フラノ式雅美(R-18)

雅美を部屋にあげて化学を教わっていた女が捲し立てる、捲し立てる、アダルト

 ほら、アンタの彼氏きてるよ、と調子の良い友達が雅美のことを指差して言うのに、別に彼氏じゃないよただの友達だけど今日はうち来る約束しててさぁとデレデレ否定して、しばらく顰蹙を買ったことがある。そのとき教室の入り口まで私を迎えにきていた雅美に値踏みするような目を向けた彼女は、中学の頃から亜久津仁に熱をあげていて、あの男は形が良いというのが口癖だった。いくら形が良くても、まともに言葉を交わすことも出来ないような男は絵に描いた餅と同じで、私ならせめて付き合えないにしてもモル計算の一つくらいは教えてくれる実利のある男を選ぶな。そうそうそれが雅美。
 中学生の時分から髪をきっちりオールバックにして通学してくるような男に惚れたのは、私が幼少期にハンターハンターのアニメに熱をあげていたからじゃないかと思うんだよ。どういうわけだか十四、五のとき初めて存在を認識した雅美の声は、クロロ・ルシルフルに似ていた、というよりそれそのもので、あれには初恋を蒸し返されたような気分にさせられてしまった。身長も似たようなものなんじゃない。あ、今調べたら雅美の方がぴったり十センチも高かった。いい加減なことを言ってごめん。
 雅美は案外教師からの評判もいいよね。優等生タイプっていうのとは違うんだけど、苦手科目を訊いたときに美術だってフカしてくる程度には賢かったし、部活が忙しくても宿題を忘れてくるようなことはなかったな。まあ同じクラスになったことは一度しかないんだけど。ああそうだ、雅美は置き勉も絶対にしないんだよ。去年だか一昨年だかに、うちのクラスの担任が皆が下校したあとに机の中に置き去りにしていた教科書類を全部引きずり出してたことがあって、普段は温厚な人だったからあれにはかなりびびった。教科書やら、ルーズリーフのバインダーはろくでもないくらいに重たかったけど、流石にもう置いて帰るのも気持ちが悪かったから、嫌々鞄に詰めて歩いてたら靴箱のあたりで雅美に出くわした。ああいう状況で、重たいから持ってって言えないようでは、雅美みたいな男との距離は百年経っても詰まらないと思う。あの日初めてうちに上がり込んだ雅美を見たお母さんは、わあ今まで見た人の中で一番大きいわとやたらに喜んでいた。お父さんにも見せたいから夕ご飯食べていってって腕を引かれた雅美は実際困ってたと思うよ。
 強引に亜久津仁へと話を戻すと、私が彼をフルネームで認識しているのにはさしたる理由もない。亜久津仁はいつも、亜久津仁らしい形をして、亜久津仁めいた色をしているので、亜久津と仁に分けて呼ぶのも変な話だ。それに比べると雅美は雅美でいてくれるから楽だったな。今更東方とか、東方雅美と呼ぶ気にもなれないし、雅美の雅美っぷりは他の追随を許さず突出していて、雅美と数日顔を合わせないだけで私の中の雅美は枯渇してしまい、サブスクで昔のアニメ版のクロロ・ルシルフルの動画を漁る羽目になる。クロロ・ルシルフルはいつ見ても格好良いのに、大人に近づくにつれフィンクスに魅力を覚えてしまう自分もいて、後ろめたくなるんだけど、あれもある種雅美的というか、オールバックの魔性には普遍性がある。
 雅美は勉強を教えるのが上手かったと思うよ。私の理解力がもう少しあれば、うちに来てもらう頻度ももっと少なくて済んだかもしれない。中学までは理系分野もそれなりに理解出来てたけど、高校化学が繰り出してくるモルの概念とか酸化還元はかなりの曲者で、あれをしっかり理解してるってだけで雅美がかなりいい男に見えた。
「なんでわざわざ単位をモルにしちゃうの、一個二個じゃ駄目なわけ」って馬鹿丸出しの質問をすることを恥じとも思わない程度には当時の私と雅美の関係は進んでいたけど「原子はあまりにも小さいから、それなりの量を集めるだけでもすごい個数になるんだよ」なんてマトモに返してくる程度に雅美は真面目だった。二人きりでいても間違いなんて起こるはずもないと私が思うのも無理はなかったと思う。
 あの日ルーズリーフにシャーペンを滑らせるだけで悪酔いのする心地がしたのは、すかした窓から吹き込んでくる風の気化熱だけで夏の暑さを有耶無耶にしていたからで、最後には耐えられなくなって冷房のスイッチを入れた。雅美も助かったって顔をしてたな。付き合ってもない女の子の部屋で暑いとか寒いとか文句をつけられるような男じゃないんだよね。そのくせ、日が落ちていようとうちの親が不在であろうと玄関で踵を返すようなこともなく、平気で上がり込んできて一時間でも二時間でも居座るような雅美らしくないところもあった。
 眩しいね、と目を細めて、西陽から逃れるように窓とカーテンを隙間なく閉じた瞬間に、化学の教科書は用済みになった。好きな相手に与えられるばかりで、自分はぼんやり口を開いてるだけの女になるのだけは嫌だったわけですよ私は。
 美術を教えてあげましょうと言った私を、雅美は勉強に飽きたと認識している風だった。教わっても仕方ないだろとかなんとか言いつつも、お尻を詰めて隣に座られると悪い気はしないみたいで、調子に乗った私が「一緒にお絵かきしたら楽しいよ」と言うと「目的が変わってる」って眉を下げてた。あの顔は悪くなかったな。
 ちなみに私がルーズリーフに亜久津仁の横顔を描いたのは、その日友達が隠し撮りした亜久津仁の亜久津仁めいた通学風景を授業が終わるごとに注視させられていて、更に言うとそれが手ぶれしまくりの鑑賞に耐え得らない一枚だったからなんだよって、言い訳をすればするほどに変な空気になってしまった。結局自分では絵を描くことをしなかった雅美が難しい顔をするのが居た堪れなくて、そうだ亜久津仁をあえて小麦色に塗ってみようと昔使っていたコピックを探しはじめたのもよくなかったと思う。空回りする私を眺めていた雅美は、普段はうちにきても座布団の位置ひとつ動かそうとしないのに、おもむろに学習机の引き出しをあけた。  
 そこからあの小箱が出てきたときには誇張じゃなく飛び上がったね。
「それは開けないで」頼むから、と懇願したら、
「え、ああ」と雅美はあっさり引き下がったけど、紙製の箱を引き出しに戻す拍子に上下を返してしまった。今になって思うとあれは雅美に反した行いだったけど、起きてしまったものは受け入れるより他ない。
「これはアダルトグッズか」床に転がった陰茎を模したパールピンクのモノを見た雅美がはっきり言うので、恥ずかしさよりも面白さが勝ってしまって私は笑い転げた。雅美は多少苛立った様子で、ああそういえば、雅美の怒に寄った顔はあのとき初めて見たから少し怖いと思ってしまったな。六尺二寸はあろうという大男と親のいない家で二人きりだったんだから無理もない。
「なんでこんなものを」と埒もないことを訊くから、
「使用用途なんて一つでしょ」って答えはしたものの、実際体の内側に収めたことは一度もなかった。処女には過分の代物だ。
「女子もそういうことをするのか」真面目な顔で言われて、振り返ってみるとアホくさいんだけど、私は馬鹿にされたように感じてしまった。だから床から拾い上げた玩具を握りしめて、
「雅美は、女には性欲がないって信じてるんだ。カッコ悪い」
「その手の欲求があることは知ってるけど」そこで言葉が途切れたときは、こんな奴もう二度とうちにあげるもんかと思ったけど、そういう気持ちも十秒と持たなかった。私は雅美が部屋にいるときには見ないふりをしていたベッドに腰かけて、ショーツを脱ぎ捨てた。全部が見えると恥ずかしいから、制服のスカートは履いたまま。
 きて、手を広げて誘ったら雅美はあっさり距離を詰めてきた。膝先に体が触れる気配にたじろいで、引いた腰に大きな手がかかった……と思う。ああ、もう駄目だ。ここからは語り方を少し変えさせてもらうことにする。大切なことをふざけて語るのは性に合わない。

「使うところ見せようか」
 玩具で自分の太腿を撫でつけながら言ったとき、私は充分に怯えていた。雅美もそれに気づいていたと思う。あの頃の私は、雅美が一年生のときに付き合っていた女の子とセックスを済ませ、童貞を卒業していたらしいことを嗅ぎつけてしまった直後で、そうでもなかったらあんな大胆な振る舞いを出来るはずもなかった。
 雅美は、女に男の人と繋がりたいという欲求があることはその身で知っていても、女にもその手の欲求を一人で慰めたい夜があるのだとは想像もしていなかったらしい。
「人に見せたら用途が変わってくるんじゃないか」
 もっともらしいことを言って、腰に絡めた手に力を込めた。脱力気味だった背中があっさりとマットレスに沈んで、存外に鼻筋の通った顔が近づいてくる。未だかつて感じたことがないほどに強く拍動する心臓がそら恐ろしい。
「あかり、消して」
「消したら見えないぞ」
 あの瞬間、訳もなくこみ上げてきた怒りに我を忘れそうになったけど、雅美の言葉は事実に沿っていたし、私を辱める意図もなかったはずだ。折衷案としてそう間もおかず昼の明かりを常夜灯に切り替えてくれたことからも、それは窺い知れる。
 常夜灯の小さなオレンジの光に包まれると、ひどい羞恥心に襲われて、雅美に背を向ける形で四つん這いになった。枕に顔を埋めて、視界を遮断してしまうと、自分が今どこにいて、何をしようとしているのかも分からなくなってしまう。
 どうしよう、と訊くと、雅美は避妊具をつけた玩具を私に手渡してくれた。直で挿れるのはよくないのだと言う。その一言で色んなことがどうでも良くなって、不格好な姿勢のまま玩具のスイッチをいれ、陰核に押し当てた。
 う、と直接的な刺激に低い喘ぎを漏らすと、背後で雅美が喉を鳴らすのが分かった。奴の視線は今どこにあるのだろう。自分の痴態に釘付けになっていてほしい気もするし、いっそのこと黙ってこの場を立ち去ってほしい気もした。
 玩具の与える振動が陰核の下の肉と骨の合間にある神経を揺さぶるたび、羞恥心とか、プライドとか、ここぞというときにふざけてしまう悪癖だとか、私という人間を形作るつまらないものがどんどん剥がれ落ちていく。ベッドが軋む音、雅美が姿勢を変えたことを悟った私は、玩具を入り口に押し当てた。以前自分ですることを試みたときには乾いていたそこが充分に潤んでいることを確認して、ゆっくりと押し込んでいく。
「ふ、は、」
「すごいな……」
 雅美の声が耳に届くと、先端の太くなっている部分をおっかなびっくり受け入れていた内側が狭まった。苦しさに喘ぐと「大丈夫か」と足の裏に指が触れる。ゆっくり撫でられて、腰の奥から電流が走るのを感じながら、何故そんな場所に触れるのだろうと考えていた。背中でも撫でてくれればいいのに、どうして、足。疑問は、のちの行動によって回収された。
 雅美の手は、足の裏からふくらはぎのあたりまで登っていき、中身を見せたくないがために閉ざしていた私の足を遠慮なく広げた。顕になった太腿の付け根では、パールピンクの玩具が蠢いている。
「嫌だよ、こんなの」
 そう言うより他なかった。大人は皆こんな恥ずかしいことをしてるの、と訊くと「しない人もいると思う」と私の太腿を撫で「お前にはしてほしい」とはっきり言った。私はそのとき初めて雅美が自分をお前と呼ぶことに気がついた。
 一人で出来ることを、二人がかりでするのは案外しんどい。中に収まった玩具を動かす気配のない私に、雅美は痺れを切らし、手首を掴んで前後に揺り動かしてきた。粘膜が擦れるひりつく痛みに、視界が真っ白に焼き切れるような強烈な興奮、白々しいほどに大きな声をあげて喘ぐと、外に聞こえると口を塞がれ、それにまた昂って、腰を揺り動かす。自分が酷く汚いものになったような心地がして、口を塞いだ指を噛みながら泣いた。初めて口に含んだ雅美の皮膚は、自分のそれと同じ味がした。
 ベッドの上に雅美を誘い込んだときには、自分がこんな風になるなんて想像もしていなかった。四つん這いで、カエルみたいに足を開いて、お尻の穴まで好きな人に晒したまま、大人のおもちゃで処女喪失。最低すぎてこみ上げた笑いを、内側で玩具が振動する快感が引き取る。
 う、う、とひしゃげた喘ぎ、その頃にはもう私の両手はシーツにへばりついていて、玩具の持ち手を掴んで内側をいたぶっているのは紛れもなく雅美なのだった。
「ふっ、ぁ、こんなこと、前の彼女ともシてないでしょ」
 訊いてみてから、前の彼女という言い方は今の彼女ぶっているようで恥ずかしいな、と気がついたけど、雅美はあっさりと「普通のしかしてないよ」と答えてくれた。それがとても悔しくて、枕から顔を上げて、自分を無茶苦茶にする男を睨みつける。ずっとまぶたを押さえつけていたからオレンジ色に染まった視界は鈍い。
「もう抜いて」
 半泣きで投げつけると、異物はあっさりと引き抜かれる。ようやく空っぽになっても、何かが挟まっているような感覚は続いていた。
「パンツ履く」
 早くこの時間を終わりにしたい一心で、床に落ちた布切れを指さした。ようやく鮮明さを取り戻した視界の中で、雅美は一瞬それに手を伸ばし、しかし布地に触れるすんでのところで引き返してきて、後ろから私の腹を抱えた。有無を言わさず引き寄せられる。たくし上げられたスカートの内側、剥き出しの肌に硬い何かが押し当てられた。
「やだ、こわい」
「ごめん」
 低い声をあげた雅美は、制服のスラックスの前を寛げて、先端の赤黒いアレを取り出した。傘状になった部分は、初心者用のお手軽バイブとは比べ物にならないほどに深く張り出している。怖くて、恥ずかしくて、逃げだそうとしてシーツを引っかいても、雅美に固定された体はびくとも動かない。
「ごめん」
 雅美はもう一度その言葉を重ねて、私の入り口に先端を押し当ててきた。
「いや、いやだって!」
 必死に足をばたつかせて抵抗する。何年も片思いしている相手なのに、自分でも何を嫌がっているのかも分からなかった。
「優しくするから、っ」
「ぁっ、う」
 とぷん、と突端がねじ込まれた。優しくしたいなら、こんなところ暴かないでほしいのに。言葉とは裏腹に濡れそぼった肉壁に、雅美は容赦なく擦り付けてきた。
「や、ぁ、あああ……」
「き、つ……」
「かたいの、こわい、っ、ぁ、ああっ」
 玩具とは異なる芯を伴った硬さが恐ろしくて、半泣きで叫ぶと、ナカのモノがますます大きくなった。興奮させないでくれ、と言われてもどうすればいいのかも分からない。案外サドっけがあるらしい雅美は、いやだ、いやだ、と私が腰を引くたびに、強い力で最奥を押し潰してきた。
「ふっ、ぅ……おく、だめ、」
「っ……痛いのか」
「あっ、ぁ!」
 腰とお尻が密着して、ぐりぐり押し潰すような動きで穿たれる。
「いたいし、深すぎて……っ、こわい」
「ごめん」
 そんなに何度も謝るくらいならこんなことしなきゃいいのに、途中で抜くことはやっぱり出来ないみたいで、雅美はゆっくりと抜き差しを始めた。
「やだ、っ」
 張り出したカリが、壁を抉ると、腰の奥を電気が走る。腰を掴んだ雅美の力は強く、大きく前後に揺さぶられるたび、喉をそらして喘ぐことしか出来ない。
「なあ、っ、」外腿をそっと撫でられる。
「んっ、ん……」
「本当に痛いだけか」
「えっ……あっ、ふ」
 返事をする間もなくずぶずぶ犯される。痛みよりも快楽を強く感じるようになりつつある浅ましい体を、気取られたようで悔しい。
「あっ、どう言っても、っ、やめてくれないくせに」
 答えを聞く前に抽挿が激しくなる。それに合わせて腰が動いてしまうのが情けないけど、止められない。
「続けてほしそうに見えるから」
 言い当てられると悔しい。
「あぁっ」
 入り口近くの浅いところを擦られて悲鳴を上げる。体の力が抜けていくと同時に、より深くまで受け入れてしまう。
「いやだよ、っ、いやだけど、雅美にだけ許してあげる」
 一瞬の沈黙、息を詰めた雅美が私の体を後ろから抱きしめた拍子に挿入が深くなる。
「うぅ……」
「好かれてると、思ってもいいのか」
 大好きな声が、情けない響きを伴って耳に届いた。
「っ、好かれてる確信もないのに、こんなことしたの? 最低だね」
 こういう状況でも相手を斬りつけないと気が済まない自分の性分が煩わしかった。涙目のまま振り返って睨みつけると、雅美は顔を歪めた。
 その顔を見て、この男は状況に流されてしまっただけで、私に好意があったわけではないのだろうな、と思った。
「ごめん」
 ほら、だから好きって言わないでしょ。内側に収まったモノは以前硬く張り詰めたままだけど、気がつけば抽挿は止まっている。
「好きだよ。雅美が前の彼女とシたってきいたとき、思わずこんなの通販で頼んだくらい」
 ベッドの端に転がった玩具を床に放ってから、自分で腰を動かす。雅美の気持ちよりも、今は目の前にある快楽を追うことの方が大事だった。そう思うより仕方ない。色んなことを考え始めると、苦しくて、息が出来なくなってしまうから。
「は、っ、あ……」
 ダメだ、と雅美は言った。私は構わず、今日一日で知った自分のイイところにアレを押し当てる。
 ぬかるむ内壁が、太い楔でかき混ぜられるたび、脳天を突き抜けるような快感に襲われた。もっと激しくしてほしい。奥の奥まで突き入れてほしい。
 それを口にするのは恥ずかしかったけど、雅美に気持ちを問いただして、お情けで好きだって言ってもらって、ハリボテじみたラブストーリーごっこをするよりは、淫乱に達する方がずっとマシだ。
「っ、う……自分じゃ上手く出来ないから、っ、動いて、」
 雅美の顔を振り返って懇願する。難しい顔をした雅美の額には、汗で乱れた髪が二筋ほど落ちていた。顔が近づいてきて、唇が重なる。舌が絡まる感覚に、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。
「キスも初めて?」と訊かれたときには笑いを堪えるのが難しかった。本や漫画で読んだ通り、男の人は、女の初めてを満遍なく欲する生き物らしい。
「キスはしたことあるよ。それにエッチもバイブが先だから、雅美は一番乗りじゃないね」
「っ、」
 ゆっくり引き抜かれたかと思うと、勢いよく貫かれる。先端が敏感な部分をえぐり、そのまま最奥に押し付けられると、生理的な涙が目尻に浮かんだ。硬い肉棒に粘膜を擦り上げられるたび、熱く疼いていた場所を
埋められるような充足感を覚える。
「あ、あっ、あ……」
 結合部から溢れるいやらしい水音が、部屋の壁に反響する。体が勝手に反応してしまうのを恥じながらも、もう止められなかった。
「くっ、すごいな」
 耳元に寄せられた口から漏れ出る雅美の呼吸は荒い。気がつけば私の体を押し潰すように背中に張り付いた肌は熱い。
 赤く染まった耳朶に歯を立てられると、膣内に埋まったものを無意識にきゅうと食い絞めてしまう。
「いっ、た」
 痛みを訴えても、雅美は動きを止めてくれず、むしろ執拗にそこばかり責められた。皮膚の薄い首筋に噛みつかれながら、下肢を強く打ち付けられれば、頭が真っ白になるほどの衝撃に襲われる。
「やだ、初めてなのに、変なのに、っ、目覚めちゃう」
「男友達がシた話を聞いてあんなの買う時点で充分変だと思うぞ」
 呆れているのか面白がっているのかよく分からない声だった。痛みの余韻の残る首筋を舐められて、逃げようとする腰を「逃げるなよ」と引き戻される。深いところを穿たれると、苦しいはずなのに気持ち良くて、捨て鉢な気分になった。
「はっ、ぁ、あ!」
 激しく揺さぶられ、視界がぶれる。雅美の手が伸びてきて顎を掴み、振り向かされた。貪るように口づけられて、酸欠で意識がふわつく。自分にマゾっけがあることも、普段は温厚な雅美に普通の男の人並みのサドっけがあることも今日初めて知った。
 息継ぎの合間に、雅美が低い声で私の名前を呼んだ。切羽詰まったその響きに煽られる。
「ぅ、んん、まって、頭の中、へん」
 イきそう、とか野暮なことを雅美は訊いてこなかった。その代わり内側が激しく痙攣して、もう無理だって頭を振っても、休むことなく抽挿が続けられる。正直怖かった。それでも、私は今この瞬間だけは間違いなく私は雅美のものなのだと思ったら、酷く興奮した。
「ダメ、だめ、ああ、あっ、」
 オレンジ色だった視界が白んだ。全身が震えて、足先に力がこもる。爪先がぴんと伸びて、それから脱力した。
「……っ、俺も、出る」
 何度も強く押し込まれたモノの先端から、温かいものが吐き出されて、全身が戦慄いた。最後の一滴まで出し切るような長い射精のあと、ずるりと体内から引き抜かれる。
 足を開くと、穴から白いものが溢れた。ゴム、と呟くと雅美の表情が硬くなる。
「雅美にも馬鹿なところがあるんだね」
 へらりと笑ってから、色を失った頬を平手で張った。次は左ね、と囁くと雅美は素直に従ってくれたので、今度はもっと強く張る。

「大丈夫だよ、一昨日まで血が出てたから。オモチャにはゴムつけて、本物は剥き出しなんて笑えないけど」
 人を殴ったのなんて初めてで、雅美の頬より自分の手のひらが痛んだくらいだけど、不思議と高揚感はあったな。初体験の衝撃は実際すごかったよ。事後の相手にいきなり平手打ちを喰らわすような真似したのはあの日が最初で最後だった。
 ほんのり頬を腫らして男前になった雅美に馬乗りになった私は、今度はその太い首に縋り付いた。
「こんなみっともないことしたくなかった」って泣いたら、
「可愛かったよ」と歯の浮くような台詞を投げつけてきたので、本気で絶縁してやろうかと思った。雅美は雅美なりに、放って置いたら地獄の底まで沈んでいきそうな私を慰めたかったんだと思うけど、それにしたってつまらない。
「私は怖いだけだった」と吐き捨てたら「そうか」と頷く。こういうときに、かなりよさそうにしてたのにとは言わないのが雅美の美点だ。私は多少機嫌を取り戻してその日はひとまず雅美をうちから追い出した。玄関で振り返った雅美が私にキスをしようと体を屈めたとき、お母さんがパートから帰ってきたのには笑ったな。あのとき雅美は誇張じゃなく、五十センチくらい飛び上がってた。ごめん。やっぱりそれは流石に誇張だけど、あんなに驚いた雅美、後にも先にも見たことがないのは確かだよ。
 生物の寺田先生って覚えてるかな、小さい女の子の子供がいた男の先生。近頃あの先生のことをよく思い出す。いや、憧れてたっていうのとも違うけど、良い教師って適度に生徒が興味を持ちそうな蘊蓄を挟んで授業を進めるでしょ、寺田先生はまさにそのタイプだったんだよ。
 卵子と結びつくと女の子が産まれるX精子と、男の子が生まれるY精子についての授業のときに、両者を分離機にかけたら女の子の素になる精子の方が重たいから、底に沈むって話したあと「私だったら女の子の方が可愛いから底の精子だけすくって受精させますね」って続けたのかなり強烈だったな。
 あれ、当時はかなり引いたけど、今はなんとなく分かる気がする。私もこの先雅美の子供を妊娠したら、女の子を産んで自分のミニチュアになっても困るから、上澄みだけすくいたいって思うもん。そうそう、雅美とはこの前入籍したとこ。大学卒業してすぐだったから、四月かな。新婚っていっても変わらないよ、未だに好きとは言ってもらってないし、言ってほしくもないし。
 あとこれはどうでもいい話なんだけど、私が友達と卒業旅行にいってる間に、雅美がようやくハンターハンターのアニメを見てくれて、ようやくって言っても雅美にクロロ・ルシルフルの話をしたのは就活が終わったあとなんだけど、とにかくそれが嬉しかった。私は雅美が、確かにあの幻影旅団の団長って奴の声は俺の声に似てるなって、感想を持つことを期待してたのに、全然ピンときてなくて、おかしいなぁほとんど同じ声なのにと首を捻りつつもその理由はすぐに分かった。雅美が見たのは新しい方のアニメだったんだよね。あっちはあっちで悪くないけど、クロロ・ルシルフルと雅美の相似性は本人にも知って欲しかったなぁ。私が大袈裟にがっかりしてたら、
「昔の方も見ようか」
「何年か後でいいよ」内容は殆ど一緒だし。
 ちなみに雅美が普通のしかしてないって語ってた前の彼女とのセックスは実際には結構アブノーマルだったらしい。雅美の話で思いつくのはそんなところかな。



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