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知らない顔、たくさんの愛1#1


休日の忍術学園は、普段の喧騒が嘘のように静まりかえっている。
生徒、更には教師までもが実家に戻り、学園に残っているのは一部の鍛錬好きの上級生位のものだった。
ただし、例外がいないわけでもない。
その例外である五年生、久々知兵助は、溜りに溜まった火薬委員の仕事を片付けながら溜息をついた。
何故自分が特別好きなわけでもない火薬のために休日出勤のような真似をしなければならないのだと苛立つ兵助は、仕事に必要な帳面などを持ち込んだ自室で一人黙々と作業している。
いくら委員会の仕事がたまっているとはいえ、幼い下級生達を実家にかえすこともせず学園に閉じ込め仕事をさせることは可哀想に思えた。
そして、実家に帰ることに特別執着があるわけでもないであろう四年生の二人にしても、下級生というクッションを介さずに奴らと同じ部屋で仕事をする自分の心労と、二人揃っても半人前以下である奴らの仕事ぶりを天秤にかけた結果、奴らがいない方が随分マシだという結論が出たので呼び止めなかった。
自分の采配は間違ってはいなかったように思える。
普段ならひっきりなしに入る奴らの邪魔のない状態で机に向かっていると、一人でいるにも関わらず普段よりすんなりと仕事が進んでいくのだ。

「アイツらがいかに駄目かって話だよな……」

火薬委員の仕事がこんなにもたまってしまっているのも仕事の出来ない四年生のせいなのだと思う。
更に言えば女物の着物を着て人をくったような態度ばかりとる志乃のせいだ。
忍たまになったばかりで右も左も分からないタカ丸はともかく、志乃は一年生のときから火薬委員を務めているのだ。
人並み以上に役だってもいいはずである。
そう思うと現在は姿の見えないあの男に無性に腹が立ってきた。
筆を握る指にも力が入る。

「……駄目だ、集中力が切れてきた」

筆を強く握り過ぎて白くなってしまった自分の指を見つめながら兵助はそうつぶやき、開け放たれた長屋の入り口から外の様子を眺める。
気がつけばもう昼時だ、心なしか腹も減っている。

「何やってるんだ、俺」

貴重な休日を小憎たらしい後輩の尻拭いで終わらせるなんて、どうにかしている。


*****


昼食を済ませ、自室に向かって歩いていた兵助は甘ったるい色をはらんだ女の声を聞いた。
反射的に声の聞こえた方に視線を向ければ、私服らしき着物を着た大人びたくノたまと、兵助くらいの背丈の同じく私服らしき着物を着た忍たまが見つめ合って何やら話している。
忍たまの方は兵助に背を向けていたので、その表情は伺えなかったものの、今にも口づけ合いそうな雰囲気である。
実家にも戻らずに恋人と逢引きだなんて親不孝な奴らだ、少しの妬みからそんなことを思ってしまった兵助は、二人が立っている場所をまじまじと見つめる。
あれは四年長屋の前だ。
つまり、あの男は自分を悩ませる後輩たちと同じ四年生なのだろう。
彼らを筆頭にあの学年には一癖も二癖もある忍たまが多い、それを思えば学園内とはいえ休日に恋人と逢引きをするくらいは大したことでもないだろう。
そう考えると急に彼らへの関心の薄れてきた兵助は黙ってその場を立ち去ろうとした。
しかし、それとタイミングを同じくして彼らが動き出したので思わず気配を消してそちらを注視する。
二人は四年長屋の一室に姿を消した。

「な……」

動揺から小さな声が漏れる。
それは二人が消えた長屋の一室が、あのクソ生意気な後輩のものだったからだ。




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