道を違えた恋人達

「……おはよう」

 誰に言うでもなく呟く。視界に映るのは見慣れた自室の白い天井だ。
 私、帰ってきたんだ……。ヒソカに別れを告げることも出来なかった。面倒を見てくれてありがとうって、お礼を言うことも出来なかった。……馬鹿だなあ、あんな風に、子供みたいに拗ねたまま別れちゃうなんて……。ヒソカの言い分も聞かず、勝手に拗ねて出ていった私を、ヒソカは面倒な子供だと思ったかもしれない。あの人はあれが今生の別れになることはないと、ヒソカにまた会わせてくれると約束してくれたけど、また会うことが出来たとして、ヒソカが今までの様に私に優しくしてくれる保障なんてないじゃないか。
 ……悪いのは自分なんだけどね。ネガティブになりすぎるのは悪い癖だ。この癖のせいでヒソカを信じられなかった。

「変わったなあ……私」

 ヒソカは気まぐれで嘘つきだ。そんなこと分かってるはずなのに、その気まぐれで嘘つきな男を信じられなかったことを悔やむんだから。


*****

 彼氏とデートの約束をとりつけた。今は待ち合わせ場所の公園でぼんやりと空を見上げている。
 私がこちらの世界で目を覚ましたのは、彼とのデートの翌日だったらしい。デートの帰り道に行き倒れてしまった私をどこかの親切な人が家まで送り届けてくれたのだという。とはいえ、私の体感時間的には彼とは随分長いこと会っていないので少しだけ緊張する。

「あっ……」

 公園の入り口で手を振る彼と視線がかち合った。遠くにいるからだろうか、彼が随分小さく見える。
 彼が笑顔で私の元へ歩いてくる。……やっぱり小さい。どうしてそう感じるのかなんて、考えるまでもなかった。今まで彼と過ごしていたときとは別の意味で心臓がどぎまぎする。

「ごめんね」

 懐かしい笑顔を見つめながら呟く。彼は不思議そうな顔をして私を見つめ返した。

「……えっと、早く着きすぎちゃったから」
「謝ることじゃないだろ」
「気、使っちゃうでしょ?」

 彼は本当に優しくて、気を使いすぎる人だから、今の私の言葉は間違いにはならない。

「本当に、ごめんね」

 ……私、優しいあなたを嘘つきと比べたの。



*****


 私たちは二人で河川敷に座っていた。私は彼に久しぶりに街にでも出ないかと提案したんだけど、彼は病み上がりの(ということになってる)私を心配してくれたのだ。

「私、餃子をおかずにご飯は食べられないんだー……」

 私たちは二人でたわいもない会話をした。もっとも、口を開いているのはもっぱら私で、会話の内容は食べ物の話が主だったけど。
 彼と二人、穏やかな時を過ごしていると、ヒソカとの日々は、あちらでの生活は全て夢だったのではないかと思えてくる。……本当に、夢だったらよかったのに。今ならまだやり直しがきく。この人との温かい日常を失わなくてすむ。
 ……なんて、そんなこと本当は思ってない。夢だったらいいのになんて思えるはずがない。もしもヒソカと過ごした日々の全てが夢だったのだとしたら、現実ではなかったのだとしたら、私はきっと生きていけない。
 手元に落ちていた小石をひとつ拾って、彼に見られないように河へ向かって放る。小石が放り込まれたくらいではあり得ないレベルの音がして、激しい水柱が立ち上る。

「はは……」

 私の渇いた笑い声をバックグラウンドミュージックに、隣に座る彼が目をむいている。喜劇だ。全力で投げたわけじゃない、軽く力を込めて放っただけなのにあの有様……まったく、笑うしかない。修行の成果は充分に出ているらしかった。

「ねえ、」

 やり直しなんてとっくにきかなくなっていた。彼との温かい日常なんて夢のまた夢だ。

「別れよ」

 別れの言葉は思いの外すんなりと吐き出せた。






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