するな。そんで、透子のいう『あんな笑顔』ってやつより何百倍もいい笑顔にさせてやる」


先を見ていた瞳は私を見据え、すっと細められている。彼の声は優しげではあったけれど、わずかに自嘲の色を含んでいた。


「土方のいない世界だったら、お前は俺を好きになってたか?」


小さく、濁すように呟かれた。だから同じようにさあね、と返した。


「私を、好きになってくれる人だけを、好きになれたら、よかった、のに」


そうすれば、こんなにつらい思いをしないで済んだ。坂田の自分へ向けられる好意に甘えて、彼につらい思いをさせることもなかった。


「ばか言ってんじゃねえよ」
「え、」
「お前が土方に恋してる姿は、なによりも輝いてた。俺が惚れるくらいにな」


ああ、どうしてあの人じゃなきゃだめなのだろう。こんなにも、私を好いてくれる人が隣にいるのに、なんで満たされないのだろう。頑張って彼への気持ちを隠そうとしたけれど無理なようだ。これで最後だからと、やっと乾き始めていた学ランをまた少しだけ濡らした。

しさに

20130829

元ネタ:奥華/子「恋」
学パロ。分かった方もいらっしゃるでしょうが土方さんのお相手はミツバさんです。
坂田夢としましたけど土←主←坂でしたね。
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