4話

 放課後の学生食堂、昨日と同じように美味しくもない自販機のコーヒーを啜る日吉先生はひくひくと肩を震わせている。そうして先生の向かいに座る私が奢ってもらったホットココアを机に置くとようやく口を開いた。

「お前、俺に渡されたあのキャラメルを馬鹿正直にあの人に食わせたんだな」
「……はい」
「それで、あの人がそれを口に入れる前に逃げるように退散した」
「そうです……」
「傑作だな」

 喜色に満ちた声で呟いた先生から飲みかけのコーヒーを奪い取る。それでもなお笑い続ける先生を恨みがましく睨みつけた。

「跡部先生、きっと怒ってますよ」
「キャラメルくらいで怒るような人じゃない」
「ただのキャラメルならそうでしょうよ……」

 だけど、日吉先生があの人にやれと言って渡してきたキャラメルはただのキャラメルではなかった。

「私が先生から受け取って跡部先生に渡したのはジンギスカンキャラメルですよ。普通あの状況であんなふざけた糞不味いもの渡されたら怒ります」
「食べたのか」
「食べてませんよ。不味いんでしょう?」
「不味いな、猛烈に不味い」
「……日吉先生は跡部先生に恨みでもあるんですか」
「……ないな、俺にあるのは生徒を幸せにしてやろうという情熱だけだ」
「はあ……そうっすか。それで生徒を幸せにするということとジンギスカンキャラメルになんの関係が?」

 呆れ気味に尋ねると日吉先生は黙りこんでしまった。理由もなく適当に発した言葉に対して追求されて困っているのかもしれない。

「ジンギスカンキャラメルは……あの人の恋人があの人に初めてやったプレゼントなんだ」
「はっ?」
「だから、ジンギスカンキャラメルは、」
「いえ、聞こえてました。意味が分からなかっただけです。……それにしても、好きな相手にジンギスカンキャラメルプレゼントって、跡部先生の恋人さんはなかなかにエキセントリックな人なんですね」
「当時は好きじゃなかっただろうな。あれは嫌がらせだ」
「……跡部先生はそんな嫌がらせをしかけてくるような相手と付きあってるんですか」
「あの人は勝気な女が好きなんだ」

 昔も今もそれは変わらない、そう続けた先生は更にこんなことを言った。

「お前もあの人に牙を向ければいい」
「牙……ですか」
「生意気な糞餓鬼になればあの人の心はお前の方に向くかもしれない」
「恋人さんは……」

 そう呟いた瞬間、日吉先生の切れ長の瞳に、ココアの入っていた紙コップを指で弄ぶ私の姿が映り込む。いやに冷たい瞳の色に心臓が止まってしまいそうなくらいにどぎまぎした。

「愛想なんてとっくの昔に尽かしてるんだ」
「愛想って、」
「あの人はもう恋人を愛してなんかいない」

(そんなの、嘘だ)

 だって日吉先生には言わなかったけど、跡部先生は確かに言った。恋人のことを世の中の誰よりも愛してるって……そう言ったんだ。

「そんなこと、」

 そんなことない。そう言いたかったのに、跡部先生の言葉を伝えたかったのに、らしくない、馬鹿みたいに優しい顔をした日吉先生が私の言葉を遮るように口を開いた。

「お前ならあの人を幸せに出来るよ」

 ……そんなこと、少しも思ってないくせに。日吉先生は嘘つきだ。






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