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君はダーリン

「なあ幸村、病気のことは知ってるか?」
「病気?」

クラスメイトの質問の意図が分からなくて俺は首を傾げた。
夏休みが明けて部活を引退するより以前から、とある病気にかかっていた俺はしばらく部活に顔を出せていなかった。
だけど彼の口振りを聞くに、その病気のことを言っているのではないだろう。

「最近よくニュースでやってる流行りのやつ」
「ああ……あの嘘みたいなやつか」

朝のニュースでも見た。
連日報道されている流行り病、治療方はまだ見つかっていないらしくかかったら最後治ることはないとまで言われているらしい。
あそこまで大々的に報道されていても信じられないような病気だ。

「男が女に変わるなんてね」
「女が男に変わることもあるらしいぜ。
現にうちのクラスの、」
「……っげほっ」
「どうした? 大丈夫か?」

大丈夫だよ、口元を押さえながらそう返しはしたもののそれ以上の言葉が出て来ない。
喉が焼けるように痛かった。
朝起きたときから体調が優れないとは感じていたけど、学校で授業を受けるくらいならなんてことないと思っていたのに。

「いや……大丈夫じゃないだろ」
「そ……かな?」
「声ヤバいって!
午後は大した授業ねえから早退しろよ」
「……ん」

午後は体育と技術か、どちらにせよ受けられそうにはないな。
お節介に俺の荷物を纏めてくれたクラスメイトに、教師に早退する旨を伝えておいてほしいと頼んで教室を出た。


*****

帰宅して着替えもそこそこに床についた俺は不思議な夢を見た。
いや、夢の内容としては不思議でもなんでもないんだけど夢に出てきた相手が不思議だった。
クラスメイトの今ヶ瀬志乃、特別親しくもない……むしろ話したことも数える程しかない彼女が夢に出てきた。
普段は物静かで、だけどいつも柔和な笑顔を浮かべた女の子の鏡みたいな今ヶ瀬さんが男みたいに豪快に笑う夢。
ああ、そういえば今ヶ瀬さんは今日学校を休んでいたんだっけ?
朝の会のときに隣の席が空いていたことを思い出す。
それが心にひっかかっていたのかもしれないな、なんて訳の分からない夢にとりあえずの理由をつけてから体を起こす。
眠っただけなのにあんなにも重たかった体が嘘みたいに軽い。
……疲れていたのかな? きっと、そうだ。
一人で納得して、眠っている間に汗ばんだシャツを脱ごうとボタンに手をかけた。

「……え」

そこで生じた違和感に思わず声を漏らす。
ボタンを外すために胸に触れた手首に柔らかい感触が当たる。
昼のクラスメイトとの会話が胸をよぎる。
まさか……あり得ない。
じっとりと、嫌な汗が出た。
深呼吸をしてから、ゆっくりとシャツのボタンを外していく。
露出したのは二つ膨らんだ白い胸。

「嘘……」

呟いてから、朝食を食べながらぼんやりと聞いた朝のニュースのキャスターの言葉が頭に浮かぶ。

『この男女入れ替わりの謎の病の初期症状は、軽い体の疲労感、そこから発展する酷い喉の痛み、頭痛などで。
発症者の大半は初めのうち風邪をひいたものと判断してしまうそうです』

……すごく当てはまる。
マスコミのデタラメな報道だろうと、その病気のことをあまり信じてはいなかった俺は酷く戸惑っていた。
それでも必死に冷静になろうとして、まずは脱ぎかけだったシャツを脱ぎきった。
それから去年の春先に着ていたTシャツをタンスから引っ張り出す。
今はもう着れなくなっていたものだったけど体が女になったことによって肩幅が少し狭まったたようで楽に着れてしまって少し複雑な気分になる。
下の方は調度いいサイズのものがなかったから妹の部屋にこっそり忍び込んで適当なものを見繕った。
幸い、まだ家族は帰ってきていない。
リビングのテレビをつけた。
夕方のニュースでも朝と同じようなことが報じられている。
今度は朝のように聞き流さずに、じっとテレビを見つめる。

『この病の有効な治療の手段は見つかっておらず、今のところは不治の病ということになります』

小さくなってしまった肩に爪を立てる。
こんなに頼りない肩じゃ、こんなに細い腕じゃ、また……。



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