「エド!」
 教室に着いてシェスカと古文と数学の予習を交換こしていると、廊下から思わぬ声に呼ばれた。
「リン?どうし……」
 2年生の教室だとか大声で呼んだために注目を集めているだとか、そんなことはまったく気にしない態度で窓際のエドワードの席までずかずかと歩いてくる。途中で黒い糸目がちらりと時計を見たので思わずエドワードも時間を確認してしまう。顔を戻すとすでに目の前にリンがいた。

「時間ないヤ、ちょっと来テ」
「へっ?」

 え?時間が無いからこそオレはここにいるべきなんじゃねぇの!?引かれる腕に導かれるまま、抗議する間もなく鮮やかに連れ去られた。「姫……」ぽつりとロゼが呟いた言葉に、周りの女子達は楽しそうに頷いた。





 屋上へ続く階段の踊り場で向かい合ってしゃがみ込む。
「ごめんネ」
「別にHRくらいどうとでもなるけど、お前こそ大丈夫なのか」
「ううン、そうじゃなくてネ」
 スカートの裾を気にしながら何度も座り直していたらリンに両手を掴まれた。
「わっ、なんだよ」
「旅行」
「あ、あぁ」
 事の成り行きを弟に聞いたのだろうか。予想通りの答えが返ってきた。
「アルフォンスに聞いタ。お母さんが反対したっテ?」
「ん……、ごめん」
 リンが楽しみにしているだろうということはよく判っていた。エドワードはその身に染みついた長子気質で、リンの願いを叶えてやれないことに落胆していた。あれ、何でコイツ初めに謝ったんだ?

「だかラ、エドが謝ることじゃないヨ。俺が誘ったかラ、ごめン」
「……別にリンが誘ってくれたことは悪くねぇんじゃねぇの?」
「あんまり親に褒められた行動じゃないって判ってて誘っタ」
 そしてリンは、エドワードがリンの願いを叶えようと努力してくれることも判っていた。と言った。


「エドの優しさに乗っかっタ。ごめン」


 リンはいつも笑っている。たとえ嫌味なことを言われてもニコニコと流す。嫌なことをされても受け止めたりしないで、大したことじゃないと笑って流す。そのくせ本当にダメージではないことは大袈裟にアピールして、加害者が簡単に謝りやすいように誘導したり出来る。
 エドワードは気に入らないことを言われればすぐ言い返すし、嫌なことは指一本だって動かせやしない。だから、リンの柔軟さを尊敬していた。

 その、いつもニコニコしている糸目が真摯な黒でエドワードを見ていた。

 どきりとした。リンの狭い部屋の中では男の性欲を全面にぶつけて来たりするくせに、その瞳には清廉さしか感じられない。

「謝んなくて、いい」
 リンはいつもエドワードを大事にしてくれる。それはエドワードのこころも、だ。エドワードは弟には気丈に振る舞ったつもりだった。エドワードが落ち込んでいることをアルフォンスの話からどうして知ったのだろう。こんな風にリンの包容力にいつも驚かされる。

 たっぷりとエドワードの金色の瞳を覗き込んでくる。本当ニ?嘘じゃなイ?そんな声が聞こえてきそうで思わずエドワードは笑った。そしてようやくリンもいつもの笑い顔に戻った。
「エド、その座り方は俺以外の前でしないでネ」
「え?」
「ぱんつ見えるヨ」
「え!!」
「気を付けてネ」
「お前の前でもしねぇよ!教えろよばか!!」
 逃げようと思えば容易にかわせるエドワードの拳に叩かれる。エドワードの気が済むように。そして、痛くもないくせに「痛い痛イ」と言って笑う。オレなんかより、お前の方がよっぽどやさしいよ。


 それがリンの優しさだと、エドワードは知っていた。


 殴った拳をおおきな手に包まれる。あっと思う間もなくそっと手を引かれて、触れるだけのキスをされる。悪戯っ子のような無邪気な笑顔で冗談にして、そのおおきな手を離さないまま、リンはエドワードを教室まで帰した。






 散々悩んだ結果、リンはエドワードには手作り菓子を振る舞うことにした。女の子のようで情けないが、それがエドワードのリクエストだったのだ。
「母さんが、リン君にうちに来てもらえば?ってさ」
 そもそも、以前リンの部屋にエドワードが泊まりに来ることを許したのはトリシャだった。おそらく『遊びに行くだけじゃなくて、泊まってみることで初めてわかることもあるのよ』と品定めをされたのだ。今回反対されたのは『まだお子様にはちょっと早いんじゃないかしら』という苦言なのだろう。いつか年齢を重ねたら『旅行してみて頼りになるかどうかわかるのよね』と、婿定めのために許可を出してくれる日が来るだろうか。

 そしてさすが母親、エドワードのこともよくわかっている。家族をあいするエドワードは、リンがエルリック家のリビングで家族と共に団欒に混ざっている雰囲気をとても好んでいた。旅行に行けなかったことを気に病んでいる心を癒すには、確かに自分と家族とが仲良くするのがエドワードにとってはいいだろう。その光景が将来を暗示させて、父親の気分を逆なですることにエドワードは気付いていないが。

「じゃあお邪魔しよっかナ。お母さんによろしく言っておいテ」
 リンの言葉に頷く恋人は予想通り嬉しそうだ。リンは遠慮なくトリシャの計らいに甘えることにした。



 ホワイトデーだから、ということはエドワードには言わずにおいた。リビングでアルフォンスとエドワードがくつろいでる間に、トリシャと共に夕飯を作ることが今までに何度かあったので、トリシャに相談してサプライズでデザートを用意させてもらおう。そう思ってリンはエドワードを家まで送ったその足で、電車に乗る前に駅ビルの中の100円均一ショップに寄った。バレンタインの名残で手作り菓子のレシピが売っていることを知っていたので。
 こまごまと様々な物を安く取り揃える店内は便利だが、目当ての物に辿り着くのが至難の業だ。お菓子売り場を放浪していると『ホワイトデーのお返しに』というポップの前に様々なお菓子が並べられていた。

 そこで、リンは義理チョコを受け取ってしまっていたことを思い出したのだ。

 アルフォンスはいかにも本命ですといった手作りケーキや高級チョコを片っ端から、しかしひとつひとつ慎重に断っていた。そしてリンはと言えばクラス全員に配りますという雰囲気のチロルチョコなどを渡されていた。断る理由も見つからずに受け取ってしまっただけとは言え、そこそこちゃんとした所で買ったんだろうなというかわいい包みもいくつか混ざっていたし、女子という生き物はこういった行事にうるさい。
 ついでだし、とたまたま目の前の高さにあったマシュマロの袋を手に取り、自分がもらった数と中に何個入っているのかを計算していた。すると、しゃがみ込んだ背中から思いもよらない声で呼ばれた。

「リン?」




(続)




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