夏のお嬢さん1


 去年の夏はとても暑かった。
 正確にはまだ夏と言うには早かった。桜が散ったと思ったら梅雨を前に急激に暑くなり、汗ばむ陽気の頃だった。


「来月、ウィンリィが海に行こうって」
「いいネ、どこ行ク?」
「えっ?リンも行くのか?」
「……えッ!?誰と行くつもりだったノ?」
「だからウィンリィと」
「2人デ!?」

 リンとエドワードが付き合い始めて1ヶ月になろうとしていた。













「あのウィンリィと2人でなんて行かせるわけないだろ」
「だよネ!?やっぱりそうだよネ!?あの人何であぁいう感覚なノ!?」
「今さら言うなよ……」

 今朝通学電車の中で衝撃的なことを聞かされたリンは、自分より遅れて教室に現れた愛しい恋人の弟に真偽を問い詰めた。毎朝リンとエドワードと彼の3人で登校しているのだが、今朝は「アルはうさぎ当番だから先に行くんだってさ」と2人で登校できた。リンが教室に来たときはアルフォンスの机には荷物だけ置いてあり、遅れて入ってきたということは確かにそんな用事をこなしてきたのかも知れない。それはいいけど高校生にもなってうさぎ当番って何だ。でもそれよりも何よりもエドワードの件の方が重要だった。

「安心してリン、そんなのうちの母さんも父さんも許さないから!ボクが一緒に行ってくるよ!!」

「そうじゃないだローーーーーー!!!!!!!!」

 キラキラした王子スマイルで恐ろしく歪んだ解決策を提示してきた友人に、思わず大きな声で反論せずにはいられなかった。




 そうして、渋るウィンリィをアルフォンスが説き伏せ、何とかかんとか4人で行くまでに漕ぎ付けたのである。












 大分日が延びてきた。

 それでも日が沈んでまで蒸し暑い真夏と比べ、朝晩は急激に冷えて過ごしやすい。放課後、今日は安価なファーストフード店でおやつと称した一食分の量をたいらげながらエドワードと2人で何をするでも何を話すでもなく時間を過ごした。夕飯の時間となったところで別れを惜しみながらエルリック家を2人で目指す。

「エド、どんな水着なノ?」
「あるので良かったんだけどウィンリィが一緒に買いに行こうって言うから、週末買いに行ってくる」
「今持ってるのはどういうノ?」
「チェックのワンピースの…あー、子供っぽいかも。やっぱ買いに行った方が正解だな」
「じゃあビキニにしてくれるんダ」
「な…っ!そ、そんなの、なんも考えてねぇしわかんねぇよ!」

 そんな浮かれた会話をしてからエルリック家の前で別れた後、リンは1人可愛い恋人の水着姿を想像していた。
 ウィンリィが選んでくれるならきっとちょいエロで可愛らしい水着に違いない。水玉模様のホルターネックで「ジロジロ見てんじゃねぇよ」と言うエドワードを妄想する。うん、可愛い。
 続けて細いリボンが胸の中心と腰の両サイドに付いた赤いビキニで「リンのために選んだんだぜ…」と言うエドワードを妄想する。うんうん、それも捨て難い。




 イヤしかし海水浴場なんて混んでる中でそんな格好をさせて、他の男に見せたくなイ!俺だって見たことないの二!!




 目下のリンの悩みはそれだった。




 リンが初めて出会った時のエドワードはアルフォンス以外には警戒心むき出しで、実は2人で登校なんて出来たものじゃ無かった。それが友達になってようやく3人ならば普通に一緒にいられるほどに距離が縮まり、2人きりで会話も弾むようになり、付き合い始めてからは一週間程でキスをした。それから順調に関係が進むかと思いきや。

 キスをした後、予想だにしないことに距離を取られた。

 無理矢理したつもりはなかった。エドワードだって「お前に興味がある」と言ってくれた。……えッ、興味っテ、実験動物とかそういう意味じゃないよネ!?と焦りながらも一緒にいるようにすればまた距離を縮めてくれた。あ、なんだ照れてただけかナ〜と2度目のキスをすればまた距離を取られた。

 何ッなんだヨ!!!!

 エドワードにいつもの気やすさで「どうしテ?」と訊いてしまうのが一番手っ取り早いはずだったがしかしリンにはそれが出来ない後ろ暗さがあった。……下心と言うべきか。健全な男子高校生としては、付き合って1ヶ月程ならば、そろそろあんなことやこんなことがそりゃもうしたかった。

 どうしたもんかナーと困りながらも、わざとエドワードの近くに座ったりなるべく身体に触れてみたり、軽いキスをしては逃げられてを繰り返したり。リンは着々と、しかしエドワードの意思を尊重して慎重深く距離を縮めていたのだ。その日までは。








 4人の都合の付く日を合わせて海へ行く日を決めたら、付き合ってからおよそ2ヶ月になる日にまでずれこんだ。

 1ヶ月間のモラトリアムが、逆に『1ヶ月以内に』とリンの気持ちを焦らせたのかも知れなかった。





 放課後、その日は図書室へ本を返しに行くのだと大量の本を抱えたエドワードに付き合ってそこでだらだらと彼女を待ち、更にほくほくと嬉しそうな顔で大量に借りて戻ってきた本をリンが持ってやりながら学校を出た。
「重いだろ、オレも持つのに」
「いやいや重いからこそ俺が持つかラ。ていうか図書室ってクーラー効いてるんだネ。俺もたまには行こうかなァ」
「新しく入荷されてて嬉しくてついつい借りちゃったから有り難いけど。てか何しに行くつもりだよ、今日も何してたんだ?」
「机でダラダラしてたヨ」
「だから、先に帰ってても良いって言ったのに」

 エドワードは長い間海外で男親と2人暮らししていた経歴から、あまり人に頼るのが上手ではないし自分の都合に人を付き合わせるのも良しとしない。しかしその遠慮をリンにまで向けてくるのがリンには物足りなかった。

「一緒にいたいだけだからいいんだヨ」
「な……っ!なに言ってんだ!」

 ウィンリィに海に誘われたときだって、もっと当然にリンも一緒に行くという発想をして欲しかった。そうなんだよ、別にHなことがしたいばっかりじゃないんだヨ、そばにいたいんだヨ!エドワードに向けてなのか自分への言い訳なのか怪しいところだが、そんな言葉ひとつで照れて真っ赤になる可愛い恋人を見てはやっぱり大事にしようと思い直さずにはいられない。
 頑張れ俺の理性!と決意も新たに、2人でリンのアパートへと向かった。





「うわ、暑いな」
「空気こもっちゃってるネ。窓開ければ涼しいヨ」
「うん」

 鍵を開けて扉を開いたリンよりも先に勝手知ったる様子でエドワードがするりと真っ直ぐに山吹色のカーテンが掛けられた掃き出し窓へと向かう。それに気を良くしたリンは鍵を閉めてからのんびりと作り置きの烏龍茶を冷蔵庫から取り出した。
 背後からシャッとカーテンの開く音の後にカラリと窓の開く音が続いて風が通ってきた。思っていたよりも烏龍茶の残量が少なくて、ヤカンに火をかけようか水出しの麦茶にしようか迷う。



「はー、涼しー!けど暑っちー!」


 どっちがいい?そうエドワードに訊きたかった。そして振り向いたリンは言葉を失ってしまった。



 エドワードが制服のネクタイを緩め、シャツをバタバタと浮かせた。それだけならまだしも、朝晩の冷え込み対策に着ていたらしいサマーニットのキャメル色の長袖カーディガンのボタンに指を掛けた。
 ひとつ、ふたつ、と外していって、ついには前を完全にくつろげて細い肩からセーターを落とし腕を抜く。その下は真っ白な半袖のワイシャツだった。ニットを脱ぐ仕草で見えた普段日に晒されないエドワードの二の腕の内側の、シャツよりも白い色から目が離せない。


「エ、ド……」
「ん?」
 あろうことか、エドワードはそのままいつものようにリンのベッドへと腰を下ろした。

 ぶっちゃけて言えばカノジョといかにしてヤるかと日々悶々としていた健全な男子高校生としては決意なんてどこへやら、今日がXデーです!と暴走しない方がおかしい状況でしかなかった。






(続)




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