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毒のない果実をどうぞ


「スバルはああ言ってたけどさ、百瀬は俺のことはっきり『懐中電灯だからなんだよ』って言ったんだよ」
「……あの子、良くも悪くも正直だよね」
「だよな〜。俺、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……」

だって、好きな子にそういう風に思われてたってことだろ。これ、普通なら恥じるべきなんだよな。
俺の話を聞いていた真は、「百瀬ちゃんなら言いそう」と納得したように頷いていた。

「たぶん、百瀬ちゃんにとってさ……本当に『関係ない』んだろうね。懐中電灯でも星でも、綺麗なものは綺麗なんだって言いたかったんだと思うよ」
「……うん。そうだな。言いたいことは伝わったから、いいんだけど。俺もわけわかんなくなって、色々言っちゃったし……?」
「なに言ったの?」

真の問いかけに、俺は思い返しながらぽつぽつと話していく。夢中になって、色んな感情が湧き出て、自分でも驚くほど饒舌になっていたが。
話していくうちに、真の顔色がおかしなことになってきて、俺は不安になって「どうした?」と尋ねてみた。

「何て言うか……もろ告白じゃない? その……一緒にいられただけで幸せだった、とか……そういうの」
「え」
「いや! 百瀬ちゃんが気づいていないならセーフ! あれ? でもプロポーズ受けたって言ってたよね? 冗談ぽかったけど……」

真の指摘に、体がだんだん熱を帯びていく。
え、あれって告白になっちゃうのか? そんなつもりはなかったし、本当に思っていたことをぶちまけた感じだったけど、他人が聞いた印象がそうなら、告白になってしまうのだろう。

「やっば〜……次に告白するまであいつが気づかないことを祈る……」
「ちゃんといつか告白するって言えちゃうのがすごいよね衣更くん……。でも百瀬ちゃん、ドストレートな告白じゃないと、伝わらないみたいだね?」
「……ああもう、手強いなあほんと?」

そう言えば、今日は早めに帰るって言っていたけど、ちゃんと送ってあげた方がよかっただろうか。よく一緒に帰るときは、スーパーとかの買い物の荷物持ちにされるけど、まあ、何も連絡がないところを見ると、困ったことはないんだろう。そう思いながら、スマホの画面を一瞥して、目を伏せた。


 *


「【オータムライブ】、お疲れ様でした百瀬さん!」
「お疲れ様でした〜」
「いやぁ、大盛況でしたね! 特に『Trickstar』! 素晴らしかったですよ〜!」

もし私たちが大人だったならば、ここは喫茶店ではなく酒場だっただろう。ノリがもはやそれである。【オータムライブ】直後はバタバタして、ろくに会話も出来なかったので、こうして話し合いの場が作れたのは良いことだとは思うが。

「まあ、校門前で待ち伏せしたのも、色々お話をしたかったからなんですよね〜!」
「うん。待ち伏せされるの普通に怖いから。何かあっても責任取れないよ? あ、私このパンケーキ食べたい」
「結構量多そうですけど?」
「先輩にオススメされたから、ちょうどいいし食べてみたいなって」

大きな規模のライブを終えたせいか、少しだけ七種くんの口調が砕けてきたような気がする。まだ『SS』があるわけだから、気を抜くわけにもいかないけれど、一先ず休戦したいところだ。

「まぁ、お話と言っても大したことじゃあないんですけど。先日の【オータムライブ】でのご活躍、大変感銘を受けました!」
「……ありがとう」
「特に『Trickstar』の曲! 自分、他人の曲を聴いてあんなに痺れたのは生まれて初めてです! さすがですねぇ、天才の作曲家と呼ばれるだけあります! 機会があれば、ぜひとも『Adam』の曲も作っていただきたい!」
「……確かに、お母さんには『産声が名の無い曲に聞こえた』って言われたことあるけど」
「あなたのお母様は独特な感性をお持ちのようですね」
「でも、七種くんを見て、プロデュース業に力を入れたいって気持ちが、強くなった」
「……自分を見て、ですか?」
「うん。だって、楽しそうだったから」

理由を話すと、七種くんは微妙な顔をして首を捻る。別に楽しんでいるわけではない、と自信なさげに返答した彼が面白くて、ついつい笑ってしまった。

「秀越での七種くん見てたら、『いいなぁ』って、私もプロデュースが『出来る人』になりたいなって、改めて考えさせられた。刺激を受けたよ。あんずちゃんとは仲間意識が強いから、こうはいかなかった」
「…………」
「それで、曲の話だけど。ぶっちゃけ、どこまで信用していいか分からないから、何とも言えない」
「そうですか。まあ、ここで承諾されても呆気なさ過ぎて困るんですけど。どうしたら信じてもらえますかねぇ……?」
「じゃあ、私たちの関係を友達から始めるとか?」
「……はいぃ?」
「気持ち悪いこと言った自覚はあるけど、そこまで露骨に引かなくても」

何言ってるんだこいつ、みたいな顔をされて、若干へこむ。そんなに悪くない提案だとは思ったんだけどなぁ。七種くんが私をどう思っているかは分からないけれど、私は七種くんのことを嫌ってはいないから。

「嫌ってないって、正気ですか?」
「正気も正気。そもそも『仲良くできそう』って最初に言ったの、七種くんだよ?」
「……では、友好な関係を築くためにまず『お友達プラン』でもたてますか」
「七種くん、友達いないでしょ」

『お友達プラン』って何だよ。と思わず突っ込みたくなる気持ちを抑える。そこまでビジネスに侵されてしまっているのか。しかし、うきうきとどこか嬉しそうな顔をしている彼を見たら、他に何も言えない。

「まず、自分と百瀬さんが友人関係となった場合のメリットについて」
「え、まじでプランたてるつもり?」
「正直なところ、これと言ったメリットが見当たらないです。むしろデメリットの方が多い。元々敵対しているので、お互い情報漏洩が激しくなる、というか恐らく、常々探り合いになるかと」
「ストップ! ……まずそのプランは捨てよう」

この人、私と友達になるのが嫌なのだろうか。そう疑ってしまうほど一つ二つと欠点を増やしていくので、その指を折らせてテーブルの上に落ち着かせた。

「別に、特別なことしなくてもいい……と思うよ」
「はあ……では、何をお望みで?」
「ん〜……取り合えず、連絡先の交換とか?」
「え〜……」

あからさまに嫌そうな反応だったけれど、日和さんとジュンくんは交換してる、と伝えると、彼は渋々私と連絡先を交換をした。

「これで、何をするんですか?」
「例えば〜……こうやって、食べたものの写真を送ったりとか」

運ばれてきたパンケーキの写真を撮って、その場で七種くん宛に送る。それを確認した七種くんは、じっと写真を見つめたあと、顔をあげて一言物申す。

「写真撮るの下手ですね!」
「うるさいな分かってるよ! ……まあ、お昼に食べたものとかの写真とか何でもいいよ。今日こんなことがあった〜とかね」
「……それ楽しいですか?」
「あはは、楽しいかどうかなんてさ、どうでもいいんだよ、結局」
「そういう、ものですか」

あまりに反応がいまいちなので、私は目の前のパンケーキを中央に寄せる。もう一人分のナイフとフォークを頼んで七種くんの方を見ると、意図が理解できたのか、なんとも言えぬ表情で私を見ていた。

「一緒に食べよ、茨くん」
「……もう〜、一人じゃ食べきれないなら最初からいってくださいよ。でも『SS』では容赦しませんから。予告なしで、その心臓をどきゅんと一発、撃ち抜きます」
「うん。私もそのつもり……敵は強いほど、燃えるもの」

少年漫画じゃ、そういう相手こそ、好敵手になるからね。




「あれと友達になるとか……百瀬ちゃん、末恐ろしい子だね。本当、うちに来てくれたら良いのに。ていうか、今日はその話じゃなかったの? ぼくはそれを期待してここまで足を運んだのにね」
「茨と友達になりたいって……物好きにもほどってもんが……っ! まじで、変人ですよねあの人?」
「ジュンくんツボに入ったの? 笑いすぎ! 凪砂くん、あんなんでよかったのかね?」
「……うん。茨、嬉しそうだし」

二人が仲良くなれたなら、良かった。

微笑ましそうに、二人の様子を影から見つめていた凪砂さんが呟く。そんな凪砂さんを見て、日和さんも安堵した様子で笑みを浮かべ、パンケーキを分け合う二人へと視線を送った。

「でも、オレもちょっとだけこっちに引き込んでもいいかもって思えました」
「まだそんな下らない意地をはっていたの? 毒蛇も、その辺りは譲れないみたいだけどね」
「……茨は、百瀬ちゃんに毒されるんじゃないかって気にしてる。……もう手遅れなのに」

くすくすと笑いながら飲み物を手にした凪砂さんは、ケーキの上の林檎を模したそれを転がした。頂点から転がり落ちた林檎に、フォークを突き立てるとそれは真っ二つに割れる。

「……私たちは、彼女の曲を全身に浴びた。……とても、『Trickstar』への愛がこもっていたよ、聴いていて心地好かった。嫉妬してしまいそうなほどに」
「そうだね。ぼくは『Eve』の曲を作ってもらうとき、手を抜かれるんじゃないかな〜って危惧していたんだけど。心配は無用だったね。しっかり、ぼくらと向き合ってくれた。『巴日和』と『漣ジュン』というアイドルとね」
「……羨ましいな。私も、彼女に曲を作ってもらいたい。出来ることなら、何曲でも。まだ青いけれど……いつかは熟れた果実になる」

それを手にするのは、『Trickstar』なのか。
自分達『Eden』なのか。

はたまた別の誰かなのか。

「……とても、美味しそうだよね。毒があるとわかっていても、今すぐにでも食べてしまいそう……♪」

秀越での出来事を思い返し、凪砂さんはほくそ笑みながら、その割れた林檎を口にする。それを見ていたジュンくんは、ぼんやりと呟く。

「……あの人の場合は、毒と言うより浄化って方が似合いますけどねぇ」

その呟きを聞いていた日和さんと凪砂さんは、顔を見合わせて小さく笑った。その笑みの意味が分からず、ジュンくんは不思議そうに首を傾げる。

「……ジュンにはそう見えるんだね」
「……オレ、おかしなこと言いました?」
「ううん。その通りだね。彼女は人を苦しめる劇薬にはなれない。悪役にもなりきれなかった。もっと人を憎んでいても、おかしくないのに。ぼくたちのことも、怒ってくると思っていたのにね?」
「……憎悪よりも、慈愛が打ち勝ったということ。私たちは、彼女の愛すべきアイドルだから」
「ぼくたちは彼女みたいな人間に、愛されるべきだからね。ねぇ、向こうの話が終わったのなら、もう出ていってもいいよね? ジュンくんと違って、まだちゃんと話せていないんだよね!」
「あっ、ちょっとおひいさん!」

いつまでも隠れているのが我慢ならなかったのか、飛び出していった日和さんを制止するようにジュンくんが声を上げる。私たちの目の前に現れた日和さんに、茨くんは気づいていたのか特に気にした様子を見せなかったが、私は驚き後ずさるように椅子を引きずった。

「Hallelujah! 元気そうだね、百瀬ちゃん!」
「日和さん? えっ、今日茨くんだけじゃ……」
「自分はそんなこと一言も言ってませんよ?」
「まぁまぁいいじゃない! 再会の抱擁でもしようね、ぼくと百瀬ちゃんの仲だね……♪」
「いつどんな仲になったのか記憶にないですけど……」

そのままの勢いで抱擁を求めてきた日和さんを断ることも出来ず、私はそれに応えた。すぐに離れると思っていたけれど、日和さんは私の体を解放した後に、私の顔をまじまじと見つめた。

「うん。血色も悪くないね。前に電話をかけたときは死にそうな声をしていたから、ちょっと気になっていたんだけどね!」
「あはは……ご心配おかけしました。でも、もう大丈夫です。あ、ジュンくんたちも一緒なんです、」

ね、と言い切る前に、目の前が暗転した。その理由は、凪砂さんに軽く抱擁されたからだ。すぐに離れた彼に、呆然として見上げると「再会の抱擁」と日和さんと同じことを言って私の前から避ける。
その視線の先にはジュンくんがいて、日和さんたちの視線を受けて、意味を理解できたのか彼はぎょっとしていた。

「い、いやオレは」
「そう言わずに、ジュンくんも」
「……柔らかかったよ」
「ナギ先輩だからギリ許される感想ですそれ!」

ぐいぐいと二人に背中を押され、私の前に立たされたジュンくんはピタッとぶつかる直前で足を止める。それに構わず両手を広げると、彼は諦めたようにため息をついて、私の体を包み込んだ。
それを見て日和さんはうんうんと満足げに頷くと、今度は茨くんの方へと振り返る。

「毒蛇」
「なんでしょう、殿下?」
「この流れでやらないとかないよね?」
「やりません。再会もクソもないですから」
「茨もやるべきですよぉ。オレだけ恥かかされたみたいで納得いかねぇ」
「ジュンが勝手に恥ずかしがってただけでしょう?」

ずるずると嫌がる茨くんを引きずり出したジュンくんと日和さんに、凪砂さんは止める気配を感じさせない。私の前にどんっと突き出された茨くんに、思わず口角が上がってしまう。

「茨くん、何なら思いきりやってもいいよ?」
「……本当に、思いきりやっていいんですか?」
「うん。【オータムライブ】お疲れ様ってことで。それに、痛いのは結構慣れ───痛たたたたっ!?」

こいつ、まじで思いきり抱き締めやがった。

あまりの激痛に悲鳴を上げると同時に、耳元で聞こえた悪魔のような笑い声を聞いて、この首に噛みついてやろうかと思ったけれど、仮にも彼はアイドルであり友人なので、そうすることは叶わなかった。


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